京一が、夜の新宿の繁華街に消えた頃より、時は暫し遡る。

六月二十五日、午後六時過ぎ。

サスペンスドラマでよく見るそれに似た、新聞や雑誌の文字を切り抜いて作られた脅迫状に指定されていた、品川区の片隅にある廃屋に龍麻はいた。

罠だろうなと判ってはいたが、紗夜か、仲間内の誰かがここに、と思えば、行かぬ訳にはいかなかった。

一人で来い、との指定もあったから、誰にも連絡を取ること無く馬鹿正直に彼はそこへと駆け付けてしまっていて、それだけを少し後悔したけれど、そんなことは今更だった。

ままよ、で踏み込むしかなかった。

──踏み込んだ廃屋で待ち構えていたのは、亡者達だった。

ホラー映画で常連の、ゾンビ、という存在。

何で、こんな所にこんな奴等が、と思いながらもゾンビ達を龍麻が倒したら、廃屋の奥から、白衣を着込んだ、一人の青年が現れた。

昨日拾った紗夜の写真に映っていた青年。

……青年は、死蝋影司、と名乗り、ブードゥー教やゾンビの話を龍麻の意思とは関係なく始めて、異形の生物を作り上げる自身の研究こそが、人類の新しい未来を築いて行くのだ、その為に君の力を貸して欲しい、と言い出したが、そんなことに、首を縦に振れる訳も無く。

龍麻はにべもなく突っ撥ねた。

が、彼が素直に要求を飲むとは考えていなかったのだろう死蝋は、何処より紗夜を呼び付け、紗夜は、こうして君を罠に嵌める為、自分に協力してくれたのだとの告白を始め。

どうして、比良坂さん、とも。やっぱりか、とも思いながら、何処か遠く、紗夜を龍麻が見遣れば、ガンっ! と、後頭部に鈍い痛みが走って、彼の意識は黒く塗り潰された。

二十六日、金曜。

寝不足の赤い目で、京一は普段よりも早めに登校した。

教室に入るや否や、龍麻の姿を探したが、求める彼は未だおらず、ホームルームが始まってもやっては来なかった。

その現実に、さて……、と彼は眉を顰め、一時限目の授業の内容に耳を貸す気などこれっぽっちも持たず、渋い顔のまま、夕べのことを思い返す。

──龍麻の家を後にして、一人歌舞伎町界隈を目指し、年上のお姉様方を引っ掛けたり、ゲーセンに立ち寄ったり、ファーストフードでハンバーガーを頬張ったり、としながら、彼は夜に溶け込んだが、何故か、龍麻のことが頭から離れなかった。

八つ当たりの延長で、という訳ではなく。

…………龍麻が転校して来てから、そろそろ三ヶ月。

その間に京一は、今までの自分では有り得ぬくらい、龍麻に興味を示した。

他人とは変わった氣を持っていて、三ヶ月しか古武道を習っていないにも拘らずとても強く、自分達と同じ不思議な力に目醒めている割には、己に対する自信が今一つ足りない、何事に対しても悩みがちな、でも、極普通の高校生で、同級生。

京一程ノリは良くないけれど、それでも今時の学生ではあって、馬が合って。

氣の所為で、というのも確かに理由の一つではあったけれど、基本は何処までも一匹狼な京一なのに、龍麻には興味を示し、彼に好かれているという自覚も手伝い、興味対象として引っ付いていた龍麻は、何時しか京一の中で、友人以上親友未満、になっていた。

おおっぴらに、親友! と言える程、未だ龍麻のことを知らないから、そこまでは、と思うけれど。

何となく、京一は龍麻から目が離せなかった。

……氣の所為ではある。

彼の背中なら護ってもいい、自分の背中を預けてもいい、と思える程、龍麻は強かった所為でもある。

が、そんな想いとは又少しばかり次元の違う世界で、京一は龍麻のことを想い始めていた。

或る意味では、家族よりも、女よりも掛け替えのない、戦友にも似た存在。

誰よりも自分のことを解ってくれる、誰よりも自分が解れる、唯一無二の。

生涯、肩を並べて戦える、己の命に代えても護りたいと思える、大切な存在。

……そんなモノに、龍麻は成り得る気がした。生まれて初めて、相棒と呼べる男を得られる気がした。

今まで、そんな存在に最も近しかったのは醍醐だけれど、醍醐は、それとは少し違う、と京一には思えてならない。

醍醐とて、彼の親友の一人ではあるし、他人の目には相棒同士に見えなくもないのだろうけれど、醍醐と龍麻では既に、京一の中での住処が違うのだ。

その違いを上手く説明する言葉は、京一自身の中にもないけれど。

兎に角龍麻は、今の京一にとって『そう』で。

何かと、異形絡みの事件に遭遇しがちな龍麻の不在が、彼は気になって仕方無かった。

デートが出来て羨ましいとか、女と二人で何やってやがんだかとか、そういう、やっかみが理由なのではなく。

もっと、純粋な意味で。

友人の色恋を邪魔するような野暮な真似を、京一とてするつもりはない。

可愛い女の子とのデートは確かに羨ましいが、それを、無条件に理由も無く羨ましがるのは男の性という奴で、京一にも、デートと洒落込める相手の一人や二人、いる。

龍麻や醍醐達には白状していないけれど、ナンパなぞしなくとも、彼には、『躰も含めた大人のお付き合い』をしてくれるお姉様方の知り合いも、複数名いる。

お姉ちゃん達がー、と必要以上に喚き立てるのも、学内や仲間内での彼のポーズの一つでしかない。

だから、そんなレベルの話ではなくて。そうじゃなくて。

…………龍麻が、紗夜や、他の誰かと遊んでいるならそれでいい。

良い、けれど。