──1998年 05月──

五月の時の流れは、四月に比べれば穏やかだった。

京一達や雨紋のように、不思議な力に目醒めた者達との戦いが二回程あったものの、それでも、四月よりは。

──二つの戦いの内の一つは、夢を操る力を持った、嵯峨野麗司という少年と、少年のクラスメートの、藤咲亜里沙という、墨田区覚羅高校三年の二人が相手だった。

嵯峨野は酷い苛めに遭っていて、亜里沙は苛めを苦に自殺した弟をがいたという過去故、嵯峨野の復讐に手を貸しており、たまたま、祖父の家を訪ねた際、傷付き倒れていた嵯峨野に手を差し伸べた葵に心寄せた彼が、葵を夢の世界へと引き摺り込んだが為、龍麻や京一達は、葵を救うべく、嵯峨野と亜里沙と戦って、嵯峨野は倒れ。

ミサの占いと助言に従って倒れた葵を運び込んだ、京一が過去、如何なる経緯でか世話になったことがあり、且つ、新宿で一番苦手としている場所である病院──表向きは産婦人科、が実態は、霊的治療をも施せる、小山の如き体躯の女院長、岩山たか子の『縄張り』である、新宿の桜ヶ丘中央病院の見習い看護婦で、新宿区鈴蘭看護学校生の高見沢舞子──霊の姿を見、声を聞き、亡き人々の想いをこの世の者達へと伝えることの出来る力を持った彼女が龍麻達に同行していた為、舞子より亡き弟の言葉を聞かされた亜里沙は、己の過ちに気付き、未だ、今なら引き返せると。

己が授かった力を、今度は龍麻達の為に役立てると約束してくれたし、舞子も、何かが遭った時には龍麻達に手を貸すと申し出てくれたので、その事件は比較的静かに解決を見たが。

…………結果だけを見れば、解決には至ったものの、五月に起こったもう一つの事件は、彼等に──特に醍醐にとって、辛い事件だった。

中学時代、随分と荒れた生活を送っていた醍醐には、己と同じく、荒れるだけの日々を過ごす、凶津煉児という友がいて、中学時代の殆どを醍醐と共にしていた彼は、中学三年の年、父親を刺し、警察より逃亡していた最中醍醐に助けを求め、が、醍醐は凶津に自首を勧めた。

その為、二人の仲は裂け、タイマンでの勝負を果たして勝った醍醐は、警察へと通報し。

掴んでいた力を使っての、醍醐への復讐を誓った凶津と、三年振りの再会を果たした醍醐や龍麻達は、苦い想いのまま、戦いを。

……戦いは、龍麻達が勝ち、醍醐をおびき寄せる為の餌にされた小蒔も助けて、との運命を辿って終わった。

だが、結局の処、凶津は、醍醐と過ごした『あの頃』を取り戻したいと願っていただけで。

戦いを終えた仲間達の間には、秘かに、友とは……、との、如何とも例え難い想いが残った。

──だが、その戦いとて、辛いことばかりではなかった。

醍醐を悩ませる為に凶津が取った策の一つのお陰で、と言えば聞こえは悪いが、そのお陰で知り合った、目黒区鎧扇寺高校三年で、空手部主将の紫暮兵庫という彼が、己にも力が目醒めているからと仲間になってくれたし、事件解決の為にと、色々協力を頼んだミサも、これからは、と言ってくれた。

…………そうやって、仲間達は増えて。

有り難い、とは決して言えないが、不可思議な事件への『耐性』も付き出して。

だから五月は、彼等にとっては四月よりも穏やかな流れで、学生が本分である彼等は、何時何処で湧くか判らない正体不明の敵よりも、きっちり、逃れようなくやって来る中間テストという現実に、戦々恐々としていた。

常に学年トップを走っている葵は兎も角、赤点を喰らったり補習を申し渡されたりまでは流石に経験がないが、勉強が好きではない小蒔、補習を免れる確率と免れない確率は五分五分の醍醐、万年学年最下位争いを繰り広げている補習と赤点の常連組な京一、人並み以上でも以下でもない成績の龍麻は、テスト期間中、毎日顔が青かった。

謎な出来事に巻き込まれ続けて、今までのように勉強に励む時間が取れない彼等各々の、テスト結果の自己採点は、絶望的な点だった。

……尤も京一だけは途中で開き直り、補習でも何でも受けてやらぁ! と、努力を放棄したが。

──でも。

そんな、学生にとっては地獄の釜の蓋が開いたような一週間が終わって、テスト結果も発表になり、葵は当然のこと、小蒔もそこそこの成績を収め、男三人だけが見事に揃って補習を喰らった、五月中旬から下旬も過ぎて。

月末が、やって来た。