その後。

仲裁の役目は終わったと、醍醐は何処かへ戻ってしまい、葵は、龍麻にも京一にも怪我がないことを確かめると、良かったと言い残して生徒会執行部へと行ってしまい。

残された二人は、沈黙したまま顔を見合わせた。

「……えーと。有り難う、蓬莱寺。加勢して貰えて助かった」

「昼寝してたら足許で始まった騒ぎに、俺が好きで首突っ込んだだけだ、別に礼を言われることじゃねえよ。五対一ってのは、幾ら何でも、だしな。……でも、加勢なんか要らなかったんじゃねえの? お前、強いじゃん」

「…………そうかな。……でも、助かった。確かに喧嘩が出来ない訳じゃないけど、数える程しかしたことないし。正直、あんまり自信無かったから」

「そうかあ? 謙遜してねえか、お前? …………ま、どうでもいいか、んなこと。…………それよりも、あー、緋勇」

「何?」

「……こうなったのも何かの縁だ、一緒に帰ろうぜ。仲良く、同じ相手とやり合った者同士、親睦深めるってのもいいじゃねえか」

「……ん。いいよ。俺も、一人で帰りたくない気分だし」

何処となく沈黙が堪え難く、龍麻の方から口を開けば、京一も話に乗って来て、一緒に帰ろう、との流れになった。

「あ、でも蓬莱寺、部活は? 確か、剣道部だって言ってたよね」

「いーんだよ、んなのは。あんなことに、俺の貴重な青春費やしてられっか」

置き去りにしたままの鞄を取りに一旦教室へと戻って、先程の喧嘩の話で騒ぎが起こらぬ内にと、そそくさ校門を抜け、黄昏れ始めて来た通学路をのんびり歩きながら、二人は又、他愛無い会話を交わす。

「部活も青春だと思うけどなあ、俺。……けど、だったら何で、剣道部続けてんの?」

「あー……。義理っつーか、義務っつーか。大会なんかの勝ち星稼ぎ要員っつーか。……ま、そんなトコだな。…………もう、アン子なんかから聞いたかも知れねえけど、問題児らしいんでね、俺は。少しでもセンコー共の受けを良くする為に、部活くらい入ってろって、マリアせんせーに言われてるってのもあるし、都大会の個人戦で優勝の一つもすれば、校長や教頭なんかの、停学だー、退学だー、の声も鈍るし」

「……武道って、そんな打算的でいいのかなあ……。……でも、そっか。そんなに問題児なんだ、蓬莱寺って。…………喧嘩っ早いんだ?」

「少なくとも俺にとっちゃ部活は打算だ。……それよりも緋勇、喧嘩っ早いってのは人聞きが悪いぞ。せめて、荒事が俺のことを放っとかない、くらいのことは言ってくれ」

「………………どう表現しても、現実は変わらないと思うよ」

「……てめえ、言うじゃねえか」

話の内容は、今日知り合ったばかりの者同士に相応しい、けれど口調は、とても昨日今日の付き合いとは思えぬ親しさの溢れるそれで彼等は会話を続けて、途中。

「緋勇。お前ン家、どっちだ?」

「家? 西新宿の方。中央公園だっけ? あそこ抜けた先の、水道通りの所辺り」

「え、マジ? 俺ン家もあっちの方なんだよ。もう一寸、青梅街道沿いの方だけどな」

「へー、奇遇だね」

「ああ。……だったら、丁度抜け道だから、中央公園寄ってこうぜ」

「OK。ぶらついてから帰ろうか」

二人は、公園への寄り道を決めた。

未だ未だ、満開の桜の木々を誇る公園の片隅の芝上に座った彼等の話は尽きない。

「…………ねえ、蓬莱寺」

「んー?」

「一寸、素朴な疑問。……何で、真神学園って、渾名が魔人学園なんだろ?」

「……………………さあ。んなこと、俺は気にしたことがねえからなあ……。他校の連中の間でも、当たり前のようにうちのガッコは魔人学園って呼ばれてるから、俺もそれが当たり前だと思ってたし。……ま、大方あれじゃねえの? 真神の読み方を変えれば魔人になるし、他校に噂が広まるくらいな名物生徒の数が多いから、って辺りじゃねえの? 真相なんか」

「ふうん……。で、蓬莱寺はその内の一人?」

「俺? ……どうだかな。悪名っつーかは、そこそこなんだろうけどよ。でも、俺よりも他の奴の方が有名人だと思うぞ? 醍醐なんか、お堅い性格のくせしてうちの総番張ってるし、喧嘩の方も俺とタメ張るし、小蒔は弓道の大会で年中優勝してっから、そこそこ顔知れてて百合人気は絶大だし、美里は美里で、他校の野郎共も憧れる学園の聖女だし、アン子は他所にまで乗り込んで校内新聞のネタ拾って来やがるし、裏密だって、百発百中の占いをするからって、外からも頼って来る奴多いらしいしな」

「………………変な学校……」

尽きない話が、彼等の母校の渾名の話題になった処で、ぷっと龍麻は笑う。

「変、て。何だそりゃ」

あからさまに、自分達を指して『変』と言われ、京一は拗ねたが。

「率直な感想だよ。だってそうだろう? そこまで、東京中の高校に名前が知られてるような学生が集まってるなんて、俺に言わせれば、変って言うか、凄いの一言だよ。けど、そういうことなら何となく判るなあ、魔人学園って渾名」

「……かもな」

龍麻の言う『変』も、洩らされた笑いも、悪い意味ではないのだと気付いて、曖昧に彼は苦笑を浮かべた。

「あ、じゃあさ。俺ってひょっとしてラッキーだったのかな。そんな『魔人』さん達と一通り顔見知りになれて、蓬莱寺とはこうして親しくなれてさ。……うん、ラッキーって奴かもー」

が、あっさりと龍麻は京一の苦笑を流して、嬉しそうに笑み。

「………………そこで喜べる、お前の方が充分変だと思うぞ、俺は。アン子の奴や裏密まで、面子に含まれてるってのに。そう言われりゃあ、悪い気はしねえけどよ。……へへへっ。ま、改めて、宜しくって奴だな、緋勇」

「うん。こっちこそ。佐久間達とはあんなことになっちゃったけど、これから楽しくやってけそうで、良かった。……ホントはさー、転校なんて初めての経験だから、ドキドキでさー。友達の一人も出来なかったら幾ら何でも淋しー、とか、田舎モンとか馬鹿にされたらどーしよー、とか、花の東京で孤独な学生生活送るのは嫌だー! とか思ってたんだよー」

「案外、小心なこと言うじゃん。佐久間達と、平気な顔して喧嘩出来る割に」

「蓬莱寺は、生まれも育ちも東京だろうから判んないかも知れないけど、地方出身者にしてみれば、怖い以外の何者でもないんだよ、トーキョーのコーコーセーなんてっ!」

「……うっわ、何つーか、すんげー新鮮なオコトバ。初な高校生だなー、お前っ!」

それより暫く彼等は、高い笑い声をも織り交ぜながら、何時尽きるとも知れない他愛無い話に興じ続けた。