徐々に腕の力を強めながら、僅か上向けていた面を、一転、京一は龍麻の髪の中に埋めた。
柔らかくてこそばゆい、細い髪に頬押し付けながら、彼は息を詰めた。
…………友愛よりは恋愛を、愛してる、の一言を、己へと求め始めている龍麻へ、愛してる、の一言を返せたら、どれ程に幸せだろう、と。
でも彼は、どうしても、自分の心に嘘が吐けなかった。
……間違いなく惚れてはいる。好きだ、とは言える。けれど、愛してる、とは言えない、との想いに、彼は嘘が吐けなかった。
京一にとって、龍麻は龍麻。緋勇龍麻でしか有り得ないから。
それ以外の何も彼も、己が龍麻へと注ぐ『感情の名前』すら、どうでも良いと思う彼だから。
誰よりも、何よりも大切な、己にとっての絶対の存在である龍麻だから、『愛してなくとも』抱けてしまうのか。
誰よりも、何よりも大切な、己にとっての絶対の存在である龍麻こそを、『愛しているから』抱きたいのか。
彼には、どうしても解らなくて。自分の感情の針が、何方に振れているのか、解らなくて。
龍麻にも、己にも、嘘の吐けない彼は、龍麻の『答え』が解っても、愛してる、とは。
「………………京一」
「……何だ……?」
「京一にとって、俺は、『龍麻』なんだよね? 俺は……緋勇龍麻は、『龍麻』なんだよね?」
「……ああ、そうだ。…………俺にとって、お前はお前。何が遭っても。例え、どうなっても。お前は、『龍麻』でしか有り得ねえよ……」
「そう………………」
痛い程に抱き締めてくる京一の、胸に過る想いを察したのか、龍麻はポツポツと尋ね、どうしたって、嘘の吐けない京一の『答え』に俯く。
「あ…………」
そうして、心が痛んだのか、体が痛んだのか、彼は苦しみの声を上げ、胸許を掻き毟るように掴んだ。
「どうした? どっか痛ぇのか? 吐きそうか?」
「大丈夫……。大丈夫、だから……っ」
「この馬鹿っ。強がり言ってる場合じゃねえだろっ」
なのに、平気な振りをしてみせようとする彼を、京一は怒鳴り飛ばし、抱き締める腕に、強く氣を乗せ始める。
「いい……。平気だから。……ホントに、平気だからっっ」
「龍麻っ。いい加減にしろっ!」
「離せ……。離せってばっ! こうやって、お前に頼ってばかりいたら、俺は一生、お前から離れられなくなっちゃうだろうっっ!?」
……罵声を飛ばされ、叱られても、龍麻は、しっかりと絡んでくる京一の腕から逃れようと足掻き、負けず劣らずの声で叫んだ。
「……………………離れなきゃいいだろ……」
「京一……。だけど……っ」
「離れられなくなったら、離れなきゃいいだろうが。………………ああ。何がどう在ろうとも。龍麻、お前は俺にとって、『お前』だ。誰よりも、何よりも大事な奴だ。俺は、お前の背中とお前自身を護る為に、毎日過ごして来た。お前を、お前の中の『あいつ』毎、俺は絶対に護り通してみせる。…………それが……多分、それが、俺の人生だ。誰よりも強くなって、天下無双の剣を持って、お前を護り通す。だから……お前が一生、俺から離れられなくなったら、離れなきゃいい。それだけの話だ」
涙声とも言えるトーンで叫ばれた、龍麻の想いに。
……俺はきっと、卑怯者なんだろう。……そう思いながらも、京一は、そんな言い方で応えた。
「……きょ、ういち…………」
「…………何だよ」
「俺……京一のことが、好きだよ…………」
彼が、そんな風に言い切れば、龍麻は彼の腕の中で身を捩り、面を歪めながら、好きだ、と、京一を見上げつつ告白する。
「……ああ。俺もだ。……俺は、お前のことが、『好き』なんだ…………」
告白に、嘘ではない告白を返し、京一は、自らを卑怯者と罵りながら。
これを最後に、自分達二人共、引き返せなくなるかも知れぬと薄ら思いつつ、二十二歳になったあの夜のように、龍麻とキスを交わした。
「……今更、なんだけどよ…………」
「……何が?」
「お前も、俺も、男だろう……? なのに何で、お前は、俺にこんな風に組み敷かれても、何も言わねえんだ……?」
「あー……。……そりゃーさー、俺だって男だから? 乗られるよりは乗る方がいいけど。でも、京一なら……京一だから、別に何がどうでもいいやー、って思っちゃうって言うか……。……それにー」
「それに? 何だよ」
「……京一には、白状したくなかったんだけどさ。この間、絶対バレたと思うんだよね。……この歳にもなって、って自分でも思うけど、その……俺、女の子と、こーゆーことまでは──」
「──武士の情けをくれてやるから、皆まで言うな。……つか、言わなくていい。…………………………なあ……」
「…………ん……?」
「色気のねえ話は、そろそろ止めにしねえ……?」
「……そう、だね…………」
「でも……そっか。お前、初めてなんだよな……。……何か、照れ臭せぇな」
「色気の無い話止めないのは、京一の方じゃんか……」
「しょうがねえだろ、俺だって、男相手は初めてだ。……仕方は、大体判るけどよ…………」
あの夜のように幾度もキスを交わし、熱い吐息や、情熱をやり取りして、その波が過ぎた後、ベッドの上で抱き合ったまま、二人は暫くの間、そんなことを語り合った。
そのまま二人、眠りに落ちてしまえそうな心地を抱えて。
だが、眠りは訪れなかった。
彼等の中に下りて来たのは、遣る瀬無い熱だけだった。
………………でも。下りて来た熱が、遣る瀬無いそれでも。
二人共に、熱を受け止めずにはいられなかったし、熱を持て余して『逃げられる』、子供でもなかった。
高校生だったあの頃の二人だったら、揃って逃げ出してしまっていただろうけれど、二人はもう、あの頃の二人ではなかった。
だから……だから彼等は抱き合ったまま、まるで、貪るように。
互いの躰を求めた。
ぐちゃぐちゃに服を脱ぎ捨てて、乱れた枕や毛布を蹴落とし、縺れ合った。
「京一……。お前が好きだよ……」
「俺も、お前が『好き』だ」
──好き、の言葉だけを、何度も繰り返して。
愛してる、の言葉無きまま。