高校生が一人住まうには少々贅沢な、洋室二間にキッチン、バス・トイレ付き、というアパートに帰り。

酒を呑んで、又泣いて、愚痴めいたことを洩らしながら又呑んで、朝まで京一に付き合わせ、アパート前の通りが騒がしくなり始める頃、押し入れから引き摺り出した毛布を京一と分け合うように適当に掛けて、龍麻はそのまま床の上で寝てしまった。

京一は京一で、龍麻が眠りこけてしまった後、最後の気力を振り絞り、PHSのアラームを午前九時少し前に仕掛けてから、やはり床の上で轟沈し。

約二時間後、仕掛けたのは自分なのにも拘らず、けたたましく鳴り始めたアラームに盛大な文句を吐きながら何とか起きて、学園に電話を掛け、自分と龍麻が欠席することを、嘘の理由と共にマリアに伝え、再び落ちた。

そんな彼等が目覚めたのは、午後三時を過ぎた頃で、強くもない酒を、彼的には、しこたま、と言える程呑んだ龍麻は、気持ち悪いとトイレに篭り、高校生であることを考えれば、酒に強い部類に入る京一も、酒の残り香に負けた風な顔付きで、空き缶だの空き瓶だのを蹴っ飛ばしながら片付けた。

それから、一時間程が過ぎた午後四時頃。

漸く落ち着いたらしい二人は、それぞれ、1.5リットル入りのミネラルウォーターのペットボトルを傍らに、京一は壁に凭れ、龍麻は相変らず床に転がったまま、うだうだと。

「醍醐の言うことは正しい……。もう、酒なんか呑まない……」

「弱いのに、あんなに呑むからだろ。酒の所為じゃねえって」

「京一、強いよねー、酒」

「そうか? 普通だぞ、今日日のコーコーセー的に」

「京一が今日日のコーコーセーのスタンダードタイプなら、日本の未来は暗いよ」

「……違いねえ。こーんな奴ばっかじゃなー」

「自分で認めてるし。…………あー、京一、頼んでいい?」

「何を?」

「枕取ってよ。床、ゴリゴリして頭痛い」

「あー? それくらい、てめえで取れ」

「いいじゃん、ケチ。……じゃあさ、膝貸して」

「…………お前が、グラマーなオネーチャンになれたらな」

「ケチー、ケチー。京一のケチー。いいもんね、勝手に借りるし」

「あっ! てめえっ! 勝手に頭乗っけんな! その気でもあんのかっ!」

だらしない姿勢で、どうでもいい話をしていたら、龍麻が、枕を出していないから頭が痛いと言い出し、胡座を掻く風にしていた京一へと這いずり寄って、べふっと、強引に彼の膝を枕にしてしまった。

そうされて京一は、男相手に膝枕なんて冗談じゃないと喚いたが、さりとて、振り落とすのも躊躇われ。

「……明日、ラーメン奢らせてやる……」

「夕べ、散々呑ませてやったじゃん」

「それとこれとは話は別だ」

ぷいっと、そっぽを向きつつ垂れた悪態一つで、彼はそれを結局は許した。

「覚えてたらね。…………んー、やっぱ、京一に引っ付いてると気持ちいい。ひなたぼっこしてるみたいだ」

「……はあ? ………………龍麻、お前ひょっとして、本当にその気があんのか……?」

「へ? 何言ってんのさ、んな訳ないじゃん。俺は、健全な男子高校生です、野郎よりも女の子の方がいいですー、だ。……そんなんじゃなくってさ」

「じゃあ、どーゆー意味だ、今の発言は」

「……ああ。…………こんな話するの、恥ずかしいんだけど。──真神に編入するんで、その手続きする為に、三月の中頃、こっちに一回来ててさ。その時に、通学路から、真夏の太陽みたいな氣、感じてね」

「真夏の太陽みたいな氣?」

「うん。何なのかよく判らなかったけど、誰かの気配だといいなあ、こんな気配の奴と友達になれたら気持ちいいだろうなあ、って思って、実際転校してみたら、その氣の持ち主が、自分から話し掛けてくれた。男子の中で、一番最初に」

「………………俺?」

「そう、お前。だから、嬉しかったんだー、京一に親切にして貰って、仲良くもなれて。何でか、凄く惹かれる氣で、お前に引っ付いてると、ひなたぼっこしてるみたいで、気持ちいいんだよ。──良くして貰えただけでも嬉しかったのに、佐久間達との時には、助けてまでくれてさ。……あの桜の木から、お前の氣が降って来た時、も、どーしよーかと思ったもん。何でこんな所でこんな風になっちゃってる時まで、って」

「俺自身にゃ、よく判らねえが…………」

「そーゆーもんじゃないの? 自分の氣なんて。でも、俺にとってはそうなんだよ。…………夕べ言っただろ? 以前は友達付き合いも、平凡って言うか、俺のは詰まんないそれだった、って。だから、余計そう思ったんだろうけど、真神でも、そんな付き合いしか出来なかったら淋しいなあって感じてて、でもさ、仲良くなれたらって思った氣の持ち主が目の前に現れて、思った通り、友達になれてさ。挙げ句、引っ付いてると気持ちいいし。……あー、俺って幸せーー」

「は、あ……。………………判らねえ……」

膝枕を許したら、ぞわっと鳥肌が立つような想像をさせる科白を龍麻は吐いて、故に恐る恐る問い詰めてみれば、にこにことしながら彼は、そんな告白をしたので。

照れ臭いような、それとは又違うような、如何とも言い難い気分に京一は陥った。

「兎に角、そーゆーこと。……誓って言う、俺にその気はないから」

「それは、もういいんだけどよ。真夏の太陽みたいな氣、か。ピンと来ねえなあ」

「随分、こだわるね。でも、本当にそうなんだよ。本当、気持ちいいんだって。力強いし。たまに、熱過ぎて痛いと思うこともあるけど。……京一のお気に入りのあの桜の木が、学校で一番最後まで満開な理由も、京一が年中あそこにいるからだと思うな。それくらい、凄いんだぞー、お前」

言われることに、どうしても自覚が持てず、彼は首を捻り続けたが、くどいくらい、龍麻はそれを繰り返し。

「…………俺、京一に巡り逢えて、良かった」

すうっと彼は、京一の膝を枕にしたまま、寝てしまった。

「言いたいことだけ言いやがって、こいつ…………」

──氣のことなら、お前だって、とか。

俺だって、お前に逢えて良かった、とか。

お前と巡り逢えたお陰で、今年の春は、とか。

そんな話をする機会を、自分の方は逃してしまったと考えつつ、うたた寝を決め込んだ友に呆れながらも京一は、膝だけは貸し続けてやった。

揃って欠席した自分達を心配して、今からお前達のいる場所に行くと、醍醐がPHSに電話を掛けて来るまで。