紗夜が渡した地図の場所──品川区の廃屋に仲間達が集まってよりの出来事は、一言では言い表せないそれだった。
真神学園へ助けを求め、舞い戻っていた紗夜は、自分と死蝋──否、比良坂影司が実の兄妹の関係であること、両親を亡くした飛行機事故の後、自分達兄妹が辿った不遇の身の上、幼かった己達を庇った両親が、なす術なく炎に焼かれて行くのを見詰めるしかなかった兄の、壊れてしまった心の話、それらを龍麻へとし、囚われの彼を解放しようとして……兄が作り上げた死人よりの傷を負った。
そこへ、京一達が駆け付けて、影司や、影司の死人達は倒され、龍麻も紗夜も、無事に……、となり掛けたのに。
何処より現れた、炎角と名乗った鬼面の男──影司の研究を裏で糸引き、東京中の病院から、『材料』となる死体を影司や紗夜に盗ませてまで死人を作り上げ、死人よりなる兵団を立ち上げようとしていた男が、『力』を使って炎を呼び出し、廃屋は紅蓮に包まれ。
癒しの力を持つ葵や舞子が傷の具合を看ていた紗夜は、龍麻や彼女等の隙を突いて、兄と共に、炎の向こう側へと身を引いた。
「比良坂さんっ!」
「紗夜ちゃん、こっちへっ!」
「駄目よ、駄目! 命を粗末にしちゃ駄目っ!」
燃え盛る赤い色の影で、兄を支えつつ立ち尽くす彼女を彼等は口々に呼んだけれど、紗夜は力無く首を振るばかりで。
「龍麻さん。皆さんも……有り難うございました。こんなことで、私達兄妹が犯した罪を、購えるとは思いませんけど、でも、こうするしか…………。だから……」
「……そんな……そんなことないっ! そんな筈無いっ! 生きてなきゃ……生きてなきゃ、何の意味もないっっ。比良坂さんが悪いんじゃないっっ」
「………………御免なさい……。…………龍麻さん。私、もっと早く貴方に会いたかった。貴方を騙す為にでしかなかったけど、貴方のことをずっと見ている内に、私も変われる気がして来たんです。……龍麻さん、優しかったから。こんな私にも。でも、貴方は優し過ぎて」
「比良坂さんっっ。そんな話、今はどうだっていいっっ!」
「…………あは、変ですよね。貴方が優し過ぎるから、私、貴方に惹かれて、兄の研究に、『力』を持つ貴方が必要だからって言われて、貴方を騙す為に近付いたのに、こんなに優し過ぎる人だから、直ぐ騙されるって思って……、そんな危なっかしい所があるんなら、護ってあげなきゃ、なんてことまで思って……。………………本当に、変だ、私……。………………さよなら、龍麻さん。私はこれからずっと、兄と一緒に…………──」
炎の向こう側で。泣きながら。
紗夜は想いを言い切ると、紅蓮の中へと消えた。
「…………比良坂さんっっ!!!!」
姿を消した彼女を、思わず龍麻は追い掛けようとしたが。
「緋勇、駄目だっ!」
「諦めるんだ、ここは崩れるっっ」
京一と醍醐が二人掛かりで彼を止め、廃屋より引き摺り出し。
──直後、紗夜や、影司や、異形の死人達を抱いたまま、廃屋は崩れた。
遠く響き出した、消防車のサイレンの音の中で。
煤だらけの、学年も所属の学校も違う高校生達が複数、燃え盛り続ける廃屋の前にいる訳にもいかないと、呆然とした顔のまま動かなくなった龍麻を強引に連れ、彼等は近所にあった公園まで逃れた。
口を開く者はおらず、裂かれ掛けたのだろう龍麻の夏服の胸許に残る、薄らとした切り傷や、手首にはっきりと残る拘束の痕、そして何よりもその表情より、少女達は一様に顔を逸らした。
少年達も又、何と声を掛けて良いのか判らず、困ったように視線を交わすだけだったが。
「…………有り難う、皆。助けに来てくれて」
やがて、無理矢理に笑みを拵えた龍麻が沈黙を破った。
「緋勇君…………」
「……緋勇、あのな……」
──こんな時に、無理して笑う必要なんかないのに。なのにどうして、と。
仲間達は言い掛けたが、それを音にしたらしたで、彼には辛い言葉になるのではと躊躇った。
「災難だったな。……腹減ってねえか、緋勇。体は大丈夫か?」
だが、京一だけは。
何時もの調子の軽い声で近付き、ぐしゃりと乱暴に彼の髪を掻き混ぜる。
「…………んー。よく判らない。空いてるような気もするし、そうじゃない気もするし。──体の方は、多分大丈夫。怪我とかはないし。結構怠いけど、自分で歩けるよ。……迷惑掛けて、御免」
「ダチの危機には駆け付けるのが、友情ってもんだろ。迷惑とか言うんじゃねえ。お前だって、俺達の立場だったら同じことしたろ? それでいいじゃねえか。…………おら、帰るぞ、新宿に」
どうしてそう、『容易く踏み込めるかな』、と皆が驚きの視線を注ぐ中、ぽんぽんと京一は言って、龍麻の肩を抱く風にしながら歩き出した。
「そうだよぉ。別に、迷惑なんかじゃないよぅ。舞子ぉ、龍麻君が無事で嬉しいっ。今日は、真っ直ぐお家帰って、早く横になってねぇ。こんなことになってからずっと食べてないなら、急にご飯食べるのも駄目なんだからぁ」
置いてけぼりを喰らいそうになった残りの面子の中で、一番最初に我を取り戻したのは、舞子だった。
タタっと龍麻の傍へ駆け寄って、夕飯は、お粥がいいよぉ、と彼女は言い始める。
「って言うか、病院行った方が良くない?」
「あ、そうだな。いっそ、桜ヶ丘に行った方がいいかも知れん」
「序でだ、俺達で送ろうか?」
「タクシー捕まえた方が早くねえ? って、そんな金ねえか、誰も。俺様の先輩呼ぼうか? 車持ってるし」
「あんたの先輩ねえ……。……流行らなくなったヤンキー?」
舞子に続き、小蒔も醍醐も紫暮も雨紋も亜里沙も、口々に言いながらその後に続いて、でも。
「美里ちゃ〜ん、ど〜したの〜?」
「……あ、御免なさい。今行くわ」
ミサに声を掛けられるまで、葵だけは唯じっと、もう燃え落ちただろう廃屋のある方角を見遣っていた。