「物騒な物は仕舞えよ。……んな訳ねえだろ。寝込んでるトコ襲ったって、そうとなりゃ、秘拳・黄龍の一発や二発、飛ばすだろ、あいつだって」
向けられた、キラリと光る切っ先を、京一は伸ばした足先で蹴っ飛ばし。
「それもそうやな。ほな、何でそないに歯切れ悪いん? 好きちゃうんに、寝たん?」
おー……、と会得し劉は刀を納める。
「……………………『好き』、だな。惚れてる。それに、間違いはねえ」
「やったら、ええがな。何処に問題あるん? 男の京はん相手に、それでも抱かれたんやもん、アニキが京はんを好きやっちゅーんは、疑いようないし」
「……そう簡単にゃいかねえんだよ。変なトコ、俺は、単純過ぎちまってて融通の利かない、大馬鹿だったみたいでな」
「何や、よう判らへんなあ……。…………あ、あれか? アニキの想いに押され気味、とかか?」
「…………? 何だ、それ。何がどうしたら、そうなんだよ」
「これ、仲間内は皆、それなりに気付いとると思うんやけど。……アニキ、何年経っても、京はん以外名前で呼ばへんやん。アランはんやマリィちゃんみたいな、横文字の国が故郷の人等は例外やで? 皆が名前で呼ぶさかい。雛乃はんと雪乃はんも別や。両方名字が織部やから、区別付かななるさかいに。そやけど、そういう例外除けば、京はんだけやん。わいかて、未だに『劉』やし。時々は、弦月て呼ばれることもあるけど、この国には劉なんて姓の奴は何処にでも転がっとるから、便宜上、な感じやし。…………要するにな。ずーっとずーっと、アニキには、京はんだけが『特別の中の特別』やねん」
「だから?」
「京はんかて、アニキだけが『特別の中の特別』なんは判っとるし、二人の内のどっちの想いが重たいの大きいの、とか言うとるんやないねんけど、アニキは多分、こういうことも思い詰めるタイプやし、今言うた、呼び方の話みたいに、端々の態度が一途っちゅーか、一途が過ぎるっちゅーかで、惚れた腫れたの相手になってしもたら、余計そうやろ。そやけど京はんは、どー考えても、アニキよりずっと、色恋に関しては器用やん? やから京はん、ちびっと『引き気味』なのとちゃうか? どうせ、半月前に、いきなり気付いたんやろ? 京はんも、アニキも。相手のことが好きやったんや、て」
得物を傍らに置き直し、代わりに放置していた酒のグラスを取り上げた劉は、京一は唯、変わってしまった龍麻との関係に戸惑っているだけなのではないか、と告げたが。
「そういうんでもねえんだよ……。……あーー、だからよ……」
京一は、落ち着かぬ風に、又足を組み直し。
「……こうなるなんて、俺もあいつも、思っちゃいなかった。あの阿婆擦れの所為で、あいつが今まで以上に重たいもの背負わなきゃいけなくなるなんて。──この半月、ずっとぎくしゃくはしてたけど、一線越えちまったら、それなりではいられるっつーか、俺とあいつの間の微妙な部分、暫くは棚上げにするしかねえ、って思った。少なくとも、俺はな。当分は、微妙な部分を棚上げにしちまう俺自身のことを、俺自身で罵っときゃいいかって。実際、俺達の問題は、今朝までは、『それでも未だ何とか出来る範囲』だったんだと思う。……でも、こうなったから。あいつは、ひーちゃんは、俺が何を言っても、何をしてやろうとしても、申し訳なさだけを感じるようになっちまってる。……俺達は、微妙な部分が上手くいってなくて、けど、その微妙な部分の解決の目処は今んトコ立たなくて、なのにこうなっちまって……だから、俺の気持ちがどうだろうと、俺を好きな自分に、俺のことを縛り付けとくだけになっちまったって、ひーちゃんは思ってる……みたいだ」
己自身で、俺は卑怯だと感じている部分──龍麻との擦れ違いの部分を、曖昧な言葉で彼は誤摩化しつつ語り、はあ……、と溜息を付いた。
「……判る、ようなー。ビミョーに、判らへんようなー……。…………アニキの気持ちが判らへん訳やないよ。二人の気持ち、疑うとる訳でもないねんけど、自分等男同士やし、この先ずっと、好きが続くかどうかは判らへんから、不安にも思うやろし。そやけど、現実問題、アニキがどんだけ強ても、一人きりで黄龍のこと何とかするんは無理かて思うさかい、京はんの手助けは不可欠や。もしも黄龍が起きて、アニキが黄龍に押し込められはることになってもうたら、アニキのこと起こせるんは、京はんだけや。この世界のこと考えたら、何時か、二人の心が離れてまうようなことになってもうても、一緒におるんが義務になっても、離れられんから。……けど、京はんはアニキのことが好きなんやろ? アニキの傍におって、アニキのこと護るちうんは、嘘偽りない、京はんの気持ちなんやろ? 義務感とかやない、望みなんやろ?」
余り覇気の感じられぬ声で、自分達の『事情』はそんなようなもの、と語った京一に、んー? と劉は首を傾げる。
「…………ああ。義務とか、そんなんじゃない。俺が、あいつの傍にいて、あいつのこと護ってやりたいって思ってるからだ。一生でも。生涯懸けてでも」
「なら、今はそれでええやん。そもそも、色恋で好きや嫌いや以前に、二人、生涯の相棒同士やて言い合っとるやんか。……この先のことは判らへんけど、今は、京はんに甘えとけばええのに…………」
「……そうだな…………」
「何や、歯切れ悪いなあ。未だ、何ぞあるん?」
「…………いや、そういう訳じゃ……」
嘘ではないが、誤摩化しや曖昧を幾つか織り交ぜての説明をされた劉に、京一と龍麻の事情が正確に把握出来る筈も無く、どうにも、今一つピンと来ない、と彼は呟いたが、それ以上、京一には語ることが出来なかった。
「……きょーいちー。水ー………………」
──京一は、言い淀むしかなく。が、劉は、未だ言葉を重ねたく。
互い、相手のそんな気配が読めない訳ではないから、微妙に視線を合わせて、彼等は同時に『次の一手』を悩んだが、『悩み相談会』は、龍麻の呻き声で幕を降ろした。
「ひーちゃん? 目、覚めたのか?」
それを、これ幸い、と思った訳ではないが、京一はすっとソファより立ち上がり、ミネラルウォーターのミニボトル片手に、龍麻の枕辺に寄る。
「うん。…………御免、一寸……自棄酒しちゃったかな……」
「お前に呑ませた俺達も悪い。……気にすんな。ヤなこと遭った時は、酒呑んで、一時でも寝ちまうのだって、手の一つだ」
「ま、あね…………」
「で? 気分は?」
「……二日酔いの足音が聞こえる…………」
「…………そっちじゃない気分は?」
「……朝と同じ」
「判った。……もう一寸、寝とけ」
「うん。そうする……」
ボトルを手渡しながら、ベタリと寝たまま視線を送って寄越す龍麻の顔色を窺い、やり取りも交わし、枕元に浅く腰掛けた京一は、眠りを促すように髪を撫で始め、大人しく、龍麻はもう一度、目を瞑った。
その時の、龍麻を見詰める京一の柔らかい眼差し、髪を優しく撫でる手付き、それを、ソファの位置から眺め、劉は、あんな目をして、あんな手付きで、龍麻を見、龍麻に触れるのに、京一は、龍麻との関係の、一体何を悩むのだろうと訝しみ。
大人しく瞼を下ろし、それまでよりも身を丸め加減になった龍麻を、京一は、龍麻に対してだけは、こんな気持ちになれるのに、どうして自分は、『愛してるの一言の世界』に踏み込めないのだろうと思い煩い。
掛け値なしの優しさや労りを注いでくる京一の手と気配に意識の全てを傾けながら、京一と劉がしていた話の途中から起きていて、寝た振りをしながら聞き耳を立てていた龍麻は、聞き齧った二人の話を思い出しつつ、自分がそうであるように、京一だって苦しんでいるのに、どうして自分は、京一に、『あの想いの先』を望んでしまうんだろうと、そっと、奥歯を噛み締めた。