「そこ。へこんでんな。未だ、話の続きがあんだからよ」
「…………いい。聞きたくない……。もう、俺は何も聞きたくない…………」
「じゃあ、勝手に喋んぞ。──そういう訳でな。ここ数日、ずっと考えてたんだよ。いっくら相手がお前だろうと、お前だって俺だって男で、なのに、寝惚けた果ての間違いとは言え、お前にキスしちまったのが、決して嫌じゃなかったってな、どういうことだ? って。何で俺は、お前のことを、改めて考え直してんだ? って。……でも、答えなんざ出なくってよ。だから、試してみれば解ると思ったんだ。もう一回、お前にキスしてみれば、悩んでも出なかった答えが解るんじゃねえかって」
げんなりと項垂れ、ベッドに突っ伏した龍麻の後頭部を眺めながら、飄々と、京一は話を続け。
「………………京一。それ、本気で言ってる……?」
少しだけ身動いだ龍麻は、唖然、とした眼差しを、相棒へ送った。
「冗談でする話じゃねえだろ。……ほんで、さっきの話持ち出したんだ。あんな話の一つもしてみりゃ、何時もみたいなおふざけの延長でお前にキスした、みたいな雰囲気に持ってけるんじゃねえかなー、ってさ。……でも…………」
「……一応、訊いてあげるよ。でも、何?」
「さっき、お前、言ってたろ? 好きだった女とキスした時、凄くドキドキして、ときめいて、ふわぁって、幸せな気分になった、って」
「…………うん、言った」
「俺にも、憶えがある。そんな風なこと感じて、好きだった女とキスしたことは、俺にだってある。でもそれは、酷く遠い昔の話でな。何時の頃からか、キスなんざ惰性の一つになっちまったし。昔、お前には話したけど、女を抱くってことも、俺には捌け口程度のもんでしかなかったから。ドキドキしたとか、ときめいたとか、幸せな気分になったとか、そんなん、ホントー……に、ご無沙汰でさ」
「……で?」
「けど……お前にキスしちまったって気付いた時、もしかしたら俺、そんな気分じゃなかったか? ってのを、お前の話聞いてて思い出したんだ。──試してみようとはしたけど、俺は、謀ってのには向いてねえ。今してくれた話が『想い出』のお前に、騙し討ちとか、誤摩化しとかでキスするなんてのも出来ねえから、済し崩しのおふざけを企むのはもう止める。止める代わりに、正直に言う。……ひーちゃん? 俺と、キスしてみねえ?」
…………龍麻の瞳は、唯々、唖然……と見開かれるのみで。
呆れているのか驚いているのか、口許も、ぽかん、と半開きになり掛けていたけれど。
京一は、真顔で、鋭い程真摯な目をして、覆い被さったままの龍麻に問うた。
「………………………………冗談……──」
「──じゃねえな。残念ながら。冗談でも、洒落でもねえ」
「…………だよねえ……。冗談言ってる風には、見えないんだよねえ、遺憾ながら…………」
騙し討ちや、誤摩化しや、おふざけではキス出来ない、との発言が既に、或る意味で、先日来彼が探し求めている『答え』の代わりになっているのだが、その部分に、京一は気付けず。
取り乱してしまっている龍麻も、それには気付けなかった。
「…………出来れば、謹んで辞退させて頂けるとー……」
「何で? 別に、減るもんじゃねえじゃん」
「減る。何時か誰かに捧げるだろう俺の操が削られる」
「キス一つで、んな大袈裟な」
「だって……。俺、男だし。お前も男だし」
「ま、その辺は、一遍、目ぇ瞑って」
「瞑れる訳がないだろうがぁぁぁぁっ! 何で、選りに選って、あの子の次にキスする相手に、京一を選ばなきゃならないんだよぉぉぉっ!」
「ふーーーん……。そんなに、嫌か?」
「…………だから……嫌とか嫌じゃないとか、そういう次元の話じゃなくってさ、京一……」
「じゃあ、どんな次元の話なんだ? 嫌か嫌じゃねえか、二つに一つっきゃねえだろ?」
「京一……お前ね…………」
覆い被さって来ている体の下から、実力行使で逃げ出さず、あぁー、だの、うぅー、だの呻き、言葉だけで何とか親友を退けようと足掻く龍麻の態度も、或る意味では、京一の側ではなく、龍麻の側の『答え』代わりになっているようなものなのだが、二人共に、そんな現実にも全く気付けぬまま。
「……答えが欲しいんだよ。何で、お前とキスしちまったのを、嫌だと思えなかったのか。何で、お前のことを、改めて考え直してんのか。その答えが欲しいんだよ、俺は。どうにも、気になっちまって。…………でも、よ。それだけのこと、だから」
「…………もー……………………。……いいよ、もう。一回だけなら……。罰ゲームか何かだと思うことにするよ……」
「罰ゲームって……。もう少し、違う言い方ねえか?」
「うるさーーーーい! 京一だってそうじゃないか、何だよ、答えが欲しいからキスしてみないか、ってっ! タラシだったんだろ? 年上のお姉様方と、大人な関係持ちだったんだろっ? だったらもっと、その片鱗を窺わせる科白の一つも吐いてみせろーーーっ!!」
「仕方ねえだろ、俺に、女口説くのと同じようにお前を口説けってのかっ? ああっ? お前の前で色気漂わせた処で、お互い鳥肌立つだけだろうがっ! ──……黙れ! 黙ってその口塞ぎやがれ! 序でに目ぇ閉じろっ!」
「ああっ! 言われた通りにしてやるよ、男に二言はないっっ!」
「だから、いい加減黙れっつってんだよっ!!」
────結局。
頬だけでなく、首筋まで真っ赤にしつつ、京一を怒鳴り飛ばしながらも、龍麻は『お願い』を受け入れ。
恥ずかしいのか、それとも錯乱しているのか、はたまた、どう考えてもしない方が良かっただろう開き直りをしてしまったのか、そのどれからしい風情になった龍麻を押し倒す風にし、京一は、きゅっと引き結ばれた唇に、キスを落とした。
掠めるような、軽いそれではなく。
かと言って、情熱的なそれ、という訳でもなかったが。
施された、キス以外の何物でもないことが終わって。
ガチガチになっていた体の強張りを何とか解き、恐る恐る、龍麻は瞳を開いた。
「…………京一?」
と、じっと自分を見詰めて来る、京一の鳶色の双眸がそこにはあって、鳶色は、深い納得を得たような、それでいて何かが割り切れていないような、複雑な景色を湛えていた。
けれど、そんな複雑な色の奥には、確かに、さっぱりした、としか形容出来ない鋭い光があり。
京一は今、何を想っているのだろうと、龍麻は名を呼んだ。
「何だ?」
「え、えっと…………」
……呼んではみたが、どうせ、キスを誤摩化すような科白か、がらりと雰囲気を変えてしまうようなおちゃらけが、京一からは出るだろうと踏んでいたのに、思いの外、真面目な声音を返されて、彼は言葉に詰まる。
「変な顔して言い淀むなよ。照れてんのか? 罰ゲームか何かだと思うんだろ?」
「キョーイチ君、その発言は、デリカシーが感じられません」
「デリカシーねえ……。……まあ、いいか。──付き合ってくれて、サンキューな、ひーちゃん」
が、京一は、さらっと龍麻の態度を流し、にっこり、事も無げに笑むと、すっ……と龍麻より離れて行った。