──1998年 06月──
衣替えを迎えた六月の前半は、特にこれということもなく、唯穏やかな内に過ぎた。
大して興味も無いくせに、それを口実に転がり込もうと考えたのだろう京一が、龍麻を捕まえ、ワールドカップフランス大会が観たいから泊めろ、と彼のアパートへ押し掛けて、だから、いい加減な夕食を二人して摂って、何時も懐が豊かとは限らない高校生っぽく、ビールではなく缶チューハイでの本当に細やかな宴会を開きながら、余り熱心にはなれないサッカーの中継を朝まで観て、翌日の授業中に居眠りをしたりサボったりとして叱られてみたり、と言ったようなことが何回か続いた程度で。
このまま、何事もなく六月は過ぎるかな、過ぎてくれればいいなと、彼等は淡い期待を抱いていた。
とは言え、血の気を余らせている方な、そして、どうにも四月の旧校舎での出来事が頭の片隅から離れないでいた京一が、何もなければないで詰まらない、の建前の下、あそこは一体何なんだとか、あの時の出来事は何だったんだとか、あれに関して、やっはり緋勇は何かを知ってるんじゃないのかとか、そんな疑惑を細やかにでも晴らすべく、龍麻を捕まえ旧校舎探検をしようと言い出して、実際それは決行され、京一が抱え続ける疑惑は何も晴れなかったものの、教師達の目を掠めて潜った旧校舎は、不可思議な異界と繋がってでもいるのか、化け物の巣になっている、というのが探検の結果判明したので、体や腕を鈍らせない為の、丁度いい修行場だと思ったらしい京一と、漠然と、もっと強くなりたいなあと思っていた龍麻は、旧校舎に入り浸るようになり。
二人が始めた『旧校舎詣で』の話を聞いて、直ぐに醍醐もそれに飛び付き、何時しか、小蒔や葵までもが『旧校舎詣で』に同行するようになったので、本当の意味で彼等は、全く戦いと無縁、という訳でもなかったのだけれど。
でも、あれよあれよと言う間に、誰が誰にどう喋ったのか、仲間内全員に真神学園旧校舎の話は伝わり、他校に籍を置く者達も、こそこそっとやって来て、『旧校舎詣で』に勤しむくらいになった頃には、「危ないから、一人で旧校舎に潜るのは止めようよ」との龍麻の提案が浸透した為、言葉にする程の『危険』とは、一応、彼等は無縁のままだった。
──龍麻と京一が、初めて旧校舎の地下に潜ってから暫し。
体育の授業が水泳になって、プールからは毎日水音が聞こえ、暑くなって来た六月ももう終わる、という頃までの三週間。
仲間達の誰もが、何かに憑かれたように旧校舎へと頻繁に赴いたから、月末の声を聞く時分──彼等の憑かれた如くの旧校舎詣でがやっと落ち着いた頃合いには、皆、大分異形のモノとの戦いにも慣れて、腕前の方も上がって、故に。
当分は、何が起こっても心配することはないかな、なんて、全員が全員、のんびり構えた風情で、やって来る夏を待っていたのだけれど。
六月二十四日、水曜日。
その日、放課後のホームルームが終わった直後、龍麻は担任のマリアに、職員室へ呼び出された。
この数日、蓬莱寺は遊びに来ていないから、授業中の居眠りも朝の遅刻もしていないし、これと言って、呼び出しを喰らう心当たりが無いし……、とは思ったものの。
何だろう? と首を傾げつつ職員室を訪ねれば、説教の為に呼び出された訳ではなかったものの、全くと言っていい程要領の得ない話をされて、挙げ句、
「一寸、服を脱いでみてくれない?」
などと言われ、思わず龍麻は、素っ頓狂な声を放ち掛けたが、何と答えればいいんだろうと、しどろもどろの言い訳を彼が始めた処に犬神がやって来て、服を脱げ、脱がない、は有耶無耶になったので。
そそくさと彼は、職員室を逃げ出した。
四月の花見の時もそうだったけれど、どうにも時折、マリア先生はおかしなことを言い出して、謎な行動をする、と、もやもやとした想いを抱えて教室に逃げ帰れば、親しい顔は誰もおらず。
まあいいや、今日は一人でさっさと帰ってさっさと寝よう、又その内、何だ彼
少しだけ、折角の放課後に誰とも言葉を交わせなかったのは淋しいと感じつつも、龍麻は校門へと向かった。
…………しかし。
下校ラッシュの第一陣が終わって、人影も疎らになった校門前には。
比良坂紗夜が、立っていた。