理解不能なことを捲し立てて説明の代わりとした顔見知りに、忘れろとか、去れとか言われて、大人しく引っ込むような質を彼等がしている筈も無く。
自分達も得た『力』に関わることかも、との予感も手伝って、プールへ行った数日後、彼等は杏子を捕まえた。
未来の一流ジャーナリストを志す彼女の情報収集能力は、確かに一級品で、『力』を持たぬ代わりに、己の持ち得るモノ全てをフル活用する形で、彼女は龍麻達に協力してくれていたから。
…………勿論、と言うか、守銭奴と名高い彼女のこと、時折然りげ無く、龍麻達からさえも、『料金』を巻き上げようと企むことだけは止めなかったが、彼女が貴重な情報源であることは揺るがず、今回も、真神新聞を売り付けられはしたものの、彼女は、『ここ最近の取材結果』を教えてくれた。
──杏子の話によれば、『成果』は、港区周辺のプールで起きている連続失踪事件と、青山霊園での化け物目撃の噂と、同じく青山霊園近辺で、プールで行方不明になった人々が揃って発見されているとの、『その筋からの情報』。
……それが、今現在港区近辺で起きている主だった事件と、それに関わる話、とのことだった。
更には、どうやって調べて来たのか、龍麻達はプールでの出来事を一言も洩らしていないのに、連続失踪事件や化け物目撃の噂に、ここ真神学園でも憧れている女生徒の多い、北区・王蘭高校三年の──要するに、胡散臭い骨董屋の若主人の、如月翡翠が関わっているかも知れない、と彼女は言い出し。
如月を調べに行く! と、杏子が放課後の学校を飛び出して行った後、港区のプールでの連続失踪事件と、青山霊園での一連の出来事が結び付いているとして、だとしたらどうやって、噂の化け物達は失踪者達をプールから霊園付近まで運んだんだろう、と頭を痛め、下水道か何かを使っているのかも、と思い至った彼等は、新聞部から懐中電灯を失敬し、その日も、港区芝に向かった。
──下水道、との彼等の想像は、結論から言えば正しかった。
芝プール近くのマンホールから下水道へ潜り込み、うろうろと辺りを探れば、杏子が教えてくれた目撃情報通りの姿をした、半魚人のような化け物が二匹、女性を抱えて行くのが見えた。
が、下水独特の生臭い臭いの中に、何故か潮の香りが入り交じるそこを走って、化け物達に追い付こうとした途端、先日、芝公園で、プールに行く途中の彼等を呼び止め訳の判らない話を捲し立てた、水岐涼という少年が突如姿を現し、彼等に戦いを仕掛けて来た。
それをやり過ごし、「門は開き、邪神が目覚める」との声だけを残して消えた水岐の後を追って、青山霊園を目指せば、今度は彼等は、如月と行き会った。
自分の忠告を無視してと彼は呆れたが、龍麻達が食い下がれば、生半可な説明では駄目だと思ったのだろう彼は、この場所で起こっている出来事と、自身の一族のことを語り出す。
水岐という少年は『力』を得ていて、クトゥルフ神話の中にも登場する、『深き者』と呼ばれるあの半魚人のような化け物を使役し、父なる神『ダゴン』を復活させようとしているのだ、と。
この世を滅ぼし、海へと還す為、海神ダゴンを復活させるべく、異界の神をも召還出来る、増上寺が秘かに護り続けて来た『黄泉の門』──鬼門を開こうとしているのだ、と。
そして己が一族は、飛水家と呼ばれる、江戸徳川の時代より続く隠密の家系で、水を操る『力』を代々持ち、今尚徳川家に仕え、江戸に仕えるが為、江戸──東京の街を護り抜くべく、水岐を倒しに行くのだ、とも。
「……ここまで言えば、納得出来るだろう? 僕は一人で行かせて貰う。それが、君達の為でもある。……ここから去るんだ」
そうして、あの日のように彼は再び、去れ、と彼等に言い放った。
「………………そういうの、俺は好きじゃないな」
「義務だか使命だか知らないが、んなの一人で背負っておっ死んでみろ、それこそ下らないぜ。俺も嫌いだね、そーゆーの」
「……一人だけで、死ぬかも知れない道を選ぶなんて。そんなの、馬鹿馬鹿しい……」
「理由は違っても、目的は一緒だろ。だったらいいじゃねえか、俺達も連れてけや」
でも。
龍麻も京一も、首を横に振った。
……ほんの少しだけ暗くなった龍麻の様子に、こいつ、紗夜ちゃんのこと思い出しやがったな、と悟った京一が、それを思い出させた『原因』へ向ける視線だけが、必要以上にきつかったけれど、醍醐も小蒔も葵も、京一と似たような目をして、如月の言葉を無視した。
「言っても聞かない、か……。足手纏いにはならないでくれよ」
「それは俺達の科白だ、骨董屋」
何をどう説得してみた処で、彼等の意思は曲がらないと知り、仕方無く如月は同行を承諾して、嫌味ったらしく笑った京一を先頭に、一行は、霊園の墓の一つより、その先に広がっていた鍾乳洞を進む。
「……きゃっ!」
「あっ、危ないっ」
滑る地面に足を掬われて、転びそうになった葵を龍麻が抱き留め助けたり、としながら、奥へと向かって。
「………………蓬莱寺君」
「……おう。よく俺の名前を覚えてたな、骨董屋」
「客の名前も覚えられずに、商売が務まるか。──君、醍醐君とは親しいのか?」
「ああ。……それがどうした」
「忠告がある。……彼から、目を離さない方がいい。緋勇君からも」
「…………何で。どうして」
「どうしても、だ。今は、その理由を明かせないけれど、気になることがあるから」
「……………………ふーん。そうする必要があるっつーんなら、そうしてもいいぜ。でも、何でお前、『それ』を俺にだけ言うんだ?」
「……君だから、だよ。それが答えでは駄目なのか? 蓬莱寺君」
「…………ま、いいか。今はそれで納得しといてやる、が。お前のその忠告とやらを俺に守らせたいなら、先ず、『蓬莱寺クン』とかゆー、スカした呼び方を止めろや」
「判った、蓬莱寺。その代わり君も、骨董屋などという呼び方は止めてくれ」
「じゃあ、何て呼びゃあいいんだよ。大阪商人って呼んでやろうか? 如月。儲かりまっかー、ってな」
「止めてくれ……、僕は関西弁が苦手なんだ」
──転び掛けた葵を龍麻が助け、小蒔が駆け寄ったその間、彼等からわざと少し遅れた如月は京一を呼び止め、小声の忠告を囁いた。
相変らずの秘密主義に眉を顰めたものの、京一は、一応それを心に留める。
「京一ぃ、置いてくよーー! 何やってんだよーっ!」
「ああ、悪りぃ。……何か落ちてねえかなー、と思ってさ」
「……っ。おいっ! 蓬莱寺っっ」
遅れを取る格好になった二人が、そんな話をしているとは知らず、龍麻は振り返り、言い訳をしながら彼は、如月の肩を掴んで走り出した。