龍麻が真神学園へ転校してから、初めて迎える土曜日。

午前中だけの授業が終わって、帰宅する者、昼食を摂って部活へ行く者、と教室中がガヤガヤし始める中、京一が、ひょこっと龍麻の席へ寄って来た。

「なあ、緋勇。花見に行かないか?」

何時も通り、紫の竹刀袋だけを肩に担ぎながら、花見、と言い出した彼へ、鞄は……? との素朴な疑問の浮かんだ視線を龍麻は送ったが、花見、花見と京一は一人騒ぎ始める。

「花見って、何処へ? もういい加減、桜も散る頃だろう?」

もうすっかりその気になって、花見ー、と、それだけを繰り返す彼に、何を言っても無駄だな、と龍麻は疑問を引っ込め、話に乗った。

「だからだよ。多分この週末が、今年最後の花見のチャンスだ。だからさ、これから、新宿中央公園で花見しようぜ。夜桜見物、なんてーの、どうだ?」

「うん、いい話だと思うよ」

「……お前は相変らず、そういうことが好きだな」

京一の提案に龍麻が乗り掛ければ、今度は醍醐がやって来て、話に加わる。

──龍麻の転校初日から数えて五日。

旧校舎の事件を筆頭に、様々な出来事が目紛しく彼等の間には起こっていたから、何とはなしに龍麻達五人は、不思議な体験を共有した者同士、時折隣のクラスの杏子も交え、休み時間や放課後、暇さえあれば言葉を交わすようになっていた。

あれ以来、これと言った異変は感じられぬから、一先ず深く考えるのは止めようと、杏子を含めた六人の中に暗黙の了解が生まれても尚、何処となく不安な心地を紛らわす風に、大した用がなくとも彼等は、一塊になるのを止められず。

だから、前振りもなしに醍醐が話に加わったのを、以前から醍醐と仲の良い京一は固より、龍麻も当たり前のように受け止めて、彼等は花見の計画話を進める。

「いいだろう? 俺はなあ、中央公園の見事な桜を見物しながらだな、緋勇と二人、男の友情に付いて熱く語り合おうと──

──で? その心は?」

「…………やー、さぞかし酒が美味いだろうなあ、と」

「やっぱりか……。大方、そんな処だろうとは思ったがな。酒は駄目だ、酒は。体に良くない。第一、俺達は未だ未成年なんだぞ?」

「んな、お堅いこと言うなよ、タイショー」

「堅いんじゃない。当たり前のことを言ってるんだ。……京一、お前も武芸者なのだから、酒などとは縁を切れ」

「へっ、俺の剣は、酒如きにどうこうされるような、鈍らじゃねえんだよ」

「………………。……緋勇、お前も酒は良くないと思うだろう? 少し、この馬鹿に言ってやってくれ」

京一のことをよく解っているだけあって、醍醐は、彼の言う花見は『口実』だと見抜き、その本音を引き出して、聞かされた答えに項垂れ、嗜めてみても屁理屈を止めない京一に匙を投げた風に、龍麻に話を振った。

「………………んー。……中央公園で花見をしながら酒を、って言うのは、俺も良くないと思う」

「そうだろう? 緋勇」

「あっ。何だよ、緋勇。裏切り者ー!」

「だってさ。やっぱり、人目のある所では。……家は、どうしても酒を呑んでみたいなら、家ん中で呑めって方針だったし。だから、外でって言うのは」

「…………緋勇、それはそれで、一寸違うと思うぞ……」

求めに応じ、馬鹿正直に彼が答えれば、そうじゃない、と醍醐は再び肩を落とし、お前もお堅い口かと拗ね掛けていた京一は、パッと明るく笑って。

「……じゃ、今度、人目に付かない所で呑もうぜ」

龍麻の耳許でこっそり。醍醐には判らないように囁いた。

「うん、それなら。……でも俺、多分弱いよ? あんまり呑んだことないし……」

「いいって、いいって。宴会をするってこと自体に意義があんだよ」

「京一ィ。緋勇クンに、馬鹿なこと吹き込んでんじゃないだろうねっ!」

と、そこへ、今度は小蒔が嘴を突っ込んで、学園名物の一つであるらしい、京一とのドツキ漫才を始めた。

「どーゆー意味だ、美少年。……お、そうか。男同士の友情を深める会話に、お前も混ざりたかったか。何だ、だったら素直にそう言えよ」

「二言目には、美少年って! ボクは女だっ!」

「女? ……俺には、醍醐と緋勇とお前の、男三人しか見えないぞ?」

「…………こんっの……。一遍死んで来いっ!」

「……いっ! ……お前、本気で殴りやがったな!」

「性懲りも無く、下らないことばっかり言うからだろっ!」

その、漫才の果て。

バシっと小蒔は京一に張り手をくれて、プイっとそっぽを向いた。

わざとらしく、京一が龍麻の机へと倒れ込んでみせるのも無視して。

……小蒔は確かに男勝りだけれど、決して少年には見えない。

そんなこと、京一とてよく理解していて、でも、こんな風に接するのが、彼の性格的にも小蒔の性格的にも一番良いらしく、醍醐が小蒔を秘かに想っていると知っているのも手伝って、殊更、「俺にとって、お前は『女』の範疇に入らない」というのを強調する為に、彼は小蒔とは、こんなコミュニケーションの取り方をするらしい。

そしてそのことを、この五日の間で龍麻も薄々察したので、彼と醍醐は二人して、名物ドツキ漫才を暫し眺めた。

「小蒔ってば、どうしたの?」

「どうせ、そこのアホが、桜井ちゃん怒らせるようなことでも言ったんでしょ」

すればそこへ、葵が杏子と二人混ざって。

名物漫才は終わり、少女達には黙っていようと思っていた京一の企みを裏切り醍醐が花見の話を振り、彼の『酒宴』をとの野望を阻止する為にも、校則で禁止されている寄り道を正当化してしまう為にも、担任のマリアも誘って、序でという訳ではないが、京一や醍醐は苦手としているらしいミサも誘って、中央公園へ夜桜見物へ行こう、との話は纏まった。