封龍の一族の村跡へ行く為には、厦門市より高速バスに乗って四時間、という道程を先ずは耐えなくてはならなく、バスを降りても、未だ行程は続く。

その為、疲れた体に鞭打つようにして、三人はバス乗り場へと急いだ。

だが、乗り込みたい車の発車時間までは、未だ少々の間があった。

時刻表を確かめ、ゆとりがある、ということにホッとし、龍麻も劉も、待ち合いの椅子に、崩れるように座り込んだ。

「…………劉」

しかし京一は立ったまま、疲れたとか、腹が減って来たとか言い合いながら、広州での出来事を無理矢理忘れ去った風に振る舞う二人を見下ろした。

「何や? 京はん」

「お前、何時までこっちにいる予定だ?」

「いちお、今月の終わりまではこっちいるつもりでおるよ。三月になったら、又海越えるけどな。雛乃はんと雪乃はんの大学、三月の頭に卒業式やから、それまでには戻る。ピヨちゃん等も、雛乃はんに面倒見て貰うてるさかい」

「そっか。────ひーちゃん」

ぐてぇと、身を投げ出すように座る劉の滞在期日を確かめ、どうして今、そんなことを、ときょとんとなった彼を放り出し、京一は今度は、龍麻へと向き直る。

「何?」

「……一寸だけ、俺に時間くれるか? 今月が終わるまでには、必ず戻るから。半月だけ、俺の勝手、許しちゃくれねえか」

疲れを隠せぬ風に深く椅子に腰掛けた龍麻へ、彼は、頼み込むように、が、否を言わせぬ口調で言った。

「…………ん、判った」

彼の『願い』に、龍麻はあっさり……と頷く。

「へっ? ア、アニキ……?」

京一の突然の申し出と、突然の申し出への龍麻の即答に、劉は椅子から飛び上がらんばかりになって、目を丸くしたが。

「すまねえな、ひーちゃん。こんな時なのに。……でも、よ。────必ず、何が遭っても、月末までには戻る。出来れば、一、二週間の内に戻りたいトコだがな」

「大丈夫だよ。高が半月かそこらの話なんだし。劉が日本に発つまでには、戻って来るんだろう?」

「勿論」

「あー、でも、京一」

「……何だよ」

「お金持ってる? 交通費とか、ちゃんと出せる? 途中で路頭に迷ったりしない? 俺もお前も、広州行って帰って来る程度しか、財布の中に入れてなかったんじゃ?」

「平気だっての。んな心配すんなよ。……ま、いざとなったら、劉の携帯でも鳴らすさ。金なくなっちまったから迎えに来てくれ、ってな」

「…………ホントに、もー。京一は、何時だっていい加減なんだから……。いいけどね、野垂れなきゃ、それで。──じゃ、いってらっしゃい。気を付けて」

「おう。行って来るな。……劉。ひーちゃんのこと頼むわ」

一寸そこまで散歩に行って来る、な風情の京一と、夕飯までには帰って来いよ? な風情の龍麻は、至極普通にやり取りを交わし、くるりと背を向けた京一は駅に戻り始め、龍麻は劉を急かして、やって来た高速バスへと乗り込んだ。

「アニキ…………?」

「何? 劉」

「……ええのん…………? 京はん行かせてもうて、ホンマにええの……?」

「…………いいんだよ。あんなこと、滅多に言い出さない京一が、それでも言い出したことなんだから。好きにさせてあげるのが一番なんだと思う。今は、一人になりたいんだとも思うしね」

「そやけど……。そら、京はんの気持ちも判らんことないねんけど……。……今日、四日やで? 二月の四日。あないなことになってしもうてから、未だ三日しか経っとらんのやで? やのに、アニキ残して……。京はんはええかも知れんけど、アニ──

──平気だよ。本当に平気。月末までに帰って来るって言い切ったんだから、絶対にそれを守る気はあるんだろうしね。京一、遅刻魔だけど。高が、二十日と少しのことだし。それくらいの間なら、京一が傍にいてくれなくても、黄龍のことだって大丈夫だって」

乗り込んで程無く走り出したバスの中で、隣の龍麻へと、劉は幾度となく曖昧に訴え掛けたが、龍麻は、京一だから仕方無い、と笑うだけだった。

「アニキ。そういうんやない。わいは、黄龍のこと言っとるんやなくて……」

故に劉は、思い切った言葉を選び掛けたけれど。

「……俺は、大丈夫だよ。心配してくれて有り難う。でも、さ。今の俺が抱えてる気持ちは、多分、京一には重たくて、今の京一が抱えてる気持ちは、多分、俺には重たい。……だから、例え半月の間だけでも、お互い頭冷やした方がいいんだよ。京一も、そんなようなこと考えて、一寸だけ一人で放浪して来るって言い出したんだと思うし。……半月経って、京一が戻って来たら、今よりももっと、お互い、ドツボかも知れないけどね。って言うか、きっと、今よりももっとドツボだと思うけどさ」

「頭冷やすんで一旦分かれんのに、半月後、今よりもドツボやったら、分かれる意味無いやんけ……」

「…………それでも。こうすることが必要だって、京一が言うなら。……だって、俺達は………………────御免、劉。俺、寝る」

龍麻は、笑みを絶やすことなく、己に言い聞かせるように劉を諭し続けて、もうこの話は出来ない、とでも言う風に、両の瞼を閉ざしてしまった。

龍麻と劉と分かれ、駅より厦門空港へと向かった京一は、ウルムチ地窩堡ちかほう国際空港行きの国内線に搭乗し、乗り継ぎを経て、和田ホータン空港へ向かった。

彼が目指そうとしているのは、崑崙山脈の北麓。

今尚、絹の道が通る。伝説の山があると言う。この国の、全ての龍脈の源、とされる。

…………そんな場所、だった。

一人きりの放浪の行き先に、わざわざそこを選ぶ必要は余りなかったのだが、龍麻のことを考える時、どうしたって切っても切れない黄龍や、龍脈の存在が纏わり付いて来るなら、いっそ、一番の源で悩み抜いてやる、との、京一らしいと言えばらしい、らしくないと言えばらしくない、微妙に複雑で、微妙に間違っている思いに従い、彼は行き先をそこに決めた。

ウィグル自治区はロシアとの境界に接しているから、ウルムチ辺りは酷く寒さが厳しかったが、タクラマカン砂漠と崑崙山脈に挟まれているホータン市はウルムチ程ではなく、ほんの少しばかりほっとして、辿り着くや否や脇目も振らず、彼は山を目指す。

幾ら何でもな、と思いはしたので、道中、厚手のコートだけを買い求め、人里離れた辺りへ単身踏み込んだ彼は、見繕った大樹の根元に座り込み、竹刀袋に入れた刀だけを抱き抱えて、雪冠を頂く崑崙山脈を見上げた。

伝説の山が、己に答えをくれるなどという幻想を、いだいた訳ではなかったが。

…………それでも。