紗夜とのデートのことを尋ねたら、困ったように、龍麻は言葉を濁した。

とても、可愛い女の子とデートをして来た翌日の男には見えなかった。

──六月の始まりの頃、龍麻はやけに紗夜のことを気にしていたから話には付き合ったけれど、彼女がおかしな氣の持ち主ではないことが京一には判っていたから、逆ナンか何かの類いだろうと、紗夜の話が持ち上がる度、彼はそう言って龍麻を諭した。

……あいつには、自覚が足りない。自分の顔が、女受けする美少年系統の顔だという自覚も、俺に言わせれば優男タイプ、との自覚も、女にモテるという自覚も無い。……と、京一は思っていたから。

紗夜ちゃんだって、惚れた口だろう、と。

確かに、産婦人科の看板を掲げている病院前で、友人の見舞いに来たら偶然再会した、との言い訳は頂けないが、相手は今日日の女子高生、絶対に有り得ない話でもない。

ストーカーめいているとあいつは思ったらしいが、それだって、恋する乙女の何とやら、と思えば、とも。

………………だが、歌舞伎町辺りを一晩彷徨いながら、龍麻と紗夜のことをつらつらと考えて、金曜の授業中も延々考えて、龍麻不在のまま放課後を迎えた京一は。

あいつの疑問の方が正しかったのかも、と席を立ち上がり、職員室まで押し掛けて、マリアを捕まえ、龍麻の欠席の理由を問い、連絡がなかったから判らないとの答えを得た。

故に、覚え始めていた悪い予感が京一の中で募って、その日も彼は龍麻の家へと押し掛けたが、彼は不在のままだった。

帰宅した様子も窺えなかった。

それを確かめ、ぶちぶちと口の中で文句を吐きつつ、絶対に、あの院長にだけは会いたくないと念じながら桜ヶ丘を訪れ、上手く舞子を捕まえて、女子高校生の入院患者はいるかと問い詰めれば、いない、と一言返されて。

一層、嫌な予感を彼は膨らませたが、手掛かりなど何処にもなく、PHSは相変らず繋がらず。

……京一は、途方に暮れた。

時折、誰かの話し声が聞こえるのは、龍麻にも判っていた。

何を話しているのかまでは上手く聞き取れなかったし、自分はもう直ぐ目覚める、との確信を覚える度、何故か意識は沈んだけれど。

だが、目覚めそうになる度沈んだ意識が、何度目かにははっきりと戻って、ぼんやり龍麻が瞼を開けば、そこには死蝋の姿があった。

「お目覚めかい? ……君は、薬に対する耐性でもあるのかな。随分と目覚めが早い。……とは言っても、あれから三日、経ったがね」

彼の意識が覚醒したのに気付いて、近付いて来た死蝋は、顔を覗き込みながら言う。

薄い笑みさえ浮かべている彼の態度と言葉にムッとして、龍麻は言い返してやろうとしたが、上手く声が出なかった。

文句の一つも上がらないのに気を良くしたのか死蝋は、そのまま身勝手な話を延々続け、言い返せないならば実力行使と、いい加減腹に据え兼ね腕を振り上げようとしたが、それも又、彼には叶わなかった。

「未だ、薬の所為でぼうっとしているんだね。身動きは出来ないよ。実験を始めたいから、拘束させて貰った。自分が、実験台の上に寝ているというのも判らないかい?」

何故、体も声も自由にならないのか、との疑問が、顔にでも出たのだろう。

死蝋は、楽しそうに龍麻の抱えた謎に答え。

「そんな顔をしなくてもいい。どうってことはないよ。直ぐに終わる。呆気無い程簡単に」

龍麻の視界の外から持ち出した、注射器やメスと言った道具を、実験台の脇に並べ始めた。

二十九日、月曜。

週末を挟んでも、龍麻は登校して来なかった。

その間、京一は幾度となく龍麻の家を訪ね、電話を掛け、心当たりを探し、としたが、彼の行方は杳として知れなかった。

連絡一つ寄越さず無断欠席を続ける彼のことを、葵達も不審に思い始めたが、誰にも、どうしようもなかった。

「緋勇君、どうしちゃったのかしら…………」

「おかしいよね……。京一が三日やそこら、無断欠席しても今更だけど。緋勇クンが、マリア先生にも連絡しないでって言うのは……」

「何か知らないのか? 京一」

「…………家に電話はしてみたけど、出なかった」

放課後になって、仲間達の誰からともなく無人の龍麻の席を囲み、葵達は心配気に言い始め、が、木曜から数えれば四晩、あいつは家にも帰ってないとは言えずに京一は、言葉少なに誤摩化した。

「……探してみるか? 家に行ってみてもいいだろうし」

「…………そうね。無事ならそれで安心だし。もしかしたら、学校に連絡も出来ないくらい、具合を悪くしているのかも知れないわ」

「じゃあ、早速行ってみようよ、緋勇クンの家! ……って、何処だっけ? 京一は知ってるんだよね?」

「ああ、まあな」

すれば、京一程事情を知らぬ仲間達は、家に訪れてみようと話を纏め、龍麻の家を知らないなどとは到底言えず、しかし、行ったら確実にあいつが行方不明なのがバレる、さて、どうするか、と考え倦ねつつ京一もその一行に加わって…………彼等が通り過ぎようとした、真神学園、正門前。

「…………あ、あのっっ!」

少女が一人、息急き切って、彼等の方へと駆けて来た。

「……紗夜ちゃん」

噂の彼女のお出ましかと、顔には出さず、少女──紗夜へと、京一は向き直る。

「龍麻さんを助けて下さい、お願いしますっっ!」

「えっ? ……あ、おいっ、紗夜ちゃんっ!」

じっと見遣るのみで、何も言わない彼へ、紗夜は一枚の紙を押し付けると、呼び止める声を振り切り去って行った。

「緋勇君を助けてって、どういう意味なの?」

「……ねえ、緋勇クンに、何か遭ったってこと?」

「………………そういうことだろうな……」

消えて行く彼女、彼女を追い掛けもせず押し付けられた紙を読み出した京一、京一の手の中の紙、それらを見比べて、葵も小蒔も醍醐も顔色を変えた。

「……これ、品川の地図だ。一箇所、印がしてある。ここに、緋勇がいるってことなんだろうな」

「急ごう。何が起こるか判らないから、他の連中で手が空いてる奴がいたら協力して貰うようにして」

そんな中、仲間達そっちのけで京一は紗夜から渡された紙に見入り、他の連中を、との醍醐の声に従って、葵と小蒔がPHSを鞄から取り出す。

「俺は、紫暮に連絡を取る。京一、雨紋に連絡取れるか?」

「もう取ってるよ」

「藤咲サン、OKだって! 高見沢サンには、彼女から連絡してくれるって言って貰った!」

「皆、一寸待って。ミサちゃんが今来てくれるそうよ」

そうして、仲間達に連絡を取りつつ、彼等は駅への道を駆けた。