翌、二十五日。
登校し、朝のホームルームが始まるのを待っていた龍麻の席に、京一が駆け寄って来た。
「緋勇っ!」
「何? 朝からそんなに勢い込んで」
「お前さ、昨日、すんごく可愛い子に待ち伏せされて、デートしに行ったって噂、ホントかっっ!?」
がばっと、机に張り付くように身を乗り出した彼が言うことは、昨日のことで。
…………何で知ってる、と内心で冷や汗を掻きつつ。
「デートって言うか……。比良坂さんが、俺のこと待ってて、一緒に出掛けてくれないかって言うから……」
ボソボソっと龍麻は答えた。
「それを、デートっつーんだよ! くーーっ、紗夜ちゃんか! やるな、紗夜ちゃんっっ。……そうかあ、噂は本当だったか……。俺だって、可愛い子とデートがしたいと、こんなに日々願ってるって言うのに、何で緋勇だけ、んな美味しい思いをするんだかっ!」
「……だから、デートって言うかさ……。つか蓬莱寺、何でそのこと知ってんの?」
「昨日、お前がマリアせんせーに呼び出されてる間に野暮用済ませて戻って来たら、お前、もういなかったからさ。探したんだよ。一緒に、王華にラーメン食い行こうって誘おうと思ってたから。そしたら二年の女子がさ、緋勇先輩は、校門で知らない制服着た女の子に誘われて、どっか行っちゃいましたよー、可愛い人でしたよー、って教えてくれてさ。だから」
「成程……。……下級生の子達に人気があるお前は兎も角、何で二年の女子が、俺のこと知ってるんだろう……」
「……………………お前はもう少し、自分のツラに対する自覚を持て」
「どーゆー意味?」
「言葉通りだ。…………ちっ、チャイムか。緋勇、後で話聞かせろよ、紗夜ちゃんのことっ!」
気のない風に語る龍麻とは対照的に、京一は、友のデート話で一人盛り上がり、『時間切れ』を告げるチャイムが鳴り響くと、恨めしそうに舌打ちをしてから席へと戻って行った。
その背中を眺め、これは、昼休みが大変だ、と龍麻は思ったが。
やって来た昼休み、京一は犬神に呼び出され、昼食を摂る時間も無いくらい、提出し忘れていた課題のことで説教を喰らったので、昨日の龍麻のデート話は放課後へ持ち越しになり、放課後は放課後で、もう間もなくの都大会の為にも、いい加減稽古を付けて下さい! と、泣き付いて来た剣道部副部長に、彼は道場へと引き立てられて行ってしまったので。
「速攻で終わらせて来るから、待ってろよ、緋勇っっ!!」
「んーーー、五時までねー。五時までは待つよ」
そんな口約束を交わしはしたものの、結局五時を幾分か過ぎても京一は戻って来なかったから、あっさりと見捨て、龍麻は家路に着いた。
一応、先に帰る、とのメモ書きだけを、教室に置き去りにされていた京一の鞄の上に残して。
………………だが、その日も彼は、真っ直ぐ家に帰ることは叶わなかった。
──校門を潜った所で彼は、見知らぬ男の子に捕まり、
「兄ちゃん、緋勇龍麻って人?」
と問われ、こんなパターン、最近多いなと答え倦ねている内に、焦れた子供は、違うなら、緋勇って人にこの手紙を渡してと、封筒を彼へと押し付け去った。
「『緋勇龍麻君』宛のお手紙、ねえ……」
握らされたそれの表書きを暫し眺め、んー、と首を捻り。
……もしかしたら、昨日あんな別れ方をした比良坂さんからなのかも知れない、昨日のことが気拙くて、こんな渡し方をしたのかも、彼女、俺の住所は知らない筈だし、と。
彼は封を開いた。
…………手紙は予想に反して、紗夜からの物ではなく。
Dr.ファウスト、という、ふざけた名前の差出人よりの物で、その中味は。
君の持つ力のことを知っている、今年になって君達が関わった事件のことも知っている、だから是非話がしたい、が、唯こう言っても断られるだろうから、ある人に協力して貰った、その彼女は今、こちらの手中にある、彼女を護りたければ、こちらの言う場所に来てくれ、と言う風な内容の、脅迫状、だった。
京一が、都大会に燃える副部長以下の剣道部員達より解放されたのは、とっぷりと日が暮れた後だった。
部活後のシャワーもそこそこに教室へと取って帰れば、思った通り、もう龍麻の姿はない処か、無人で。
仕方無いと判っていながらも、ぽつりと残された、龍麻の、先に帰るとのメモ書きを握り締め。
「薄情者めーーーーー!」
八つ当たりの雄叫びを、彼は上げた。
周囲が呆れる程のラーメン好きの京一は、昨日行き損ねたラーメン屋の王華に今日はどうしても行きたくあり、が、龍麻には見捨てられるし、滅多に出ない部活で暴れた所為で空腹は猛烈だし、紗夜の話は聞き損ねたままだしと、己でも筋違いと判ってはいる腹を立て。
「くそー……。俺の青春を、部活なんぞに費やして来たってのに、緋勇の奴め……。…………部屋まで押し掛けてやる。押し掛けて、夕飯振る舞わせて、紗夜ちゃんとのことを聞き出してやる!」
薄い鞄を引っ掴み、木刀入りの竹刀袋を担ぎ直すと彼は、大急ぎで龍麻のアパートへ向かった。
しかし、路上から見遣った友の部屋は、全ての灯りが落ちており、玄関のチャイムを鳴らしても反応はなく。龍麻独特の氣も、室内に人がいる気配も感じられなかった。
寝ているのだろうかと思って、家の方にも、今時の高校生には必需品のPHS──京一や龍麻の懐具合では、流石に携帯までは持てないので──の方にも電話を掛けてみたが、両方共留守電に切り替ってしまった。
「……あいつ、又今日も、紗夜ちゃんとデートしてんじゃねーだろーな……。羨ましい奴ーーーっ!」
その為彼は、近所迷惑も省みず、又、八つ当たりの雄叫びを上げ。
ナンパでもしに行くかと、夜の新宿の繁華街を目指すべく、踵を返した。