時節柄、人通りの少ない通学路をふらふらと辿り、新宿駅東口に出てアルタ前を横切り、大ガード下を潜り抜け、青梅街道沿いに暫し行き、途中で道を左に折れて、と進んだ京一の足は、新宿中央公園へと向いた。
途中、自動販売機で求めた缶コーラを片手に公園の中へと入って、人のいない一角を探し、ベンチに凭れた。
……辺りを見回せば、日本中の何処よりも見事だと彼は信じている桜の木々がやはり目に入って、目に入ったそれは、薄紅色の蕾を膨らませており、溜息を零して彼は、天頂を見上げた。
…………が、そこにあったのは、高層ビルの向こう側から流れて来る幾つかの白い雲と、春の訪れを告げる青空。
「はあ…………」
空も、桜も、桜の蕾も、今はどうしても見ていたくなくて、仕方無し、だらしなく腰掛けた己の足許を見下ろし、彼は再び溜息を付く。
嫌で嫌で堪らなかった。
春も。この風景も。抱える苛立ちも。
──彼は別に、春という季節が嫌いなのではない。
冬は終えたのだと言わんばかりに日々明るさを増して行く空も、桜も、多分、のレベルでしかないが、彼は愛している。
でも、この季節、彼は憂鬱を覚える。
一年を通して覚える憂鬱──……否、憂鬱というよりは焦りを、特に深く覚えてしまうから。
見遣る度に膨らんで行く桜の蕾、気が付けば満開になっている薄紅の花、そしてやはり、気が付いた頃には散ってしまうそれ。
……それを見ていると、彼は、何時にも況して覚えるのだ。
喧嘩に明け暮れても、剣の修行をしてみても、授業を抜け出し街へと繰り出してみても、決して消えない憂鬱と焦りを。
………………剣術が好きだった。
この道しか自分にはないと思った。
だから今でも『こう』している。
木刀は何時しか、体の一部のようにまでなった。
何も考えずとも息をするのと同じで、己の手は必ず得物を掴んでいる。何時でも。
剣の道だけを歩いて行きたいと、こうしている今でも思ってる。
強くなりたい、誰よりも。天下無双の言葉の通り。
……でも、どうしたらいいのか判らない。
修行の方法が判らないとか、強くなる方法が判らないとか、そういうのではなくて。
本当の意味で『強くなる』、それが判らない。
……喧嘩に明け暮れたってどうしようもない、それは判ってる。
そこら辺の馬鹿達と戦って、勝ったと粋がってみた処で、嬉しくも何ともない武勇伝が増えて行くだけ。
でもそれ以外、今の自分には見えない。
あの男──師匠の言っていた意味が、どうしたって判らないから。
あの男がしていた、護りたいモノがなければ強くはなれない、と、そんなような意味の話の、その『意味』が。
…………何を護れば良いのだろう。何を貫けば良いのだろう。自分は一体、何を護りたいのだろう。
今の己に護りたいモノは、剣の道しかない。剣の道を行く為の、挟持しかない。
けれど、それだけを護ってみても、あの男の言っていた『意味』には、多分ならない。
だけど、もしも……………………──。
「………………だから、春って奴は鬱陶しいってんだよ……」
温くなっていく缶コーラを右手に、己の足許だけを見詰め、つらつらと考え込んでいた京一は、先程は目を逸らした青空を振り仰いで、ぼそっと、拗ねた口調で呟いた。
「出逢いと別れの季節です、ってか?」
そうして彼は、もう一度、一人呟く。
────春は、嫌いではない。寧ろ、好きな方だ。
一番好きな季節は夏だけれど。春だって、捨てたもんじゃない。
……但。春が来る度。
出逢いと別れの季節と言われる、春が来る度。
どうしても護るモノが見付からない自分にも、『運命の出逢い』があったりするんじゃないかと、愚にもつかない期待をしてしまうから。
なのに、今まで抱いて来たそんな期待は、毎年毎年、桜の花よりも尚儚く散って来たから。
だから、春という季節は鬱陶しい。
信じてもいない『運命』が、今年も見付からなかったと思い知らされる度、憂鬱と焦りを覚えるから。
だから、春という季節は、と。
……唯、そう思うだけで。