心配だから新宿まで行く、と言い出した、他区に自宅を持つ仲間達の申し出を、大丈夫だからと断って、真神学園組のみで新宿駅まで戻り、別れ難そうにしている真神学園組にも、もう平気、と別れを告げ。

が、互い自宅は同じ方角だと言い張り、駅で皆と別れてよりも付いて来た京一と二人、龍麻は西新宿目指して歩き出した。

しかし、常ならば絶えない会話はなく、ひたすらに黙々と二人は歩いて。

「………………蓬莱寺。何で付いて来るの?」

「……帰る気がねえからだ」

己の自宅へと続く曲がり角をやり過ごし、龍麻のアパートが見えて来ても去らない京一へ、溜息付き付き言えば、至極簡潔な答えが彼より返り、龍麻は。

「……あの、さ」

「何だ」

「この辺に、カラオケボックスってある?」

キッと、京一を睨むように見詰めて、カラオケに連れて行けと言い出した。

「…………カラオケぇ? ……あるにゃあるが」

「なら、そこ連れてってくれよ」

「どうして」

「……すんなり帰る気、ある?」

「………………ない」

「だったら、付き合ってよ。大声で、怒鳴りたい気分なんだ」

「……判ったよ。気が済むまで付き合ってやる。──こっちだ」

成程、だからカラオケか、と京一は、眼前のアパートより踵を返し、中央公園近くにある小さなカラオケボックスへと向かった。

店員に案内された四名用の部屋に入って、隅の椅子を二人陣取っても、怒鳴りたい、と言った龍麻は、BGM代わりに流行歌のサビ部分を繰り返し流し続ける通信機械を無視し、黙り込み。

適当に注文したジョッキビールを、ガンガン! と互いの前に置いて京一は、スパーーン! と、良い音を立てて龍麻の頭を引っ叩いた。

音だけは派手だけれど、痛みは少ないやり方で。

「……痛い」

「受け取れ。愛の鞭だ。……心配したんだからな」

「…………御免」

「だから、謝るなっつーの」

「……御免」

「………………何か歌えよ。気晴らししたいんだろ? さもなきゃ飲め。飲んで寝ちまえ」

すれば、やっと龍麻は口を開いたけれど、顔は俯かせたままで、京一がマイクと歌本を放り投げてやっても、ビールを勧めても、微動だにせず。

「……………………前に、さ」

「……ん?」

「前に。花見に行った帰りに。ちらっと、蓬莱寺には言ったよね? 前の学校で、一寸遭った、って」

BGMにするにはうるさい流行歌が流れる中、彼は、話を始めた。

「内緒なんだろ? その話」

「……今までは。…………前にいた学校は、明日香学園っていう処で。二年の二学期の終わりに、違うクラスだったけど、東京からの転校生が来たんだ。莎草って奴で、『力』を持ってて、そいつと、戦う羽目になった。…………数える程だったけど、それまでにも喧嘩はしたことがあって、でも、『戦った』のは初めてだった。……その一寸前に、俺の本当の両親を知ってるって人が俺のこと訪ねて来てて、家系のこととか教えられて、詳しい事情は何にも明かさないくせに、これから異変が起こるかも知れないから注意しろ、みたいなことも言われたんだけどさ…………」

「…………それで?」

紗夜のことがなければ、ずっと『内緒』のままにしておくつもりだったのだろう話を龍麻は始め、けれど途中で、言い辛そうに彼が口を噤んだから、打ち明けられた、本当の両親云々のことを気にしつつも京一は、促すようにする。

「……莎草と揉め出した頃に、俺の本当の両親のこと知ってた人と又会う機会があって、莎草のこと教えられた。人ならざる力を手にした相手だから、近付いちゃいけないって。それが、起こるかも知れないと忠告した異変だ、って。でも、友達が二人も巻き込まれちゃったから、そういう訳にもいかなくて、だから、戦うことになって…………。…………正直、莎草はあんまりいい奴じゃなかった。力を持った自分を、神だと思ってるような奴だったよ。でも……嫌な奴だったけど、そんな奴だったけど、俺は、友達が救えればそれで良くて、自分の身も守りたくて、その為に戦っただけなのに。倒そうとか、そんなこと思ってもいなかったのに、鬼に変わったあいつは、もう人には戻れなくて。だから、莎草は………………」

「……そっか…………」

「…………俺が倒した。莎草を、俺が倒しちゃったんだ。或る日突然目の前に現れた、俺の過去や両親のことを知ってる人に言われた通り、俺には訳の判らない『力』があって、鬼にまで変わってしまった以上、そうなるしかない運命だったとしても、莎草は俺の手に掛かってこの世から消えて……っ! 事情を語りもしないくせに、平凡な人生を歩んで欲しいとか言ったくせに、『あの人』は、莎草を倒しちゃったこと相談に行ったら、強くなりたいと思うなら、大切なモノを護り抜きたいと思うなら、武道を教えてやるから、真神へ転校しろとか言い出して、何がどうしてどうすればそういう話になるのかさっぱり判らなかったけど、きっと、そうするのが一番いいんだろう、俺にだって護り抜きたいモノくらいある、ってそれを決めてみたら…………」

「……未だ、何か遭ったのか……?」

「……………………莎草と揉めた時、助けたいと思ってそうした友達が、俺の『力』のこと不気味がってるのに気付いた…………。…………仕方が無いと思うよ、俺だって。そう思われても仕方無いって、そう思うよ。何してみた処で『力』はなくならないんだし。……それに、それでもいいと思った。俺にとって、彼等が大切な友達なのには変わりないし。見返りを求めて助けた訳でもないし…………」

俯きながら、以前の学校での出来事を、少し支離滅裂に語り続ける龍麻の両手は、何時しか固く握り込まれ、ふるふると震え始めていた。

「……緋勇」

「俺、さ。……俺、『あの人』に言われるまでもなく、これまで、充分平凡過ぎる人生送って来たよ。学校の成績だって、スポーツだって、何でも平均。それ以上になることも、それ以下になることもなかった。何かを習ったこともなかったし、特技もない代わりに、何でもそこそこに出来て、何でもそこそこに出来ない。……友達だって、そう。表立って苛められたりしたことはなかったし、クラスの誰とも話はしたけど、だからって、一緒につるんで何かをしたりする程は、誰とも親しくなかった。俺がいてもいなくても、誰も何も変わらなかったんだと思う。でも、二人、親しい奴等が出来て、クラスは違ったけど、毎日一緒に帰ったり、寄り道したりってして、沢山話もして、色んなこと喋り合って、本当の意味で、友達って言えると思ってた……」

──そこで、彼は何を思ったのか、すっかり温くなってしまったビールを、京一が止めるのも聞かず一息に煽って。

「……おい。止せって、そんな飲み方」

「不気味がられてるのが薄々判っても、大事な友達だよ、あの二人は。今でもそう思ってる。護れればって、そう思い込んだくらい。でも、莎草を倒した時のような想いはもうしたくなくて、やっぱり、友達にそんな風に見られるのは少し辛くて、だから、『あの人』が言ったように強くなれば……色んな意味で強くなれば、東京で何が起こったって、俺はあんな想いもこんな想いもしなくても済むと思ってその通りにして来て、実際、あの頃に比べれば俺だって多少は強くなったのかも知れないけど、なのに、比良坂さんはあんなことになってっ……っ!」

大声で叫ぶと彼は、涙を堪える風に、強く唇を噛んだ。