京一が龍麻へと落とす愛撫も、龍麻が京一へと絡めた腕も、交わされ続けた接吻のように熱く。
快感だけを生み出した。
想像し得ぬ、快楽のみを。
……愛撫だけが続けられた間も。
京一に導かれ、放たれた龍麻の欲の滑りが乗った、幾本かの京一の指先が龍麻の最奥を抉じ開け、その果て、互いの身と身を繋ぎ合わせた時も。
追い立て、追い立てられ、と足掻き合った刹那も。
全てが費え、全てが終わるまで。
思いもしなかった熱と、想像を超える快楽だけが、二人を満たした。
────そう。身を結び合って、初めて彼等は気付いた。
『力』持つ自分達の交わりは、普通では有り得なかったのだと。
……それと知らぬ間に。
そう在るのが、この世界の始まりの刻から決められていたかのように。
抱き合い、欲を交わしながら自分達は、己の『力』と命の源である氣をも、触れ合わせ、交じり合わせていたのだと、二人は知った。
決して忘れられぬ、二度と手放せぬ、自分達だからこそ生み出せる、思いもしなかった熱を、想像を超えた快楽を、嫌と言う程味わってしまったことも。
触れ合わせたのは躰なのに、真実触れ合ったのは恐らく、魂の方だったのだろうことも。
………………そうして、彼等は、それぞれに悟る。
自分達二人の、想いの行方がどうあれ。
京一が抱えた、龍麻が抱えた、龍麻への、京一への、想いの『答え』がどうあれ。
自分達は、京一以外の誰かと、龍麻以外の誰かと、抱き合うことは、もう出来ない、と。
愛の言葉は、末
もしかしたら生涯、愛してると言い交わすことなどないかも知れぬのに。
躰だけが、先に、離れられなくなった。
心だけを、置き去りに。
春節当日は、三人揃って、観光に出掛ける予定だった。
だから彼等は、昨日の内に、モーニングコールを頼んでいた。
その、取り消すことを忘れていたモーニングコールに起こされ、京一は、自らの腕の中で眠る、綺麗な、正しく『別嬪』、な龍麻の横顔を眺めた。
…………真神に通っていた頃、龍麻の身長は、京一よりも少しばかり低かった。
もう一寸でいいから身長が欲しい、と時折そんなことをぼやいてはいたが、結局、高校を卒業しても、中国で数年を過ごしても、成長期を終えてしまっていたらしい龍麻の身長は、殆ど伸びなかった。
一方、京一の方は、真神を卒業しても成長を続け、あの当時、一七六センチだった背丈は、一八二センチ程になった。
体躯そのものも、あの頃より一回り大きくなって。
簡単に、とまでは流石にいかないが、それなりには容易く己の腕の中に収められてしまう龍麻の躰に、改めて、京一は感じ入り、胸の痛みを覚えた。
──……これを最後に引き返せなくなるかも知れない、そう思って、その覚悟で、彼を抱いたけれど。
本当に、引き返せなくなった。
この躰を、手放せなくなった。
龍麻を抱くことを、きっと自分は忘れられない。
もう、龍麻以外の誰かは抱けない。
愛してる、の言葉も告げられないのに。
惚れてはいるけれど。『好き』とは言えるけれど…………。
──…………胸の痛みに、そう彼は思い知らされ。
自分は一体、何処まで卑怯者なのだと、唇を噛み締めた。
「龍麻………………」
「…………ん……?」
己の不甲斐無さを罵り、我知らず、龍麻の名を彼が呟いたら、目が覚めたのか、腕の中の彼より応えが返った。
「……おはようさん」
「………………おはよう」
「具合、どうだ? その……今になって気遣うってのも、間抜けだなー、とは思うんだけどよ……。気分、悪くないか? 吐き気は?」
「今の処は大丈夫、かな。よく眠れたし。夕べに比べれば、凄く楽。何て言えばいいかなー……。気持ち悪いとか、そういう感じじゃなくって、こう……妙に何かに敏感になってて、一寸しんどい、みたいな? ……うん。うんうん、例えるなら、そんな感じ」
「……は? 何だ、そりゃ」
「何だ、と言われても。それ以外例えようが……。敢えてもっと言うなら、兎に角、自分が『何か』に敏感になってる感じがあるから、少しのことで気分悪くなるかも、な予感がする、と言うか、うーん…………」
「………………判らねえ」
「そうだろーねー……」
「まあ、いいか。気分いいんなら」
ゆっくりと目覚めた龍麻が、にこっと笑ってみせたから、己への罵りを慌てて抑え込んだ京一は、夕べの龍麻の体調を思い出し、散々抱いて、無理をさせた自分が問うのも何だがと、顔色を窺い。
何処となく焦っている風な彼へ、大丈夫、と強がりでなく、龍麻は言った。
「……でも」
「でも? ホントは、未だどっか……?」
「体の、有り得ない所が痛い………………」
「それは……仕方ねえだろ……。や、仕方ねえっつーか、俺が悪いこたぁ悪いんだろうけどよ、あー、その、何つーか。えーと、だな。………………大丈夫か……?」
「大丈夫か、と言われた処で大丈夫にはならないけど、どうにもならないから諦める……。大人しくしてれば平気だろうし、今日はどの道、大人しくしてるしかないだろうしね」
「まあ、そうだな……。大人しくしてるしかねえよな、うん……」
そこから会話は、龍麻も京一も、揃って、あー、と微妙に視線を外したくなる方面へと傾れて、詫び代わり、という訳ではなかったが、京一が、龍麻へ軽いキスを落とした処で、薄ぼんやり赤裸々な会話は打ち止めになり、ベッドを抜け出した京一は着替え始め、龍麻も、彼に投げ付けられた寝間着に袖を通した。
その後。
揃って空腹を覚えた二人は、朝食確保の方法に、頭を働かせ始めた。
腹が減るのは良いことだと、頷き合ったまでは良かったが、例えそれがホテル内のレストランでも出向くのは躊躇われ、が、ルームサービスを運んで来る者も今は信じられない、と言い合い、なら、屋台で何か調達して来るのが一番良いか、と話は纏まり掛けたが、龍麻を一人部屋に残すのを京一が嫌がったので話は振り出しに戻り、ああだこうだと揉めて、やー……っと、どの方法で朝食を調達しようとしても、大なり小なり、何処かにリスクを伴うなら、ルームサービスでいいっ! と二人の言い合いは決着を見る。
「………………俺達、物凄く下らない口喧嘩してたような気がする……」
「……ああ、それも、三十分もな…………」
「すっごく、時間の無駄?」
「すっげえ、時間の無駄」
要らぬ体力を使い、肩で息をするまでになって、自分達は何て馬鹿なんだろうと、遠い目をして嘆きながら、彼等は、ルームサービスのメニューを開いた。
……夕べの出来事を切っ掛けに、戻れないと知りながら、『答え』は重ならぬと知りながら、それでも肌を合わせ、追い付かない、合わさらない、己達の想いよりも先に、躰だけが離れられなくなってしまった二人だけれど。
彼等の、愚かとも言える行いは、それでも。
こんな風に、高校時代から変わらぬ調子で語り合う空気を、京一と龍麻の間に取り戻してくれた。