龍麻に顔を覗き込まれ、刹那、困惑の色を浮かべ、が、瞬く間に、綺麗にそれを流してみせて。

「幸せ、か。……そうだな、俺も幸せだ。俺にはこの道しかないって定めた通り、こうしていられるってのはな。しかも、お前と一緒に」

にっこりと、京一は微笑んだ。

「……うん。俺も幸せで、京一も幸せで。こんなに恵まれてることって、中々ないよね」

向けられた微笑みが嬉しく。

龍麻も、心底幸福そうに、頬を綻ばせた。

そうして、そのまま。

龍麻は、互いの面と面が近付き過ぎていることなど意識もせぬまま。

京一は、互いの距離を、はっきりと意識しつつ。

暫しの間、言葉にするなら『誠うっかり』、彼等は見詰め合い、それぞれが、それぞれの首筋を抱き込んで、縺れる風にベッドに転がり。

雰囲気に流された如く……何となく、キスをしてしまった。

戯れのような、掠めるよりも尚軽い、細やかなキス。

だがそれは、幾度も幾度も交わされ、交わされる内、激しさを増し、情熱も増し、やがて、二人共より、吐息が洩れ出した。

「……京一…………?」

「…………ん?」

「何、で?」

「何が?」

「何で、俺にキスした?」

「……したかったから。…………ひーちゃんは?」

「解らない、けど……。……けど、俺も、京一とキスしたかった、ってことになるのかな……?」

「かもな。……お互い、キスしたかったんだろ。多分、そういうことだ」

「そっか………………」

洩れた吐息を合図に、それは一度止み。

いい加減に何本かの蝋燭を灯しただけの、薄明るい室内で、ぼんやり二人は互いを見遣り、低く語り合う。

「何で、京一は俺にキスしたいんだろ。何で、俺は京一にキスしたいんだろ」

「…………さあ、な。何で、だろうな」

「……京一は、答え、知ってるんじゃないの?」

「ん? …………この間、俺が言ってた『答え』のことか? ……ああ。『答え』なら出たぜ? 結局、俺にとってお前は『龍麻』だった。『緋勇龍麻』。それが、『答え』だった。………………ひーちゃん。……龍麻」

「…………何?」

「黙れ。もう、黙れよ……」

言葉と言葉のやり取りを、京一が遮った。

もう、黙れ、と。哀願にも似たトーンで。

だから龍麻は声を飲み込み、ゆるりと瞼を閉じ、京一は再び、キスを仕掛けた。

語り合う以前のそれよりも、もっとずっと情熱的な。

恋人同士が交わすような。

「龍麻…………」

──唇を触れ合わせ続け、舌を絡ませ続け、抱き合い続け。

が、不意に、京一は、接吻くちづけを落とす先を、唇でなく、龍麻の耳朶に変えた。

舐めるようにして、食んで、甘いだけの息も与えて、でも、程無く、京一の唇も、舌も、耳朶を離れ、龍麻の首筋を、肩口目指して下りて行った。

何時しか彼の右手は、『親友』の黒髪の中に緩く射し込まれ、緩く撫でるように蠢き、左手は、組み敷く風になった躰が纏う、セーターとシャツをたくし上げ始めて…………────

「んっ…………」

「…………悪い……」

────龍麻の喉の奥から、快楽の声が洩れた時。

酷く申し訳なさそうな顔付きで、京一は、蠢きの全てを止めた。

「悪かった、龍麻……。すまない。止まらなくなりそうだった…………」

「止まらな……? え……?」

唐突に終わってしまったキス、終わってしまった愛撫に、ほんの僅か名残りを感じながら、与えられたモノの大きさに、ぼうっとしつつ、龍麻は京一を見上げる。

「どういう、意味…………?」

「……どういうも、何も……。……判らねえ? 俺は、済し崩しのまんま、お前のこと、抱いちまう処だったんだよ…………。……御免、な。悪かった、龍麻…………」

けれど、その眼差しから逃げるように、京一は視線を逸らし、躰を起こし掛けて。

「あ、京一……」

咄嗟に、離れていく躰を引き止めたいと思った龍麻は、彼の腕を引いた。

「えっと……えっと、その…………」

「御免……。御免な、龍麻……」

行くな、と言わんばかりに腕を引かれ、漸く、京一は龍麻を見返し、身を擡げ掛けた彼を、微笑もうとする風に顔を歪めながら、きつく抱き竦めた。

「龍──

──それ以上謝ったら、殴るよ?」

「でも、よ」

「……京一だけが悪いんじゃないよ。俺だって、悪かったと思う。俺達が今、こんな風になってるのは、俺達二人の所為だよ。だから、もう謝らないでくれよ、京一……」

痛い程の抱擁をしてくる彼の肩に、トン、と額を押し付け、龍麻も、彼の背へと両腕を渡す。

「それは、そうかも知んねえけど…………」

「俺達二人共、雰囲気に流されちゃったのかも知れないし。未だ俺は、ホントの所はよく解らないけど。俺は……うん、俺は、京一とキスするの、嫌じゃなかったよ。今でも、嫌じゃない。その先は、一寸驚いたけど……それだってきっと、不可抗力って言うか……。兎に角、京一だけが悪い訳でも、俺だけが悪い訳でもないって思うからさ……」

「………………お前、それは寛大過ぎんだろ……。俺が言うのも何だが、自分がされ掛けたこと、よーく思い返せよ……」

「そ、そうかな……。………………あ、あれだよ、京一! ほら、俺、今夜は酔っ払ってたし! 強いとは言っても、京一だって酒が入ってたから! うんうん、そういうことなんだ、きっとそうだっ。…………だから……だから、京一。なかったことにしようとか、忘れようとかは、言わないけど……もう、この話は止めよう……?」

京一の腕に、胸に、身を預けたまま、何とか雰囲気を立ち直らせる言葉を龍麻は探し、ワタワタと慌てふためいて、最後に、泣き出しそうな声で、ぽつっと訴えた。

「……判った。お前が、そう言うなら。──もう、この話は終いな? ひーちゃん」

それに、京一が頷きを返したから、話は、出来事は、終わる。

けれど、腕に抱いた相手を、二人共に手放し難く、彼等は身を寄せ合ったまま無理矢理に、一つのベッドに潜り込み、眠る道を選んだ。