『キス事件』のお陰で、先日来の京一の悩みは、あっさりと解決した。

接吻くちづけをしてみて得た彼の結論は、何処まで行っても、自分にとって、龍麻は龍麻、だった。

何をどうしてみた処で、龍麻は『緋勇龍麻』で、大切な親友であり、大切な相棒であり、掛け替えのない戦友であり、誰よりも、何よりも大事な奴、という想いも位置付けも不動だった。

龍麻を龍麻としてきっちり認識し、そうしてしてみたキスも、やはり嫌なものではなく、寧ろ、こそばゆいような感覚さえ覚え。

あー、俺はひーちゃんに惚れてんだろうなー……、とも彼は思ったが、誰よりも、何よりも大事な奴、という、龍麻に対する想いの中に、恋情の念もが混ざっていたこの現実も、現実として認識してしまえば、それがどうした、という程度のことだと、いっそ、素っ気ないと言えるくらい呆気無く、彼はそれを受け止めてしまった。

そこにある己の想いが、友愛だろうが恋愛だろうが、龍麻は龍麻で、誰よりも、何よりも大事な奴という事実は揺らがないのだから、どうでもいい、と。

想いの意味なんて、後から付いて来ることだってあるさ、と。

が、得たかった答えを得、納得と爽快感を覚えたあの瞬間──龍麻にキスをした瞬間、オネーチャン好きな自分だけれど、龍麻が相手なら、抱くことだって出来るかも知れない、とも気付いてしまったが為、万に一つの間違いがあったら拙いからと、必要以上の接触は、然りげ無く避けた。

でも、悩みが払拭されたことだけは確かだから、それよりの数日を、彼はすっきり爽やかな心持ちで過ごし。

そんな彼と入れ替わる形で、今度は龍麻が、京一とのことを、思い煩い始めた。

……高校時代も、何かにつけて思い煩いがちだった、今尚その質を引き摺っている龍麻に、悩むな、という方が無理だった。

──あの時、京一へと向かって叫んだ通り、彼は、うっかり受け入れてしまった相棒の『お願い』を、罰ゲームか何か、として処理しようとし、実際、翌日からは、その宣言通りに振る舞ったが、実の処、その処理は上手くいかなかった。

…………彼も又、抱えてしまったのだ。

迫られ、ねだられ、渋々ながら受け入れた、罰ゲームの如きキスだったのに、京一とのそれを、嫌とは思えなかった、との『壁』を。

そうして、あの日、京一が語って聞かせたことと、全く同一の悩みを持て余し始めた。

……自分は男で、京一も男なのに、あのキスは、決して嫌じゃなかった。

これは一体、どういうことだろう。自分は本当は、京一のことをどう想っているのだろう、と。

だが、だからと言って、龍麻には、京一のような、思い切った行動を取ることは出来なかった。

あっけらかんと、割り切ることも出来なかった。

………………それ故に。

──男同士なのに、何で、京一とのキスは嫌じゃなかったんだろう。

自分は、京一のことをどう想っているんだろう。

京一は……京一は、自分のことを、どう想っているんだろう。

……あの時、京一は、『答え』が欲しいから、と言った。

キスが、嫌じゃなかったことの答え。緋勇龍麻という男のことを、自分がどう想っているのかの答え。

そんなモノが欲しいと言って、そうしてキスを仕掛けて来た。

その答えを、京一は得たのだろうか。自分だけとっとと、見付けてしまったんだろうか。

彼の得た答えは、どんな答えだったんだろう。

そしてその答えは、何時か解るかも知れない、自分にとっての答えと等しいのだろうか、それとも、掛け離れているのだろうか。

────そんなことを、悶々と、彼は悩み続け、思い煩い続け、徐々に、京一へ見せる態度も、ぎこちないものにしてしまって行った。

尤も、高があんな程度のことで、自分達の関係や立ち位置がおかしくなったり揺らいだりする筈は無い、と、信じるを通り越し、確信しているらしい京一は、龍麻のそんな態度を、これっぽっちも気にはしていない風で。

悩みが晴れ、すっきり爽やかな京一と、思い煩い真っ最中の龍麻との、あからさまに噛み合わない、ぎくしゃくとした数日は過ぎ。

先日の大雪がやっと溶け始めた、一月二十四日、土曜。

大陸で迎える、二人の四回目の誕生日。

飄々とした振る舞いを続ける京一と、意識過剰な龍麻は、ぎくしゃくしたままではあれど、誕生日くらい、ちょぴりだけ良い物を食べようかと話し合い、麓の町に向かった。

早朝の鍛錬を終えて直ぐに里を下り、明日辺りには劉が到着することを計算しつつ、日用品や食料品を買い足したり、今年は二月一日に当たる中国の旧正月──春節を祝う為、町中を埋め尽くしつつある赤い提灯を眺め、今年ももうそんな季節かと和んだりして、夕刻、少し早めの夕飯と、ご無沙汰だった酒をたらふく食らって、日没に合わせ、人気ない里に戻った。

「うーーーー……。久し振りに、呑んだぁ…………」

月明かりも射し込まぬ小屋に入るや否や、龍麻は、簡素なベッドにダイブした。

「酒、強くならねえなあ、ひーちゃんは。だってのに、呑みたがるんだもんな」

過ぎる程の酒ではなかったし、意識はきちんとあるし、ここまで歩いて帰って来られはしたが、それなりは酔ったらしい龍麻の様に、京一は軽く苦笑して、竃兼暖炉に、薪を焼べ始める。

「京一や劉みたいなザルと、一緒にしないでくれる? 俺は人並み」

「そうかあ? 昔、連中と年中やってた宴会でも、ひーちゃん、簡単に酔ってたじゃんよ。お前より酒が弱かったのは、女共と、諸羽くらいだったんじゃねえ?」

「……だーかーらー。あの面子の野郎共はどいつもこいつも、肝臓の出来がおかしいんだよっ。俺や霧島が普通なんだーーーっ!」

「…………あー、判った判った。判ったから、騒ぐな」

「俺が騒いでるのは、京一の所為。自分達の方が、普通みたいなこと言うから」

「ソーデスネー、ゴムリ、ゴモットモデスネー」

「京一が、アランみたいな喋り方すると、何だか気色悪い」

「……誰の所為だよ…………」

「何も彼も、全部、最初っから京一の所為だよ」

手慣れた仕草で、あっという間に火を熾し、赤々と薪を燃えさせ始めた京一と馬鹿話を交わし、龍麻は、ケラケラと笑い始めた。

『あの出来事』よりこっち、上手く京一に接せられなくて、どうしようかと思っていたけれど、今宵は久方振りの酒を嗜んだ所為もあってか、今まで通りに出来ている、そのことが、無性に嬉しく。

彼の笑い声は高かった。

「あ、そうだ、京一」

「何だ、ひーちゃん?」

「未だ言ってなかったよね。誕生日、おめでとう」

「ひーちゃんもな。誕生日、おめっとさん。お互い、二十二だな」

「……うん。…………二十二、かあ……。大学行った皆は、卒業の年だね」

機嫌良く笑って、ぽんぽん、とダイブしたベッドの隅を叩き、京一を呼び寄せ座らせて、互いの生誕の日を祝う言葉を交わし、龍麻は、仲間達の今に思い馳せ始める。

「…………おーーー、そうか! もう、そんなんになんのか。早えぇなあ」

「そうだよ。……皆、どうしてるかなー。時々電話で話はするし、劉も皆のこと伝えてくれるし、最近は如月が、インターネット通販と宅配サービス始めたー、なんて、呪物とか薬とか送ってくれるから、元気にしてるのは判ってるけど、直接は会ってないから、一寸気になる」

「まあな。……でも、連中のこったから。元気にやってんだろ、どいつもこいつも」

「うん、俺もそう思うよ。皆逞しいもん。何処に行っても、何してても、元気なんだろうね。……あの頃みたいに、『べったり』じゃないけど。それぞれ、『距離』はあるんだろうけど、俺達、仲間は多いんだし」

「………………何だ? ひーちゃん。里心でも付いたか?」

昔を思い、仲間達の今に心馳せ、しみじみと語り出した龍麻を、ほんの少しだけからかう風に、京一は言った。

「そんなこと、ある訳ないよ。俺が今してるのは、念願の生活だから。京一と二人で、時々劉も引き摺り込んで、色んな意味で強くなる為の毎日送ってられる今は、とっても幸せだよ」

…………その、京一の揶揄は、普段している馬鹿話の延長上にある、一寸した冗談だったのだが。

この話を、冗談で流したくはないと、龍麻は真摯に答え。

京一は? と問うべく、己の枕辺辺りに腰下ろしている彼の腕を掴み、引いて、迫って来た顔を覗き込んだ。