一つの側面から見れば、最悪だった、と言える二十二歳の誕生日の夜を越し、朝を迎えた彼等は、きっぱりと昨夜の出来事と決別した風に、これまで共に過ごして来た、四年九ヶ月の日々と変わらぬ態度を取った。

否、取っているつもりでいた。

しかし、綻びはあちらこちらに窺え、どうしたら良いのだろうと、戸惑うばかりの瞬間を、二人は幾度も繰り返し。

「アニキーーー! 京はんーーー! 久し振りやなぁぁぁっ!」

昼下がり、満面の笑みを浮かべやって来た劉を迎え、茶を飲みながら、暫し話し込んだ後には、

「…………? 何や? 何ぞ遭ったんか? アニキも京はんも、何処とのう、様子おかしいで?」

と突っ込まれる程、互いを繋ぐ雰囲気より、彼等は異様さを滲ませてしまっていた。

「そんなことないよ? 特に何が遭ったって訳でもないし……。……ねえ? 京一」

「ああ。……あー、あれじゃねえの? 夕べ二人して、麓の町で呑んじまったからよ。ビミョーに、二日酔いってる、とかじゃねえ?」

「そうなん? って、そうや。昨日は、アニキと京はんの誕生日やったもんな。少しは、深酒にもなるわ」

でも、打ち合わせた訳でもないのに、さらりと二人は揃って劉の訝しみを躱し、基本的には他人を余り疑わない彼を言い包め、そこから先は何とか、綻びも見せず、『常』を保てるようになった。

…………そう、劉は、今の二人にとって、救いとも言える存在だった。

上手い具合に彼がやって来てくれたお陰で、彼等は、誕生日の夜の出来事を封印することも、何事も無かったように振る舞うことも、出来るようになった。

けれど、それは。劉の存在に、縋るような態度と思惑は。

過ち、だった。

……いいや、そもそもから彼等は、過ちを犯していた。

自分が抱える想いを一切言葉にすることなく、言葉よりも先に、行動に出てしまった、という過ち。

だがその過ちは、この時点では未だ、容易に修復可能な過ちだったのに、劉がいる、ということに、二人して縋ってしまったが為、彼等はこれよりのち、犯した過ちを引き摺ることになった。

…………長い、間。

京一と龍麻は、互いが互いに向ける想いを、擦れ違わせてしまうことになった。

京一にとっての龍麻、龍麻にとっての京一、それは、誰よりも、何よりも大切な存在、という部分に於いては、寸分の狂いなく、想いを重ね合わせている彼等なのに。

その内にある、一点のみを。

随分と、長い……長い、間、二人は重ね合わせられなかった。

自分達が、そのような道を辿るなどと、今の彼等には、想像も出来ないことだったけれども。

「なあ、アニキ。京はん。春節に合わせて、広州行かん?」

「はあ?」

「広州?」

明日から、又三人揃っての修行をしようと、わいわい話しながらの夕食を終えて、直ぐ。

茶を啜りながら、広州へ行かないか、と劉が言い出した。

「………………又、何で?」

「用があんねん。用言うても、大したもんやないで? ちょお、遠縁も遠縁のおっちゃん等んトコ、顔出すだけやし。……もう直ぐ春節やろ? やからなあ、こっちにおるんやったら、たまには顔見せぇや、言われてもうてな。そないな訳やから、アニキ達も行かん? 広州は、中国第三の都市なんやで? 香港も近いしな。春節の祭りは、えろう賑やかで楽しい筈や。……なあ。滅多にないことやさかい、ええやろ? たまには、わいに付き合ってぇな」

どうして、今この時期に、広州? と、京一と龍麻が揃って、きょとん、と見遣れば、劉は、義兄と定めて久しい龍麻へも、大分前から、この数年の付き合いで培った、彼なりの親愛の情を込めた愛称で呼ぶようになった京一へも、何処となくねだるようにしてみせた。

「広州ねえ……。……まあ、春節のお祭り見に行くー、くらいのノリで、何日か遊び行くだけなら俺は構わないけど。広東省、隣だし」

「でもよー……。劉、お前、去年だか一昨年も似たようなこと言って、俺達、上海まで引き摺ってかなかったか? 俺は、上海の春節で凝りたぞ? この国の春節の混雑は、何処も、クリスマスシーズンの新宿駅前よりも酷ぇじゃねえか。……凄まじいぜ、十二億の民の国は」

「まーまー。京はん、そないなつれんこと言わんと。本当に、ちょっとだけやし。二泊三日くらいで構わへんさかい」

「……しょーがねーなー……。ひーちゃんは、別にいいって言ってるから、今回も、付き合ってやるか……」

「ほんまか? おおきにな! アニキ、京はん! 明日には、もっぺん麓行って、列車の切符の手配して来るし!」

故に、龍麻は誠素直に、京一は渋々ながら、彼の誘いに乗り、一月三十日から二月二日までの三泊四日の予定で、広州に行くことを決めた。

中華人民共和国 広東省・広州市。

そこは、北京、上海に次ぐ中国第三の大都市であり、広東省の省都である。

実際数はいまだ謎だが、推定人口一千万人の、とても栄えた街だ。

港湾都市でもあり、広東料理の本場でもある。

要するに、一言で言うなら『大都会』。

そんな街に、一月三十日の夕刻、無事、龍麻達三人は辿り着いた。

「おーーー……。都会ー……」

「……ひーちゃん、お上りさんになってんぞ」

「中国っちゅー国は、栄えとるトコと、栄えとらんトコの落差が、滅茶苦茶激しいさかいなー……。アニキ等、わいの里辺りに、馴染み過ぎてるんとちゃうん?」

夜の帳が下りれば、きっと夜景が綺麗だろう高層ビル群もある町並みに、駅を出るや否や龍麻は目を瞠り、「わー……」と素直に驚く彼に、京一や劉は苦笑いを浮かべ。

「早いトコ行こうや? 顔見せに行くん、遠縁も遠縁のおっちゃん等やけど、向こう持ちでホテルに部屋取ってくれはったから、チェックインせな。……えーと、地図何処やったかいな……」

「あ、そうだね。まかり間違って、ご厚意を無駄にしちゃうようなこと、ないようにしないと」

「そだな。……で? ホテルどっちだよ、劉」

何百年と、微塵も風景を揺るがせずに時を越えて来たような山里に親しみ切ってしまっているのだろう、大都市のあちこちに、きょろきょろと、物珍しそうに目を走らせる龍麻を引き摺り、彼等は、ホテルへ向かった。