龍麻にも言えぬ悩みを抱えた京一は、ひたすらに考えた。
考え抜いた。
「京一? どうかした? この二、三日、様子変だけど。もしかして俺、この間の風邪移しちゃった……?」
と、態度のおかしさを、龍麻に突っ込まれるくらいには。
……だが、蓬莱寺京一という彼の根本は、一つのことを、何時までも人知れず悩み抜けるようには出来ていなかった。
思い切るのも、結論を下すのも、早い男だった。
…………そう、故に。
──『これ』は、単なる思い違いかも知れない。気の所為かも知れない。
ここの処ずーっと、オネーチャンとはご無沙汰だから、血迷ってるだけかも知れない。
でも、そうじゃないかも知れない。
が、その、どっちが本当なのか、今のままじゃ解りっこない。
だから。
もう一回、同じことをしてみればいい。
そうしてみれば、きっと解る。
例えば、龍麻となら、キスも嫌とは感じない、ってのが、マジなのかそうじゃないのか。
きっと解る。
────そう彼は思い定めて、他人が知ったら、唖然とするだろう程あっけらかんと、『お試しを仕掛けてみる』ことに決めた。
その夜は。
数日前の夜とは打って変わった、静かな夜だった。
あの夜に降った雪が、辺り一面を銀世界に変えてしまったままで、人気に乏しい、廃虚の如き村、という条件を差っ引いても尚、静か、と言える程に静寂だった。
風の音もなく。
聞こえるのは、竃兼暖炉で爆ぜる薪の音のみで。
己のベッドに寝転がった京一は、頬杖を付きながら、ぼうっと龍麻を眺め、先程、家の中の片付け事を終えた龍麻も、自身のベッドに座り、ぼう……っとしていた。
「………………なあ、ひーちゃん?」
「んーーー?」
「与太話に付き合えよ」
そろそろ、眠い、と訴え始めてもおかしくない龍麻の横顔を見遣りつつ、京一は、気のない素振りで話し掛ける。
先日来よりの『悩み』に、彼はいい加減終止符を打ちたかった。
「与太話?」
「ああ。……お前と出逢って、もう直ぐ五年になるけど、この話は聞いたことなかったなー、って気付いたからさ。付き合え、与太話に」
「……だから、どんな?」
「………………お前さ。真神に転校して来るまでの女関係って、どうだったんだ? 女と付き合ったこととか、あんのか?」
悩んでみても答えの出ない悩みに終止符を、との思いに正直に、京一は問いを放ち。
「はあああ? ……いきなり、何を…………」
直球な京一の問いに、龍麻はあからさまに慌てた。
短くはない付き合いの中で、女絡みの話は腐る程したが、京一の言う通り、女性との付き合いの有無を、彼は白状したことがなかったので。
この二、三日おかしかった様子を、何時も通りのそれに戻してしまった京一の、思惑に気付けぬまま。
「いーじゃねえかよ、暇なんだよ。……コーコーの頃、しょっちゅう女の話はしたけどよ。何区の何処の高校は可愛い女が多いとか、何処のクラスの誰のスタイルが、なんて話ばっかだったろ? 後は、エロ本とエロビデオ」
「そう……だね」
「こっち来てからは、俺もお前も、頭ん中の殆どが修行のことばっかで、会話も、殆どそっち一色だったろ? でも、今、ふと、さ。そー言やぁ、お前の口から、女遍歴の話は聞いたことなかったなあ、って思ったんだよ」
「………………別に、どうだっていいじゃん、そんなの……」
「どうだっていいんなら、白状したっていいだろ、別に。……真神の頃は、お前、女と付き合おうとか考える余裕なんかない、の一点張りで、実際、誰とも付き合わなかったし。こっちでは、互い、浮いた話処じゃない。……こんな生活してりゃ、当たり前だけどな。たまに、北京とか上海とか寄っても、オネーチャンと遊ぶ暇も金もねえだろ? 俺等」
「……だから……?」
「…………だから、な。昔の女の話を、どうしたって白状しないタツマ君は、白状しない、んじゃなくって、白状出来ない、なんじゃないのかー? ……なーーーんて、な」
「京一? それ、どういう意味…………?」
「相変らず、この手の話にゃ、ビミョーに鈍いな、お前。……だからよー、女と付き合ったことあんのか? って訊いてんだよ。…………お前、女、知ってるか?」
「……………………京一……。何を言い出すかと思えば…………」
──何処までも与太話、の雰囲気を醸し出し、京一が、からかいながら言い出したことに、龍麻はカッと頬を赤く染め、勢いを付けてベッドから立ち上がると、ツカツカ、馬鹿なことばかりを言う相棒の枕元に立って、容赦無く、バカリと拳を振り下ろした。
「…………痛い」
「当たり前だろうっ。殴ってるんだからっ! ホントにもー、京一は何時まで経っても、高校の時のノリのまんまなんだから……っ。何処のガキだよっっ。そんなこと、ほいほい白状出来る訳ないだろっ。学生時代、正真正銘タラシ君だった、京一じゃあるまいしっっ」
「……お前なー。高校ん時のノリのまんまなのは、お前の方だろうが。……そりゃよ、ちいっと『若い話』だとは、俺だって思うけどよ。一応俺等、成人したんだぜ? もう直ぐ二十二になる、ぴちぴちの二十一歳だぞ? この程度の話で、んなにムキになんなよ」
「俺は、ムキになるっ! 京一の科白じゃないけど、俺達もう成人したんだから、んな、青少年丸出しの話に、執着しなくったっていいじゃんかっ」
思い切り殴られた頭の天辺を、スリスリと摩る京一からは、反省の欠片も見られず、もう一発くらい、くれてやらなければ駄目だと、龍麻は再び、握り拳を振り上げた。
「暴力的だぞ、ひーちゃん」
が、二度目の拳を、京一は呆気無く避け、龍麻の手首を掴むと、空を切った腕の勢いを借り、強引に引いた。
「お前ねー…………」
前のめりに倒れ込む羽目になった京一のベッドに突っ伏したまま、龍麻は、はあ……、と溜息を付いて、首だけを巡らし、覆い被さるように覗き込んで来た相棒を、上目遣いで睨む。
「で? どうなんだ? 女と付き合ったこととか、あんのか? 幾ら何でも、キスくらいはしたことあるよな? お前だって」
だが、京一は悪びれた風もなく、ニタっと笑った。