その日、幾度目かのチャイムが鳴って、昼休みがやって来た。

弁当なぞ持参していない龍麻は、あると聞かされている学食へ行くか、購買部で何かを買うかして昼食を済ませようと、机の上を片付けてから席を立ち上がったが。

……さて、学食や購買部の場所は一体何処かと、そのままの姿勢で思わず首を捻った。

手近なので、隣の席の葵に場所を教えて貰おうかとも思ったけれど、一時限目の終わり、京一に貰った『うるさいの』に対する忠告が頭の隅を掠めたというのもあったし、葵はもう、小蒔と一緒に何処かへ行こうとしていたから、あー……、と。

思わず、の態で彼は、今日一番最初に話し掛けてくれた男子である、京一の方を見た。

「何か用か?」

余程、縋るような目を向けてしまったのか、見詰められていることに気付いて京一は、先程も抱えていた紫の竹刀袋を肩に担いで龍麻の席へとやって来て、気遣わし気な顔をする。

「御免、教えて欲しいんだけど。学食とか購買部って、何処にある?」

「え、お前、んなことも教えて貰ってないのか? ……しょーがねーな、じゃあ一緒に行ってやるよ。俺も、昼飯調達しなくちゃならねえし。……学食と購買、どっちがいい?」

「どっちでもいいよ。全く判んないし。蓬莱寺に合わせるよ」

「じゃあ、購買でいいか? あそこの焼きそばパンは一寸したもんだぞ。学食より安いしな。って、ああ、そうだ。序でに飯食ったら、校内案内してやるよ。今日は午後に、生物室での授業があるし」

「そう? じゃあ、お言葉に甘えて。……悪いね、世話掛けて」

「いいってことよ、気にすんな。──じゃ、行くぞー」

「んー」

ちょっぴり真剣な顔で、どうした? と訊いて来る京一に龍麻が事情を話せば、何だ、そんなことかと彼は呆れ顔になって、だが直ぐに、昼食の供と、校内案内を買って出てくれた。

……そんな訳で、京一は先頭に立って教室を出て、龍麻はひょこひょこその後に従い、学食の場所を教えて貰いつつ、一階隅の購買部で幾種類かのパンとペットボトル入りの飲料を買い込み、京一お勧めの昼食とサボりのスポット、屋上にて、他愛無い話をしながらそれ等を平らげ、三年B組の名物生徒の一人、新聞部々長の遠野杏子や、やはり、三年B組の名物生徒の一人、オカルト研究会々長の裏密ミサだったりと行き会ってみたり、職員室にて、生物担当教師の犬神や担任のマリアに行き会ったりとしながら、一通り校内を巡って。

三年C組に戻った。

「……うん。大体判った。有り難う、蓬莱寺」

「だから、気にすんなって。大したことじゃねえんだし。又、何か困ったことがあれば言って来いよ。判ることなら教えてやる」

「うん、又何かあったら。助かるよ、そう言って貰えて」

「そうか? 不思議なことでも、恐縮することでもねえだろ? 同級生なんだし。……っと、又チャイムか。面倒臭せーなー。サボるかなあ……」

「あはは、屋上で? あんまりサボったりしない方がいいんじゃないの?」

「……おー、真面目なことを言いやがんな、この転校生は。どうせ居眠りしちまうから、受けたって受けなくったって同じなんだよ。……うん。どうせ同じなら、サボっちまった方が楽か。……つー訳で、緋勇、俺、バックレるわ。後宜しくなー」

帰った教室の窓辺で、二人並んでそんな話をしつつ授業までの時間を潰せば、ほんじゃあ、と京一は、竹刀袋だけを供に、さっさと何処かに行ってしまって、龍麻は一人残される。

「大雑把な奴だなー……。……ま、いいけど」

ひょいひょいと、三々五々教室へと戻って来た同級生達の間を縫いながら消えて行く背中へ、ぼそっと感想を洩らして龍麻は肩を竦めた。

でも、僅かの間にもう、京一が良い奴だというのは充分理解出来ていたので、彼は、嘘臭かろうと何だろうと、と思いながら、隣の葵へ、京一が具合を悪くして保健室へ行ったんだけどと伝え、午後の授業のどれかで宿題が出たら、校内を案内して貰ったお礼にそれを教えてやろうと、始まったばかりの授業のノートを取る為、シャープペンを握った。

それより二時間程が過ぎて、午後のホームルームも終わり、やって来た下校の時間。

クラス中の誰もが、家に帰るべく、又は部活に赴くべく、教室を出て行く中。

未だに戻って来ない京一の席に置き去りにされた薄っぺらい鞄をチラっと眺めてから、龍麻も又席を立った。

何処の部に所属するつもりもない彼は、真っ直ぐ帰宅する以外にするべきことはなかった。

何処かに寄り道するという選択もあるにはあるが、付き合ってくれる友など彼には未だいないし、早く帰って、未だに片付かない引っ越しの後始末もしたかったから。

「緋勇龍麻君?」

だが、そんな彼を、少女の声が呼び止める。

「……あー、えっと、B組の遠野さん、だよね」

呼ぶ声に、帰り支度の為に俯かせていた面を上げれば、そこにいたのは昼休みに出会った遠野杏子だった。

「そう。……ねえ、緋勇君、今日、暇? 良かったら、一緒に帰らない?」

「……は? ……それは別に構わないけど……」

ぺこり、軽く頭を下げる風に龍麻がすれば、にこおおお……っと、何かを企んでいるように杏子は笑い、一緒に帰ろう、と誘いを掛けて来た。

その誘いに、何故、隣のクラスの女子がわざわざ、と思いはしたものの、勢いでOKを彼は告げる。

「そう? 良かったー。これで、インタビュー……じゃなくって、えーと」

すれば杏子は、ぽろっと本音を洩らして。

……成程、これが蓬莱寺の言ってた、遠野さんの正体って奴かと、昼休み、杏子と行き会った後に京一が言っていた話を龍麻は思い出した。

京一に曰く、アン子との渾名を持つ杏子は、『真神学園のスピーカー』だ、と。

そして、スピーカーである以上、スピーカーでがなり立てるネタを、何時も必ず何処かから拾って来る厄介女だ、と。

そんな話を。

「奴の話、思い出すのが一寸遅かったかなー……」

その為、杏子の独り言を聞き付けて龍麻は、迂闊な返事なんかしなきゃ良かったと呟いたが。

「おい、転校生。一寸ツラ貸せ」

「え? 何で?」

「何ででもだよ。……つべこべ言わずに、黙って付いてくりゃあいいんだよ」

やはり、午前中に京一が言っていた、『うるさいの』の一人が龍麻と杏子の間に割って入って、有無を言わさず彼の腕を掴み、杏子が止めるのも聞かず、教室を出てしまったが為、どうしようかなあ、と思いながらも龍麻は、引き摺られるに任せ、全くと言って良い程人気のない、体育館裏へと連れて行かれる羽目になった。