……そこで、やっと。
少しばかり、京一の様子がおかしいか? と龍麻は気付いた。
だが、抱えた違和感は本当に些細だったから、退屈で、悪ふざけが過ぎているだけなのだろうと思い直し。
「お前だって、って、どういう言い種だよ。俺だって、女の子とキスしたことくらいはーーーーっ!」
違和感を覚える直前に放たれた相手の科白が齎す怒りに、彼は感情を委ねて叫んだ。
「へぇ……。ホントか?」
「………………ほ、ホントだよ……」
「どんな女だった?」
「………………………………」
「ひーちゃん?」
「…………嫌な想い出なんだよ……。……だから訊くな。訊くなー、そんな話をーーーーーっ!!」
「はあ? ヤな想い出、って……。……上手く出来なかったのか? キスなんか、簡単だろ? あ、ファーストキスだった、とか? ……って、ん……? だとしたら、お前、その『ヤな想い出』以来、キスもしてねえってことか?」
「…………黙れー! 黙れ黙れーー! うるさいっ。京一の馬鹿ーーっ! そんなんじゃないっ。そんなんじゃなくってぇぇっっっ」
「じゃあ、何だよ」
「だからぁぁぁ…………っ……」
意地悪く笑み、瞳を細め、からかってくる京一へ、ふざけるなー! と叫べば、益々、意地の悪い笑みは深まり、瞳は細まり、追求は厳しくなったので。
ベッドに思い切り顔を押し付けつつ、龍麻は、深い深ー……い溜息を零して、渋々、白状を始めた。
「…………中学を、卒業する時に、さ……」
「……おう」
「同級生の女子に、告白されたんだよ。ずっと好きだったけど、今まで言えなかった、って。でも、もう卒業だから、って。卒業式の日に」
「おおおおおー! 若いな! 若人のロマンスだな! んで?」
「女の子に告白されるのなんて初めてだったし……好きなタイプではあったし、割と話は出来た方な子だったから、俺、舞い上がっちゃってさ。進学する高校は別々だったけど、所詮地元の中の話だから、会おうと思えば何時でも会えるしって、二つ返事で、その子と付き合うことにしたんだ。……で、春休みに何回か、その子とデートした」
「ほほほう……。ほんで、そん時にファーストキス?」
「………………うん。……自分で言うのも何だけど、春休みの間、その子とはずっといい雰囲気で行けた……と、俺は今でも思ってる。……もう直ぐ、お互いの高校の入学式って頃……だったかな。二人で映画行った帰り道、そんな雰囲気になって、キスしたんだ。…………でも、それが最後になっちゃった。入学式が終わって、互いに高校通い始めたら、上手く連絡が取れなくなって、どうしたんだろう、なんて思ってたら、電話で、唐突に別れ話切り出されちゃってね。……俺と付き合ってても、詰まんない、って言われたなー……。平凡過ぎて、面白くも何ともないって。挙げ句、一回キスしたんだから良いよね? とまで言われちゃってさー……。………………あああ! だからしたくなかったのに、こんな話ーーーーっ!」
白状を終えて。
ムキーーーー! と喚き出した彼は、ジタバタ、ベッドの上で暴れ始め。
「そりゃ……何つーか……。中坊卒業したばっかの奴にゃ、きついやな……」
あー……、と、京一は、慰める風に龍麻の髪を撫でた。
「んな手酷いこと言われたお前も不憫だけど。ひーちゃんの良さが解らなかった、その女も不憫だな」
「……今更、同情や慰めは要らない……。京一の、ド阿呆ーーーー!」
「同情でも、慰めでもねえけどよ。悪かった。嫌な話させちまって。……でも、その……まあ……何だ。好きではあったんだろ? その女のこと。だから、キスしたんだろ? なら、それでいいじゃねえか」
「…………そりゃ、まあ…………。あの頃は、その子のこと好きだったし、好きだからキスしたし……、別に、キスの想い出そのものが、嫌な想い出って訳でもないけどさ……」
「ちょいとほろ苦いけど、ファーストキスの想い出だもんなー」
「そこんトコ強調するのは、正直、激しく複雑に落ち込むから止めてくれない……?」
「でも、大事だろ、そーゆー想い出は」
「まあね……。……うん、終わり方は酷かったけど、そこだけ抜き出せば、悪い想い出じゃないよ。凄くドキドキしたし、ときめいたし、ふわぁって、幸せな気分になったの、今でも憶えてる」
「……そう……だよなあ…………。……そうだよな、キスってのは本来、そーゆーもん、だよなあ…………」
「………………京一?」
こういうことで慰められるのは好きじゃない、とぶちぶち洩らしながらも、髪を撫でる手に甘んじ、遠い日の感想を語ったら、不意に、京一の漂わせる気配が、酷く『遠く』なったのを感じ。
龍麻は、伏せ続けていた面を持ち上げた。
「どうかした? やけに、この話に拘るね。何か、昔のことでも思い出したんだ? あ、それとも、今になって、ホームシック、とか?」
「……そんなんじゃねえよ。…………あのなあ、ひーちゃん」
全く以て見当外れのことを言う龍麻の、黒い瞳を見返して、京一は、肩を竦めた。
「じゃあ、何? ……あー、それよりも。京一、いい加減退かない? 何でそんなに覆い被さって来るんだよ」
「退きたくねえから。──なあ、ひーちゃん。ホント言うとな、幾ら何でもなあ……って思ったから、いっちょ、絡め手って奴をしてみっか? なんて考えてさ。こんな話、振ってみたんだけどよ」
「………………えーーーと? 何が『幾ら何でも』で、何が『絡め手』で、この話が、何だって? ……話、ぜんっぜん見えないんだけど」
「あーーー……、だから。どう足掻いてみても、俺って奴ぁ、遠回しなことは苦手だからよ。真っ向勝負で話すわ。……あんな、ひーちゃん。この間、お前、風邪引いて寝込んだろ?」
「……? うん」
「んで、俺、お前と一緒に寝たろ?」
「うん。俺が、寒いって寝言言ったからだろう? 目が覚めたら、京一が隣に寝てて、一寸びっくりしたけど、事情話して貰ったから、俺は何とも思ってないよ。寧ろ、悪かったな、って。……それがどうかした?」
「……あん時な。俺、物凄く寝惚けててさ。多分……昔の女の誰かと間違えたんだろうと思うけど、お前に、キスしちまったんだよ」
「……………………は? キ、ス……? ……はぁぁぁぁぁ?」
「耳許で喚くなよ、うるせえな。……んで。幾らお前相手でもって、自分で自分を激しく呪ったりもしたんだけどよ。どう考えてみても、何度思い返してみても、俺、お前にキスしちまったこと、嫌と思えなくてな。挙げ句、俺は本当は、お前のことどう想ってんだろうな、とも考え始めちまってさ。…………なあ、どう思う? ひーちゃん。それって、どういうことだと思う? 何で俺は、こんなこと考えてんだ?」
「そんなこと、俺に訊かないでくれよ………………。つーか、キス? 俺と京一が、キス? マジでっっ?」
「……マジ」
「真顔で、肯定しないで欲しかった……………………」
己へと覆い被さる風にしたまま、一度肩を竦めただけで、全く見えない話を始められ、剰え、キスをしてしまった、との、衝撃の告白をも聞かされ、龍麻は再度、ベッドの上に沈んだ。