「…………好きだったのか? 紗夜ちゃんのこと……」

『内緒話』を打ち明けた後、酒を煽った勢いに任せたように大声で叫んだ龍麻を見遣りながら、ぽつり、京一が言えば。

「……そういうんじゃないよ……」

彼は、複雑そうに笑った。

「可愛い子だなあって思ったのは本当。でも、一寸変な子ってのが消えなくってさ……。デートに誘われた時も、何で俺? って言いたかったけど、女の子に恥掻かせるのもなあって、唯それだけで付き合って、だけど、ちゃんと話してみたら案外いい子で、両親を亡くした話をされた時には、ああ、俺の身の上と一寸似てるって、親近感みたいなのは感じた。……好きとか嫌いとか、そういうんじゃなくて、友達になれたらなあ、とは考えた。……身の上だけじゃなくって、何となく、俺に似てるなあ、この子、って思ったから……。……だから、彼女は俺を騙したけど、彼女がやりたくってやったことじゃないし、護れるなら……って。莎草みたいに、誰かが目の前で消えるのは嫌だって、そうも思ったのにっ。結局俺は何にも出来なくって、彼女はああなって、なのにっ。俺は在り来たりのことをしただけなのに。デートだって何だって、只の付き合いのつもりで、友達以上のことなんてしなかったのに。優し過ぎるとか何とか言われちゃって…………。…………………………判ってたのに……。東京に来る前から、俺の周りではこんなことばっかり起こるんだろうって、判ってたのに……。俺は結局、何にも…………」

「………………お前、もしかして泣きたい、とか?」

「……うん…………。だから一人になりたかったのに、蓬莱寺が後付いて来るから……」

「男のくせに、しょうがねー奴だな。……仕方ねえ、俺の薄っぺらい胸で良ければ、貸してやるよ。一人にしてやらなかった俺も悪いんだし」

瞳を潤ませつつも、複雑そうに、曖昧に笑んで、又、叫ぶように彼が言うから、京一は苦笑を浮かべながら水を向けて、素直に、泣きたい、と言った彼の顔を、自分の胸に押し付けてやった。

……多分、たった今聞かされた、龍麻が以前いた学校で起こった出来事は、彼の中の奥底で、本人が思う以上に根を張ってしまっており、色々なことを後悔として抱えているのだろう彼は、紗夜のあの運命を、己の抱える後悔に、逐一重ねてしまっているらしい。

紗夜が死んだことを、自ら手を下す結果となった莎草の最期に重ね、心を壊してしまった影司を、鬼になった莎草に重ね、彼の持つ力を目の当たりにしたのだろう二人の友を、自分達に重ねている。

…………京一は、自分のシャツの襟元を強く掴んで、声を上げて泣き出した龍麻を抱き抱えながら、そう思った。

「……お前の周りでこんなことばっかりが起こるのは、お前の所為じゃねえだろ? 誰の所為でもない。紗夜ちゃんのことだって。選んだのは、紗夜ちゃん自身だ」

泣き崩れる野郎に、胸を貸してやる日が来るなんてなあ……、と、ぼんやり考えはしたものの。

こういうのも悪くはないかと京一は、泣き続ける龍麻に言ってやる。

「だけどっ! だけど……。鳴滝ってあの人は、強くなりたいって言った俺に古武道なんか教えて、護り抜きたいモノがあるなら真神へ行けって言って、俺の本当の両親も、俺が産まれた頃、護る為に『何か』と戦ったって、そう言ったっ! 詳しいこと教えて貰えなくても、そんな風に言われれば、何となく察しは付くだろうっ? 東京に行けば、力に関わる何かが待ってて、多分、俺は戦わなきゃならないんだろうなって! 実際、そうなったしっっ。……判ってたんだよ。何度も言った! さっきもっ。俺には、こうなることが何となく予想出来てたっ。なのに、旧校舎ではあんなことになって、蓬莱寺達にまで片足突っ込ませたままで、比良坂さんは……っ……」

すれば、泣きながら、しゃくり上げるように龍麻は怒鳴った。

「……俺も、何度も言ってるぞ。何も彼も、お前の所為なんかじゃねえよ。誰の所為でもねえんだよ。起こる事件のことも、紗夜ちゃんのことも、力のことも。俺達のことだって。……ちゃんと聞け、お前。道を選んだのは、比良坂紗夜って彼女自身だ。そいつが辿る道は、全部そいつが決めるんだ。他人に決められるもんじゃねえからな。……こんなこと、お前は言われたくないだろうけど、紗夜ちゃん、有り難うって言ってたじゃねえか。もっと早く、お前に会いたかったって」

「…………俺に会わなかったら、ああならなかったかも知れない」

「未だ言うか、この馬鹿は」

「……馬鹿に馬鹿って、言われたくない」

「この野郎。人が、慰めてやってるってのに。……俺達だって、そうだ。……お前、うじうじ悩むトコあるからな。お前のこと不気味がったっていう、前のガッコの連れ達と、俺達のこと重ねてるのかも知れねえけど。俺は、俺達は、そんな風に思ったこと一度もねえし、お前だってそうだろ? 俺達のこと、変だと思ったことがあるか? そりゃ、旧校舎ん時は、何が起きてるんだ? とは思ったし、お前は何かを知ってる風だったから、おや、とは考えたけどよ。お前自身に対して、兎や角思った訳じゃねえ。…………悪いことじゃねえよ。お前と俺達が知り合ったことも、ダチ同士の仲になったことも。少なくとも俺は、お前が転校して来てからこっち、今までよりも毎日楽しいぞ? グダグダ考えんな、今更。すっきりして立ち直る為に泣いてんじゃねえのか? 俺が、ヤローのお前に胸まで貸してやってんのはその為だろうが。……お前が、大事な友達だから。そーだろ? 『龍麻』。判ったら、とっとと泣き止め」

「…………ホントにさ、蓬……『京一』って、馬鹿だよね。そんな風に言われて、泣き止む訳ないじゃん……」

怒鳴るように叫ばれても、泣かれ続けても、京一が静かに言い続けたから、龍麻の泣き方は益々激しくなって、でも、一頻り泣いたら。

「……帰る」

呟き様、がばっと彼は立ち上がった。

「おおぁ?」

「家に帰る。帰って、今日は呑む! あんま呑めないけど、呑む! 付き合え、京一っ!」

「……お前の奢りなんだろうな」

「当然っ! 散財覚悟だ、仕送り貰ったばっかだしっ! 三日間分、食費も浮いてるっ」

「自虐的な発言だな、おい……。ま、いいけどよ。…………おーし、じゃあ行くか! いい加減、ここにも居辛いしな」

「…………居辛いって、何で?」

「……お前が俺に縋って泣いてる間、何度、そこの廊下を人が通ったと思ってんだよ。ドアにガラスが嵌まってっから、外から丸見えなんだぞ、ヤロー同士で引っ付いてたのが。……変な誤解されてる。絶対」

「あー…………。御免……」

「いい。お前の奢りでたらふく呑んでやるから」

──そうして彼等は、互いが互いを引き摺るようにしながら、レジに立った店員が痛い視線を投げて来るカラオケボックスより転がり出て、コンビニで買った酒で一杯になった袋を一つずつ持ち、龍麻の部屋へ向かった。