──1998年 09月──

又、新たな仲間が増えた八月の最終週、残念ながら、彼等の中ではすっかり恒例になっている『宴会』を執り行うことは叶わなかった。

風角達との戦いを終えた翌日から暫くも、龍麻と京一と醍醐は補習で登校しなくてはならなかったし、九月上旬に他校との練習試合を控えていた小蒔は弓道の修練に忙しかったし、補習授業が終わった少年達は、今度は、余り手の付けられていない夏休みの課題と戦わなくてはならなかった。

その為、八月最後の週末は、特に真神組の少年三人は宴会処の騒ぎではなく。

何とかそれを終わらせた彼等が一息付けたのは、夏休みの最終日だった。

二学期の登校初日、「高校最後の夏休みがーーー!」と、京一は去ってしまった夏の休みを思って喚いたが、時が巻き戻る筈も無く。

彼等は、高校最後の夏服で過ごす一か月間を送り始めた。

九月九日、水曜日。

荒川区にある、私立みゆきヶ原高校で、同校弓道部対真神学園弓道部との練習試合が行われた。

みゆきヶ原三年梅組の、織部雛乃という弓道部々長は小蒔のライバルで、三年間続けて来た雛乃との決着がこの試合で付く、と小蒔は張り切って試合に出掛け、龍麻達四人は、後からそこへと応援に駆け付けた。

『オネーチャン』事情に詳しい京一曰く、「都内の中でも指折りのお嬢様学校」なみゆきヶ原へは、小蒔の書いた地図を頼りに無事辿り着けたが、肝心の弓道場の場所がそれには記されておらず、お嬢様、と名高い女子校の生徒達に注目されながら、右往左往しつつ何とか弓道場を探し出して向かってみれば、そこには、緊張気味の小蒔の姿があって、リラックス! と皆で励ましている内、もう直ぐ順番がやって来る、と、頭の先から足の先まで清楚な、弓道着を着込んだ少女が小蒔を呼びに来た。

……噂のライバル、織部雛乃だった。

誰を呼ぶにも『様』を付けるのが癖らしい雛乃は、親し気に小蒔と連れ立ち道場内へ戻り、龍麻達は観客席へ向かう。

「桜井さん、大丈夫かな」

「平気だろ、あいつのことだし。あれだけ、『醍醐クンから借りたお守りがあるもん!』って、貰ったお守りに願掛けしてたしな。……な? タイショー」

緊張していた小蒔の姿を思い出し、試合場を眺めながら龍麻が言えば、京一は、含み笑いを浮かべ、ニヤっと醍醐を見る。

「……くどいぞ」

「気の所為じゃねえのか? ……いーじゃねえか、小蒔のこと想って渡してやったんだろ? ありがたーいお守りを。……ま、お前がそれを贈ったって辺り、どうしても突っ突いてみたくはあるし。もーちっと、女の喜びそうなモン贈ってやれよ、とも言ってみたい処だがな」

「あー、からかうと、醍醐って面白いもんねー。判る、判る」

「………………いい加減にしろ、京一。龍麻も。……俺はだな、あれだけ頑張っていた桜井の努力がきちんと報われる為の、こう……細やかな手助けと言うか、そんなことの代わりになればと思ってお守りを贈っただけであって、別に、その…………お前達にからかわれるような理由でだな……」

ニヤニヤーっと笑みながら京一に言われ、龍麻にも冷やかされ、醍醐は盛大に言い訳を告げつつ、徐々に声を小さくした。

「そうか、そうか。皆まで言うな」

「大丈夫だよ。醍醐の気持ちも、桜井さんの気持ちも、ちゃーんとお守りが叶えてくれるよ」

故に益々、京一と龍麻は、純情だねー、と意味有り気な笑みを醍醐に送り、これ以上からかわれて堪るかと醍醐は、プイっと視線を逸らせた。

「遅いね。未だなのかな、桜井さんの順番」

「みたいだな。……なんんだで、武道の試合ってのは、始まるまでがまどろっこしいからなー」

……未だ、小蒔が矢を射る順番までには少々の時を要しそうで、余りからかっても可哀想かと、龍麻と京一は話題を変える。

「そうだね。………………ああ、そう言えばさ。話違うけど」

そこで、ふと何かを思い出した龍麻は、小蒔の出番を今か今かと待ち侘びている葵や醍醐に聞こえぬように、ちょいちょい、と京一を手招いて声を顰めた。

「ん?」

「この間から、佐久間、行方不明なんだろう?」

「……ああ、帰りのホームルームの時も、マリアせんせーがそんな話してたな。家にも帰ってないって」

「うん。……俺さ、一昨日だったかに、佐久間が行方不明だって話、遠野さんにされてさ」

「アン子に? ……で?」

「その話が遠野さんから出た時、桜井さんもそこにいてね。何か、考え込むような素振り見せたから、どうしたのって訊いたんだ。そしたら、随分前の話なんだけど、ほら、芝プールの事件の時、学校帰りにあの辺りの下水道に下りてみようかってことになって、美里さんと桜井さんが、新聞部に懐中電灯取りに行ったの、憶えてない?」

「…………あああ、あったな、そんなことも」

「あの時に。新聞部の部室行く途中で、桜井さんと美里さん、佐久間に絡まれたんだって」

「絡まれた……?」

「そう。正確には、美里さんが、らしいけど。……何だかね、様子が変だったんだって、その時の佐久間。俺にはもうお前しかいないんだ、とか叫んで、強引に美里さん連れて何処かに行こうとして、だから桜井さん、思わず佐久間に張り手喰らわしたみたいでさ。揉め掛けたそうなんだけど、丁度そこで、中々戻って来ない二人のこと迎えに行った醍醐の声が聞こえたから、佐久間は逃げちゃったらしいんだ」

「成程ねえ……。そんなことがな……」

コソコソと自分だけを手招く龍麻に顔を寄せ、耳峙ててみれば、された話はそんなもので、竹刀袋を抱えるように腕を組み、京一は唸る。

「うん。……兎に角、そんなことがあったって、桜井さん、教えてくれてね。あいつが行方不明って話知って、その時のこと思い出して、気にしちゃったっぽくって……」

「……それの少し前、か……。雨紋の奴が言ってたんだよな。あいつのガッコの連中と、佐久間がやり合ったって。確か、目と目が合っただかで喧嘩になって、雨紋のガッコの奴等も佐久間も、仲良く入院した、とか何とか。……それ聞いた時は、佐久間の奴、只のチンピラ以下に成り下がったかって、呆れるだけで済ましちまったし、今回の行方不明騒ぎも、又何処ぞで荒れてんだろ、としか思わなかったが。もしかしたら、何か遭ったのかもな……」

「かも知れない。佐久間の件まで、『力』が、とは思わないけど……佐久間、醍醐も俺も京一も、何時かぶっ殺してやる、なんて物騒なこと言ってたし、美里さんにはかなりの思い入れがあるみたいだし、自分のこと引っ叩いた桜井さんも良くは思ってないだろうし……。……だから、気になっちゃって」

「……そうだな。気にした方がいいかも知れねえ。俺達は兎も角、美里と小蒔はな」

「だよね…………。…………あ、桜井さんだ」

続いて行く試合に、周囲がきゃあきゃあと声援を送る中、ボソボソ、葵と醍醐には聞こえぬように二人は相談を交わして、漸く姿見せた小蒔に気付き、ヒソヒソ話を終えると。

「桜井! しっかりな!」

「頑張って、小蒔っ!」

「桜井さーーーんっっ!」

「気合い入れろーっ!」

立ち上がらんばかりになった醍醐と葵と一緒に、龍麻も京一も、小蒔へ声援を飛ばした。