裏密ミサを、少年達が苦手としている理由、それは。
京一曰く、「オカルト少女は不気味でな」。
醍醐曰く、「……幽霊が苦手だから……」。
……である。
決して、ミサ自身に対してどうこう、という訳ではないらしい。
なので、オカルトを不気味とも思わないし、怪談の類いが苦手という訳でもない龍麻が、「自分の歓迎会って名目で花見に行くんなら、美里さんや桜井さん達がいいならだけど、裏密さんも誘っても」と、京一や醍醐の悲鳴を遠くに聞きつつミサを誘うことにも頷いたので、夜桜見物の話が決まった後、彼等はミサの『居場所』、オカルト研究会──通称・霊研へ行ったのだが。
中央公園は、今日は方角が悪い、との『神託』を、龍麻達にはよく理解出来なかった『何処』より受けたとかいう理由でミサは誘いを断ったので、マリアだけを誘い、了承を得てから、午後六時に新宿中央公園正面入口に集合、遅刻したら、罰ゲームとして、公園の真ん中で歌って踊ること、との約束を交わし、彼等は一旦解散した。
とは言っても、話を纏めたり、人々を誘ったり、待ち合わせの場所と時間を決めたりとするのに大分手間取ってしまったので、龍麻は、徒歩で帰る道を、今日だけはとバスに飛び乗り、一人暮らしのアパートの玄関に鞄を放り投げて、着替えもせずに中央公園へ向かった。
龍麻の家は、中央公園に程近く、東京にも新宿にも不案内な彼とて迷うことはないが、土地勘がないというのはやはり不安だったし、花見の誘いを断る際ミサが言い出した『不吉な予言』の言葉から、ジャーナリストを目指しているだけあって時事に詳しい杏子が、
「そう言えばこの間、村正って刀が展示会場から盗まれたのよね。ミサちゃんの、狂刀がどうのって奴、そのことじゃないといいけど」
と、縁起でもないことを言い出したのが気になったのもあり。
約束の三十分程前に、中央公園正面入口へ着いた彼は、入口付近だけではあったけれど、くるりと辺りを見回って、異常がないことだけを確かめ、待ち合わせ場所に戻った。
ミサの『不吉な予言』や、杏子の縁起でもない話が実際に起こったとしても、己一人だけでそれをどうこうとか、そんなこと、欠片たりとも彼は思わないが、自分が真神学園へ通うことになった経緯と、先日、旧校舎へ潜った際に起こった出来事が、どうしても頭の片隅から抜けなく、この街で怪異が起こるとするなら、それは自分にも関わることではないのかと、彼には思えてならなかった。
自分のこれからと関わるのやも、な、起こるかも知れない怪異に、出来たばかりの友人達が巻き込まれるのも御免だった。
……だが、中央公園は平和そのもので、今年最後の花見に興じようと沢山の人々が集まり、其処彼処で宴会を開いていたから、取り越し苦労、と苦笑を浮かべ、直ぐそこにあった、一本の桜の木を彼が見上げれば。
「よう、緋勇。早いな」
…………そこへやって来たのは、京一。
「蓬莱寺こそ。……蓬莱寺って、遅刻魔って噂聞いたけど?」
「……誰に聞いたんだ、そんな噂。俺は遅刻魔じゃなくて、何時も寝過ぎるだけだ」
「威張れないよ、それ……」
「じゃあ、言い方を変える。俺は、約束に縛られない男なんだ」
「……………………蓬莱寺ってさ。馬鹿だよね」
「何をぉっ! 人を馬鹿と言う奴の方が馬鹿だって、教わらなかったのか、お前!」
「うわー、小学生並……」
木刀入りの竹刀袋を軽く持ち上げて、挨拶代わりを果たした彼は、知った顔がやって来てくれたと安堵を見せた龍麻の言う軽口に乗って、相変らずの賑やかさを醸し出し、だが、ふと。
馬鹿なやり取りが一段落した隙に、何時もの、そしてそれまでの、『お調子者』な風情を遠く置き去り、龍麻も見上げていた桜へと、その視線を持ち上げた。
「桜が、綺麗だな、緋勇」
「…………うん、そうだね。綺麗だし、好きだよ、この花」
「おう。俺もだ。……正直、毎年こいつを見る度……春が来る度、ちょいとな、苛々したりもしてたんだが。今年の桜は格別だから」
「ふうん、そうなんだ。好きなのに、苛々、ね。……何で?」
「………………だからそれは、ちょいと、って奴だ」
「いいじゃん、教えてくれたって」
「……その内、な」
「あ、逃げたな。……でも、今年の桜は苛々しない?」
「ああ」
「何で?」
「格別、だから」
「……何で、格別だと苛々しないんだよ。桜が見事なのは、別に今年に限ったことじゃないじゃん。何か、特別なことでもあった?」
「………………ちょいと」
「又、それー?」
「……その内、教えてやるよ」
木を見上げ、舞い散る薄紅の花弁を見上げ、顔も見合わさず、彼等はそんなことを言い合う。
京一が始めたそれを、龍麻は本当に一寸した話なのだと受け取って、ふざけ半分に追求したが、大抵のことの『上辺』は開けっぴろげに振る舞う京一が、珍しく秘密主義を貫いたから、会話はそこで途切れ。
「早いな、お前達。…………時間通りの筈、だと思ったんだが……」
「え、嘘っ? 京一までもう来てる。絶対、罰ゲームは京一だと思ったのにー!」
「……あら? 私達、もしかして遅かった?」
その内、の京一の言葉通り、何者かに、この話はもう終いだと言われたかの如く、丁度そこへ、醍醐と小蒔と葵が連れ立ってやって来た。
「お前等なあ、揃いも揃って何つー言い種だ」
だから、なのか、龍麻と二人きりで桜を見上げていた瞬間の、『静』の風情を京一は綺麗に吹き飛ばし、普段学内で見せているような軽いノリで、やって来た一同の科白に拗ねてみせる。
「時間まで、未だ後五分あるよ」
きゃあきゃあと言い争う彼等の輪の中へ、仲裁兼ねて入りながら、ちらり、横目で京一を見遣って龍麻は。
こいつって、かなりの食わせ物なのかも、と薄ら思った。
学内や、皆の前で見せている、底抜けに明るくて、馬鹿で、『オネーチャン』のスカートの中味のことしか考えていないような態度は、何かに対する、彼の『殻』なのかも、と。
……でも。
薄らとでもそんなことを考えざるを得ない態度を、知り合って間もない自分の前で、何故か京一は見せてくれる、とも思って。
悪い気はしないな、と龍麻は、口許だけに笑みを浮かべた。