赴いた江戸川の街を、良い所だ、と自慢しながらも、有名な、善養寺の影向の松は枯れ掛かってしまっていて、とアランは嘆いた。
でも、江戸川は自分にとって大切な街で、両親を失った自分を引き取ってくれた伯父さん伯母さんと共に暮すここを乱す、悪魔の所業は許さない、とも言った。
と、歩きながらのそんな話の最中、ふと顔色を変えた彼が、突然、風が止んだと宙を見上げた途端、顔色を真っ青にして震え始めた葵の体が光り出し。
次いで、爆発音が近くで起こった。
見れば、眼前に迫っていた江戸川大橋で、自動車事故でも発生したのだろうか、白煙が上がっていて、葵に皆が気を取られている隙に、一人そこへ駆け付けていたアランはアスファルトの上に倒れており、その傍らより、逃げ去る影も見えた。
橋を飛び下り逃げて行った影の追跡を、京一・醍醐・小蒔が請け負い、龍麻・葵・絵莉はアランの許へ行き、変な仮面を被った男が、車に乗った女性の首を刎ねるのを見た、とアランは、京一達が向かった方角へと駆け出す。
だから、その後を龍麻達も追って、逃走した影が逃げ込んだ穴までは突き止めた仲間達と合流し、地下へと続いているらしいその穴へ、下りてみることにした。
………………その道行きに、アランも付いて来た。
自分も戦うと。
どうやってか日本に持ち込んだ、風の力の宿る銃を取り出して。
……そんな彼から受け取れたのは、彼等と同じ『力』持つ者の氣と気配。
だから、共に戦うことを仲間達は決めて、江戸川の河川敷地下に広がっていた空洞へ、行く手を阻む鬼面の者達と戦いながら下りた。
……そう、行く手を阻んだのは、鬼面を被った者達。
敵の正体は、見えたようなものだった。
────下りた、そこ。
江戸川河川敷、その最奥に広がっていた空間、聳えていた門、門前に描かれた魔法陣、その魔法陣の要と置かれた、殺された女性達の生首。
それらを、強張った顔でしっかりと見詰めながら、絵莉は、クトゥルフ神話の話を始める。
増上寺地下で彼等が復活させようとしていたダゴンも、クトゥルフ神話に登場する神で、クトゥルフは確かに一作家の創作だけれども、実際に海神は存在した。
だから、もしもあの『神話』に書かれていることが真実ならば、クトゥルフで言う処の邪神──日本では、昔から鬼と呼ばれて来た存在、それを、芝の時のように、鬼道衆は復活させようとしているのではないか、鬼道門を使って、と。
彼女はそんな推測を語り、それを黙って聞いていたアランは、唇を噛み締めながら何故か俯き、あの時僕に勇気があったら、と呟きながら、再び風の匂いが変わったと、霊銃を構えた。
…………その銃口の先には、鬼面を被った、鬼道衆の風角と名乗る男がいた。
アランの顔色を変える一方の、嫌な風と、皆の脳裏に直接響く、この世ならざるモノの声を背に負って。
「見付ケタ……。ヤット、見付ケタ…………」
──吹き上げる風に、響く声に、アランの呟きが混じる。
八年前にも『あいつ』が自分の村に現れて、村は滅び、家族や友人達も奪われた、だから自分は『あいつ』を探し出して復讐する為、霊銃の導きに従って、日本にやって来たのだと。
八年前のあの時、自分には今のような勇気はなかった、だから家族も友人も、故郷の村も。
けれど、今は、と。
……そんな、アランの告白めいた呟きが風と共に辺りに聞こえた時。
風と門の向こうから召還された、『あいつ』──クトゥルフ神話で『盲目の者』と名付けられた存在と、風角と風角の部下達との戦いは始まった。
水角がそうだったように、倒れた風角も、何故か翠の珠になった。
彼と、『盲目の者』が倒された地下空洞の地面に、乾いた音を立てて転がったそれを、龍麻は拾い上げる。
………………戦い終えてみて、龍麻達はやっとそれに気付かされたのだけれど。
芝の鬼道門を増上寺が封印していたように、江戸川の鬼道門を封じていたのは、影向の松だった。
長い長い年月を掛けて大地に根を張り、この土地に息衝き、人々を見守り続けて来た、意思を持つ大樹。
己が身を枯れ掛けさせても、護り続けたモノを護り抜こうとした木。
……その松の気持ちを、判る、とアランは言った。
もう、誰かが死ぬのを見たくはない、そう松は言っている、と。
故郷の村と、家族や友人達の仇を討った今、自分にもその想いはあって、この先、護って行きたい大切な人達もいるから、今日のように、戦いながらこの街を護っていた、そしてこれからも護って行くのだろう龍麻達と一緒に、自分も、と彼は申し出たので。
一も二もなく龍麻達はそれを受け入れ、アランが仲間になってくれたことを喜んだ。