土曜、ということもあってか、新宿駅西口バスターミナル付近は、人々でごった返していた。

その片隅に、目立たぬように何とか集まった彼等は、今日の処は解散しようと話し合い、少年達三人で、女子を一人一人自宅前まで送った。

その後、自宅は杉並になる醍醐と、丸ノ内線の改札で別れた龍麻と京一は、裏通りを縫うようにしながら、再び西新宿へと戻った。

何故かマリアに手渡されてしまった、学生服の上着で包んだ村正を胸に抱くようにしながらの龍麻も、竹刀袋を担いだ京一も、何処か、帰宅の足はトボトボとしていて。

「…………………………大変な一日になっちゃったね」

「……そうだな」

「裏密さんの占いって、当たるんだなあ……」

「止めろよ、こんな時にオカルト少女の名前なんざ言うの。………………それよりも、緋勇。お前凄ぇよ。普通、ポン刀持ってる相手に、素手で立ち向かわねえぞ」

「そんなことない。だって、正直怖かったし…………」

「……怖いぃ? あれで?」

「……ったり前だろっ! 怖くない訳ないじゃんか、刀持ってる相手と戦った経験なんて、持ってて堪るか! 俺は一介の高校生なのっ! あんなこと出来たのは、何て言うか、意地って言うか、こうさ……。俺達がやらなきゃ誰がやるー! みたいなノリって言うか……」

「………………ノリで戦うな」

やがて、やっと生まれたゆとりに身を委ね、今宵の出来事を語らいながら、彼等は揃って、足取りを更に遅くした。

まるで、家に帰りたくないとでも言うように。

「だからっ! 俺だって、何て言っていいのか判んないんだよっっ。あーもー、察してくれ、蓬莱寺っっ。俺だって………………」

「……悪かった、茶化して。だからもう、ンな顔すんな。………………そっか、お前も怖かったのか」

「うん…………。蓬莱寺は?」

「そーさなー……。余り、ぞっとしなかったな。怖かったと言えば怖かったし。でも、そういうのとはチト違うってーか」

「…………お前の方が凄いじゃん……。……いいなあ、蓬莱寺は。強くってさ、剣の腕も達者で、度胸もあってさ」

「お前だって、強いじゃねえか。お前には、安心して背中預けて戦えるぜ? 俺。古武道、やってんだろ? 氣のことにしたって──

──んーーーー……………………。それが、さ」

「……? どうした?」

歩みが遅くなるのとは逆に、加速を付け始めた会話はそこへ辿り着いて、しかし。

龍麻は言い淀んだ。

「………………怒らないで、話聞いてくれる?」

「聞いて欲しいってんなら聞くが……」

「俺、さ。実はさ、古武道、三ヶ月しか習ってないんだ」

「……………………は?」

何故、彼がこんな話の途中で言葉を濁すのか判らなくて、ふん? と首を傾げている内に、衝撃の告白以外の何物でもない事実を聞かされ、京一の声は裏返る。

「お前……今、何つった?」

「古武道。三ヶ月しか。習ってない」

故に、低く小さくなり掛けていた龍麻の声音は、益々頼りなくなった。

「……えーと、だな。ガキの時分に習ってたことがあって、久し振りにそれを習い直し始めて三ヶ月、とか?」

「いいや」

「あ、判った。師範とか、免許皆伝の修行に入って三ヶ月。そうだろ?」

「違う。本当に、言葉通り。武道は当然、どんなスポーツだって、本格的にやったことなんかない。……去年の秋に、前の学校で一寸遭って。その頃から習い始めて。三ヶ月目で『時間切れ』になって、東京に来たんだ、俺」

「ふ、うん…………」

龍麻の声も態度も表情も、少しずつショボくれていっているのに気付かないではなかったが、どうして不安気なのか、どうしてこんな話を始めたのか、それが京一には見えず、可でもなく不可でもない相槌だけを彼は打つ。

「……だからさ。俺、こっちに来る以前から、俺は今夜体験したような出来事に縁があるんだろうなあって考えてて、だったら今夜のことって、俺が皆を巻き込んじゃった形でもあるのかなあ、とか思えて来て、なのに俺ってば、蓬莱寺みたいに強くもないし度胸もないし、何か色々中途半端で……」

「一寸待て。何で、『だからさ』から続く話がそうなるのか、俺にゃ見えねえぞ。そもそも、前のガッコで遭ったことって何だよ。何で、今夜みたいなことに縁があるかも、とか思ったんだよ」

と、相槌を返すのみだけをしていた龍麻の話に、そこで京一は違和感を覚えて、勢い調子を取り戻し、龍麻の制服の襟首を引っ掴んだ。

「それは……うん、その……。内緒」

「内緒、ねえ……。なら、それはいい。……でもなあ、緋勇。今のは違うぞ。お前、あんまり俺を馬鹿にすんなよ」

「……え?」

「前のガッコで何が遭ったのかとか、お前が何の為に、新宿に、真神に来たとか、んなこたぁ、どうだっていいんだよ。少なくとも今はな。今夜のことだってそうだ。別にお前の所為じゃない。俺や、俺達が、好き好んであの騒ぎに首突っ込んだんだ。お前に巻き込まれた訳じゃねえよ。お前がそんな風に思い詰める必要が何処にある? ……それにな、例え古武道を三ヶ月しか習ってなくとも、お前は充分強い。俺が保証してやる。『お稽古』の長さなんざ関係ない。あれが実力だと思えばいい。お前は喧嘩慣れしてねえだけだ。度胸なんてのは、場数踏めば後から付いて来る。……そうだろう? だからもっと胸張って、堂々としてやがれ、男なら」

「…………蓬莱寺……」

引っ掴んだ襟首を引いて、強引に己へと振り向かせ、少々陳ねた顔して京一が言ってやれば、龍麻は困惑したように、京一を見詰めては視線を逸らし、を繰り返した。

「緋勇龍麻。お墨付きをくれてやるよ。お前は、歌舞伎町のヤクザ共でも避けて通る、この蓬莱寺京一様が、背中を護ってやってもいいと思った男だ。この俺が、背中を預けてもいいと思った男だ。……自信持て」

だから、京一は力を込めて、龍麻へと言い放ち。

「……自信家でもあるんだね、蓬莱寺って。……でも、有り難う」

「気にすんな。一言余計なのには、目を瞑ってやる」

「…………うん」

そこでやっと、龍麻は笑みを取り戻した。

────あー、結構な時間だなあ。そろそろ十時か。……お前、親に叱られねえか? 一緒に行って、言い訳してやろうか?」

「平気。俺、一人暮らしだから。蓬莱寺こそ、叱られたりするんじゃ……」

「んなことにはなりゃしねえよ。自慢じゃないが、三輪車を乗り回してた頃から、俺は無断外泊の帝王だ」

「三輪車……? それって、幼稚園になるかならないか、くらいの歳の話だろう?」

「ああ、そうだぜ。その頃から鉄砲玉なんだよ。最長無断外泊記録、半月。放浪記録は二年だ。任せろ」

「何で、高校三年生のくせして、そんな謎な人生送ってるんだよ……。ま、そういうことなら安心だけど。叱られることはないんだろうし」

「だから、任せろっつんてんだよ。──緋勇は一人暮らしか……。…………ん、決めた。お前、今夜俺のこと泊めろや」

「えっ? そんな、急に言われても。家、未だ引っ越しの荷物片付いてないから、汚いよ?」

「いーじゃねーか、女連れ込むってんじゃねえんだからさ。うるさい女共もお堅い醍醐もいないし。ひと暴れした後だし。酒でも呑もうぜ、緋勇っ」

そうして、何時もの歩調に戻って、笑い声をも洩らし始めて。

「……………………家に入り浸らないって約束するんなら、泊めてやる。因みに、酒のストックはない」

「ハイハイ。誓います、約束します、決して、緋勇クンのお家を第二の自宅にしたりはしません。──つー訳で! コンビニで酒とつまみ買って帰るぞ、緋勇ー!」

「……あー、嘘臭い誓いー……。──あっ、どうしよう、この日本刀」

「どーでもいいじゃねえか、後で考えろ」

「そういう訳にも……。……そうだ、この間、遠野さんから貰った真神新聞に広告出してた骨董屋にでも、明日持ってってみようか? 拾ったとか何とか嘘吐けば、銘のある刀だから、素知らぬ振りして引き取ってくれるかも」

「おー、そうしろ、そうしろ」

「いい加減だなあ、蓬莱寺……」

不夜城・新宿の灯りが、覚束無く射し込む裏通りを、肩を並べて辿った彼等は、通りすがりのコンビニへと消えた。