五月最後の土曜となった、三十日。

又もや、知り合って間もない紫暮の誕生日が十九日だった、というのを口実に、彼等は宴会の計画を立てた。

会場は、新宿歌舞伎町の一角にある、カラオケボックス。

パーティールームを予約した彼等は、夕刻からそこに傾れ。

今回は、絶対に酒は許さん、との姿勢を貫いた醍醐と、飲酒喫煙に関しては醍醐と同じ考えらしい紫暮の厳重な監視の下、飲めや歌えや、ではなく、歌えや歌えや、の一部の者には若干侘しい騒ぎを通して、親睦会! と洒落込んだ。

「舞子ぉ、舞園さやかちゃんの歌、歌いまーす!」

──きゃあきゃあと、彼女独特の間延びした喋り方で宣言しながら、舞子が曲を予約すれば。

「え、舞子、あのアイドルの歌なんか歌えんの? らしいっちゃらしいけどさ。……でも、あたしも嫌いじゃないんだよね、あの子の曲」

「じゃあ〜、一緒に歌おうよぉ、亜里沙ちゃんっ」

「……いいけど」

初めて会った日、余りのおっとりさ加減に、「あんた、色んな意味で大丈夫……?」と真顔で尋ねて舞子を泣かせたのに、あれから二週間と少しが経った今、何故かその舞子と仲良くなっていた亜里沙は、彼女の誘いに苦笑を浮かべながらも、何処となく『女王様』を彷彿とさせる雰囲気にとても似合った仕草で長い茶髪を掻き上げつつ、もう一本のマイクを握り。

「おお、いいな! 俺は、舞園さやかちゃんのファンだ!」

高校生とは思えぬ立派過ぎる体躯を揺らして、高らかと紫暮は告白した。

「紫暮っ!」

「……何だ、蓬莱寺」

「判っちゃいたが、お前は良い奴だ! さやかちゃんのファンに、悪い奴はいないっ!」

「…………蓬莱寺! 俺にも判っていたぞ、お前が良い奴だとぉっ!」

紫暮の宣言を聞き付け、京一は、テーブルを挟んだ向こうの席にいた紫暮と、がっちり手を握り合い。

「……………………すまん、遠野、桜井。舞園さやかって、……誰だ?」

「えええっ!? 醍醐君、知らないのっっ?」

「醍醐クン、駄目だよ! テレビはプロレス中継や格闘技中継見る為だけにあるんじゃないんだよっ!」

京一と紫暮のノリに付いて行けなかった醍醐は、こっそりと、杏子と小蒔に、今一番売れっ子の高校生アイドル、舞園さやかのことを尋ねて非難を買った。

「緋勇君は、さやかちゃんの曲とか、聴く?」

「聴くって言うか、判るよ。詳しくはないけど、彼女の曲、何処行っても流れてるし。CDとかまでは持ってないけど」

「今度買ってみたら? 私も持ってはいないけど、とても良い曲だったわ。ほっとする曲で」

「舞園さやかかー。良い声してるけど、曲のジャンルがなー、俺様とは一寸。……龍麻センパイさあ、舞園さやかのCD買うくらいなら、俺様達のCD買ってくれよ。俺等未だ、自費でしかCD出せないからさ」

「…………そういうのは〜、ウチの霊研で売るといいよ〜。占いして欲しいって〜女の子が一杯来るから〜、上手くすれば売れるよ〜、雨紋く〜ん」

そんな騒ぎの横では、葵と龍麻と雨紋と、相変らず、少年達を怯えさせる不気味な喋り方のミサが、ジュースを啜りつつ、さやか絡みの話を始め。

「ホントかっ? 裏密さんっっ!」

「うん〜、ホント〜〜。………………実験台に〜なってくれるなら〜、売ってもいいよ〜」

「緋勇、雨紋のCDなんか売り付けられてんな。さやかちゃんのCD、今度俺が貸してやるから!」

「CDなんかってのは、どういう意味だ、なんかってのは! 京一っ。──それよりも裏密さん、実験台って…………?」

「年上の名前を呼び捨てにすんな、雨紋っ! センパイと呼べ!」

「あ、曲が始まるぅ。皆、ちゃんと聴いててねぇ」

「あんたら、一寸うるさ過ぎるよっ。あたしと舞子が歌うんだから、有り難くお聴きっ」

「判っとる! 俺は、さやかちゃんの歌を聞き洩らしたりはしないっ」

「……歌うのは、高見沢サンと藤咲サンだよ、紫暮クン……」

「駄目よ、桜井ちゃん。彼、そんなことどうでもいいのよ、きっと」

「…………だから、舞園さやかというのは…………」

「聴いてれば判るわよ、醍醐君」

「……えーーーと。……折角だから、二人の歌聴こうよ、皆……」

………………場は、何時まで経っても、収まる様子を見せなかった。

──だけれど。

今年春、『何か』を切っ掛けに目醒めてしまった、悩みの種になり掛けていた者すらいる『力』を持つ者同士、それを隠す必要の無い場で、こうして、年相応のふざけ合いをしながらはしゃげるというのは、或る者にとっては楽しみであり、或る者にとっては救いであり、或る者にとっては喜びであり、と言った具合だったので。

何の屈託もなく彼等は、午後八時を過ぎる頃まで、カラオケボックスで騒ぎ続け。

新宿駅の東口前広場で解散をした、騒ぎの後の帰り道。

家が近い龍麻と京一は、通学路を仲良く辿っていた。

「来週から、衣替えかー」

「おう、やっと薄着の季節だな。オネーチャン達のスカートの丈が、益々短くなる。いいねぇ」

「蓬莱寺の頭の中には、それ以外ないの?」

「馬鹿言うんじゃねえ、他にもあるぞ。さやかちゃんのコンサートのチケットを何とかゲットしなけりゃとか、俺を目の敵にしている犬神のヤローから逃れる方法はとか、もう直ぐ都大会だから、稽古がどうのと副部長の野郎に追い掛け回されるなとか、補習が面倒臭ぇとか」

「………………人生楽しいでしょ、蓬莱寺」

「当たり前だ。楽しくなくてどうする。……そう言うお前だって、楽しいだろう? ここの処で、他校の女の知り合いとか作ってるじゃねえか」

もうそろそろ九時という頃合い、学生服の二人連れは目立たなくもないが、ここは新宿。

取り立てて注目する者もおらず、彼等は高い声で話をしながら家を目指していた。

「他校? 高見沢さんとか藤咲さんとか?」

「……どうしてそうなる…………。そうじゃなくて。ほら、比良坂紗夜ちゃんっつったっけ。あの子」

「あー…………。……あの子は別に、そんなんじゃないよ。……ほら、何時か渋谷の交差点でぶつかって、名前訊いて来たって子。あの子だよ、比良坂さんって。何でかなー、縁あるんだよねえ……。桜ヶ丘中央病院の前でも偶然あったし」

「ああ、あそこに美里を担ぎ込んだ時の話か。この間はこの間で、中央公園で不良に絡まれてたっけか、紗夜ちゃん」

「うん。彼女のこと、皆で助けたこともあったよね。……でもだからって、知り合いって訳じゃ」

「知り合いは知り合いだろ。つーか、知り合いってことにしとけ。可愛い子なんだし。あんな可愛い子とお近付きになって宜しくやれたら、パラダイスだぞー」

「……んー。まあ確かに可愛い子だとは思うけど、俺、あんまり、そーゆーの考えてる余裕ないし」

「………………お前はその歳で不感症か? ……って、殴んな、緋勇」

「誰が不感症だっ! そんな話じゃないっ。……何となく、一寸気になる子でもあるけど、俺は、今は」

「……お。あれか? お前、美里に義理立てしてんのか? 浮気は男の甲斐性だぞ?」

「美里さんとも、そんなんじゃないっ! もう、蓬莱寺とは女友達の話はしないからっ」

「判った判った、もうからかわないでやるから」

担いだ竹刀袋で、トントンと肩を叩く癖を又出しながら、ベタベタと覇気なく歩く京一と、ほてらほてら、手ぶらで行く龍麻の二人は、比良坂紗夜を巡る話をして。

…………五月を終えた。