運動部の名物部長が数名揃っているからか、七月中旬に行われたクラス対抗水泳大会は、三年C組優勝を果たして無事終え、直後から行われた学期末テストを乗り切って、真神の男性陣は中間テストの時同様、仲良く揃って夏休み中の補習出席命令を教師達より頂き、東京都内にある高校の殆どが夏休みを迎えて数日が経った、七月最後の日曜日。

……古の神との戦いを経て、自分達はもっと強くならなくてはならないのだろうと、そんな決意が皆の中に固まり始めたその月の終わり。

京一の宣言に乗った仲間達に押し切られた格好で、渋々ながらも首を縦に振った如月の家で、彼等は又、親睦会兼雨紋とミサの誕生日祝い、という建前で宴会をした。

年代を経た、店舗と住居を兼ねた家屋は、彼等の思惑通り広く、二間続きの座敷があって、隣家との間は塀と庭に隔てられており、騒ぐには持って来いだった。

場所を提供してやるのだから働け、と如月に言われ、醍醐や紫暮が座敷の民芸家具を少しばかり移動させ、骨董品店の商売道具が山と収められた蔵から長机を引き摺り出し、龍麻や京一や雨紋がいい加減に座布団を並べて『会場』を整え、その間、少女達は台所を借りて簡単な料理を拵えたり飲み物の支度をしたり机を拭いたり、とし。

真神組以外には、胡散臭い品を捌いてくれる、胡散臭い骨董品屋の若主人でしかなかった如月と、残りの者達が自己紹介なぞを交わしたら、瞬く間に騒ぎは始まった。

「あのねぇ、如月君。これ、舞子のPHSの番号なのぉ。何かあったら電話してねぇぇ」

その途端。

この面子の中で、誰よりも人見知りをしない舞子が、ファンシーなカード片手に如月ににじり寄った。

「あっ、ああ……。有り難う…………」

「まどろっこしいね、如月、あんた携帯かPHS持ってるんだろう? 貸しなよ。あたしが全員分の番号登録してあげるから」

「えぇ、亜里沙ちゃん凄いぃ、皆の番号暗記してるのぉ?」

「勿論。登録もしてあるけど暗記もしてるわよ。貢いで来る便利な男共の番号覚えるのは、あたしには必須だからね」

「如月さんっ! 俺様にも! 俺様にも教えてくれ!」

最近はセットでいるのが殊の外多いらしい舞子と共に、亜里沙が、ヒクっと唇の端を引き攣らせた如月に近付いて、ずいっと右手を差し出し携帯を渡せと詰め寄れば、いそいそ……っと、雨紋も如月の隣を陣取った。

「どうしたんだ? 雨紋。随分と顔が綻んどるが」

少々珍しい雨紋の態度に、ん? と紫暮が首を傾げる。

「…………俺様は。俺様は、忍者の大ファンなんだ! この間、真神の旧校舎行った時に、龍麻センパイと京一に如月さんの素性を教えて貰ってから、ずっと憧れてたんだ!」

「へー、何かボク意外だな、雨紋クンが、忍者ファンっていうの。……もしかして、時代劇とか観るの?」

紫暮の問いに、ググっと握り拳固めつつ雨紋が答えれば、出来立ての、葵特製・鳥の唐揚げを摘みつつ、小蒔が言った。

「勿論だ! 親父から譲り受けた『影の軍団』のビデオは、俺様の秘蔵だ!」

「知らないなあ、『影の軍団』って。古い時代劇? 俺、忍者っていうと、水戸黄門に出て来るお銀さんと飛猿しか思い付かない」

「龍麻、風車の弥七を忘れてやるな」

「あーーー、そう言えばいた! 子供の頃観た覚えある! そっかー、黄門様に仕える忍者達。……如月君のご先祖みたいだ!」

勢い熱込めて、時代劇に登場する忍者の話を延々始めそうな感の雨紋からわざとらしく視線を外し、龍麻は国民的時代劇の話を始め、それに京一が乗って。

「でもあれは、水戸徳川だろう? 如月の家は、江戸徳川に仕えていたんじゃないのか?」

「あら、醍醐君詳しいわね。醍醐君も時代劇が好きなのかしら?」

「……この間、『柳生一族の陰謀』を、一寸観た」

「忍者〜って〜、本当〜に、テレビとかで見るようなことが出来るのかしら〜。魔術とか〜、使ってた、なんてことはないの〜〜?」

「幾ら何でも、忍者と魔術は結び付かないんじゃない? ミサちゃん」

醍醐が苦笑を浮かべつつ言えば、歴史の話が出来るのかしらと葵は彼へと向き直り、じぃ……っと如月の顔を覗き込んだミサを、杏子が笑った。

「………………君達、忍を誤解していないかい……」

勝手放題を言う出来たばかりの仲間達に、頭を痛めて如月は溜息を付いた。

「だって……なあ? 龍麻」

「うん。だってさ、忍者って言われると、つい」

「そうだよなあ。しかも現代版忍者なんて、想像も付かないから、時代劇の忍者くらいしかなあ……」

「やはり、その、庭に苗を植えてそれを飛び越す練習をしたり、腰に長い布を巻いて走ったりするのか?」

「……そんなことばかり言っているから、緋勇君、蓬莱寺、醍醐君。君達は揃いも揃って、補習を喰らうんだ」

「なっ!? お前、それ、誰に聞いたっ!」

「遠野さんだ」

「何っっ!? アン子、てめえ! このスピーカーっ! 何でバラすんだよ、んなことをぉっ!」

「いーじゃない、本当のことなんだからっっ。悔しかったら補習免れてみなさいよ、この万年補習組っ。…………って、ん? ……ねえ、一寸待って。……如月君、何で京一のことだけ、蓬莱寺って呼び捨てにするの? やっぱり、京一が下品で馬鹿だから?」

「いや。蓬莱寺君、などと、スカした呼び方をするなと、当人が言うからだ。彼が下品で馬鹿なこととは関係ない」

「何だと! 京一、お前って奴は如月さんに向かって! ──如月さん! 俺様も! 俺様も雨紋って呼び捨てに! いっそ、雷人でも!」

「…………あー、どいつもこいつも、うるさいったらないね……」

……皆の忍者に対する認識を如月は嘆いたが、それは誰にも伝わらず、話と騒ぎは暴走を始め。

「あら〜、うるさいなんて〜、亜里沙ちゃ〜ん。そんなこと言っちゃ駄目よ〜。これって〜、結構重要な話よ〜。名前って言うのは〜、その人やその物の『存在』の一つでもあるから〜、大事な人や好きな人にどうやって呼んで貰うかって〜、大きな問題よ〜〜」

「ほう……。そういうものなのか、裏密」

「うん〜、そうよ〜、紫暮く〜ん」

「へぇぇぇ。……じゃあ、舞子ぉ、龍麻君のこと、ダーリンって呼んじゃおうかなぁっ」

「…………ダーリンは、又一寸違うけど〜……」

「ふーーーん……」

「そうなんだ……」

暴走し始めた話の途中、ミサが言い出したことを受け、何となく、京一と龍麻は視線を交わした。

「あら。じゃあ、これから京一のこと、改めて、『馬鹿』って呼んでやらないと駄目ってことかしら? それって要するに、名は体を表すって奴でしょ? 蓬莱寺も京一も、馬鹿には勿体無いわ。……ねえ? 『馬鹿』」

──何とはなしに視線を交わした二人に、誰も気付かなかった。

気付かぬまま、杏子は、京一を鼻で笑い。

京一は顔色を変え。

「……………………アン子。てめえとは一回、きっちり話を付けなきゃならねぇようだなあ……」

「あーーら。自称フェミニストのくせに、このレディに向かってそういうことを言いますか」

「お前が、女の頭数の内に入るかっ!」

「……本当に君達はうるさいね。……近所迷惑なんだが……」

──どうしたって何処までも賑やかな、如月の溜息を伴うその月の宴は、何時までも終わりそうになかった。