ライバル雛乃との、高校最後の勝負は、小蒔に凱歌が挙った。
見事優勝を果たし、みゆきヶ原の校門前で待っていた仲間達の所へ戻って来た小蒔へ、
「優勝、おめでとう」
と、口々に彼等が言えば、照れ臭そうに彼女は笑い、そして醍醐を見上げた。
「醍醐クンのお守りのお陰だよ!」
……と。
すれば、小蒔以上に醍醐は照れ、桜井の実力だと、大きな体躯を小さく縮めた。
「小蒔様。おめでとうございます」
そこへ雛乃もやって来て、「これはこれは、小蒔様のご学友の皆様」と頭を下げている処へ。
「小蒔ー! 雛乃ー!」
もう一人、少女が駆け寄って来た。
小蒔のような男勝りタイプの、元気を有り余らせている感じの少女。
「雪乃!」
「姉様」
トン、と跳ねるような足取りで近付き、小蒔と雛乃の肩を抱いた少女を、二人はそれぞれ呼ぶ。
「……姉様?」
「おう。お前等、小蒔の友人か? オレは、織部雪乃。そこの雛乃の双子の姉だ。みゆきヶ原高校三年桜組。長刀部々長。宜しくな」
「へー……、双子」
白い肌と長い黒髪を持つ、見るからに和風美人な雛乃とは対照的な、栗色の髪をポニーテールにしている、日に焼けた彼女の言葉に、京一は思わず、双子を見比べた。
「…………何だよ、その視線。似てないとでも言いたいか? オレと雛乃は、れっきとした双子の姉妹だぞ?」
「別に、疑ってるなんて言ってねえだろ!」
「いーやっ。オレには判る、お前の視線がそう言ってた!」
「……お前、俺に喧嘩を売る気かっ?」
────どうやら雪乃は、小蒔のような、と言うよりは、京一を女性にしたような、と言った方が正しいタイプなのかも知れない。
キッと、射る風に彼女は京一の視線を見返し、当たらずとも遠からずなことを言われた京一はつい声を張り上げ、似た者同士らしい二人は、ぎゃいのぎゃいのと言い争い掛けたが。
「姉様、こちらの殿方が、言葉でそう申された訳ではありませんでしょう?」
「京一! いい加減にしなよっ!」
雛乃が雪乃を宥め、小蒔が京一に噛み付き、何とか場は収まって。
「……失礼致しました。────皆様、改めまして、織部が妹、雛乃にございます。宜しければ、皆様のお名前をお聞かせ願えますか?」
龍麻達に向き直った雛乃の一言を切っ掛けに、彼等は自己紹介を交わして後、彼女の誘いに乗って、織部姉妹の家である、織部神社を訪れることにした。
──雪乃と雛乃の実家の織部神社は、口の悪い京一に曰く、「古臭いボロ神社」、葵に曰く、「趣ある社を持つ、歴史ある神社」、だった。
そんな神社の一角にある、彼女達の自宅部分へ行く途中で、何を取材していたのか、彼等は絵莉に遭遇したが、どうも、『ブン屋』という商売を毛嫌いしているらしい雪乃に睨みを利かせられて彼女は、苦笑を浮かべつつ、龍麻達とは挨拶を交わしたのみで去ってしまい。
雪乃に案内された座敷にて、天野さんは何の取材をしてたんだろうと彼等が言い合っていたら、巫女姿に着替え、もてなしの茶を運んで来た雛乃が。
「風水と、この神社にまつわる伝説に関することだと思います」
多分、と言い置いてから、彼等の疑問に答えた。
「伝説?」
「……はい。それくらいしか、私
「……………………あ、そのー、ね。……御免、皆。雪乃と雛乃は、小さい頃からのボクの友達で、由緒正しい神社の巫女さんでもあるから、前に、ボク達が持った『力』のことで、相談したことがあって……」
「気にしないで、桜井さん。……でも、織部さん……だと、両方になっちゃうのか。……えーと、名前で御免、雛乃さん。伝説と風水の話と、俺達の力に、何の関係があるのかな」
柔らかな微笑みを浮かべながらも、真剣に言う雛乃に、龍麻は首を傾げ。
「私の話を、聞いて頂けますか?」
徐に彼女は語り出す。
──時は幕末の頃。
都の姫に、身分違いの恋をしてしまった侍がいた。侍は、龍神の力を借り、大地の裂け目から異形のモノを呼び出し、又自らも鬼となって、姫を奪う為、都に嵐を呼んだ。
その為、人々は彼の屋敷に攻め入り、かつては侍だった鬼を退治し嵐を鎮め、屋敷の跡地には社を建てて、侍の霊魂を弔った。
……それが、織部神社の成り立ちだ、と。
「身分違いの恋の果て、鬼に…………」
「はい。お侍様は、鬼、になられたのだそうです。…………皆様は、風水をご存知でいらっしゃいますか」
「家の中の何処に何を置くと、金運が上がるー、とかそういう奴だよね?」
「ええ、小蒔様。それも確かに風水の一つですが、風水とは、龍脈と呼ばれる大地の氣の流れを読み取り、それを活用する術なのです。万物は、地・水・火・風・金
「……………………ちょ、一寸タンマ、雛乃ちゃん。……俺、話に付いてく自信が無くなった…………」
「ボクも……」
雛乃の話が、風水の説明に及んで暫し、少々青褪めた顔をして、京一と小蒔が、ギブアップ、という風に両手を上げた。
「……正直、俺も今イチよく判んないけど……、要するに、黄龍は神様みたいな存在で、そんな存在の力の通り道である龍脈──大地の氣の流れは、都市や国家の繁栄すら左右出来る、強大な力ってこと……だよね?」
「はい、そう思って下さいませ、緋勇様」
二人同様、龍麻も又顔を顰めたが、何とか彼は話を飲み込んだようで、にこっと、雛乃は笑みを浮かべた。
が、一転、彼女の表情は再び引き締まり。
「…………その、龍脈が齎す力を、この織部神社建立の発端の出来事となった、件の伝説のお侍様は得たのだ、とも、当神社には伝えられております。異形のモノを呼び出し、自らをも鬼と変える程の力を」
……話は、そこへと辿り着く。
「鬼を呼び、人を鬼に変える程の力、か……」
それを聞き、醍醐が唸った。
「風水では、森羅万象の全て、陰陽に分かれるともされております。陰は陽であり、陽は陰であり、互いが互いを支え合って、この世の全ては存在すると。陽は善ではなく、陰は悪ではありません。……が、陽は陽であり、陰は陰であり、一方がなければもう一方も存在し得ずとも、陰と陽は、互いに相反します。……黄龍の力、即ち龍脈の力は、国家の繁栄すら支える強大な力と言い伝えられておりますが……、異形の力をも、人に齎すのでしょう。……ならば、この東京で起きている異形のモノ達の所業は、龍脈の力によるものなのかも知れません。皆様の……私と姉様の持つ『力』も」
「………………雛乃さんと雪乃さんも、『力』、を……?」
「……はい」
すれば、再び語りを続けた彼女は伏し目がちに、囁くような声で龍麻の問いに頷き。
「皆様や私達姉妹の『力』と、異形のモノ達の力がそこに端を発するならば、この東京を巡る龍脈に、何かが起きているのやも知れません。私達の『力』は、その為のものやも。……だとするなら。この東京が辿る道は二つです。陰と陽が共存する陰の未来か、陰を打ち払い浄化する陽の未来か。…………緋勇様でしたら、何方を選ばれますか?」
「……え、俺? ………………俺、だったら……。…………うん、俺だったら、陰とか陽とかじゃなくって、皆が幸せになれるだろう未来の方がいい、かな……」
「………………緋勇様は、お優しいのですね」
自分が選びたい未来を答えた龍麻を、じっと見詰めた。
「…………決めた! 雛乃、オレは決めたぞ!」
考え込む風にする妹、東京に辿って欲しい未来を答えた龍麻、二人を見比べ、突然雪乃が叫び出した。
「姉様? どうされたのですか」
「オレは、こいつらに付いて行く。緋勇の今の答え、気に入ったっ。オレ達の『力』が、何かが起きてるらしいこの東京の為のものだって言うなら、オレも戦って、この街を護りたいっ」
「………………姉様。姉様は何時も、そうやって一人で決めてしまわれるのですね」
「……雛乃?」
「私と姉様の力は、二つで一つ。姉様が緋勇様達と共に行かれるのならば、私も参ります。……この織部神社も、東京を護る為の楔の一つです。その巫女である私と姉様も。……宜しゅうございますか、緋勇様」
「勿論だよ。有り難う、雪乃さんも、雛乃さんも」
ガタリと膝を立てて半立ちになり叫んだ雪乃も、何処か拗ねる風に姉に言った雛乃も、龍麻へ向けて、共に戦わせて欲しいと申し出て来たから、彼は嬉しそうにそれを受け入れる。
「改めて宜しくな! そこの木刀男よりも、オレの方がよっぽど役に立つぞ!」
「……姉様。蓬莱寺様に失礼ですよ……」
だから、だろうか、雪乃は、ヘヘーン、と京一を見遣りながら言い、が、普段なら、そんな科白を聞き捨てる筈無い京一は、何故か何も言わず。
「おー、もうこんな時間か」
丁度鳴った、古ぼけた壁掛け時計の音だけに耳を貸した。
「あら、六時。……御免なさい、雪乃さん、雛乃さん。遅くまでお邪魔してしまって」
それに葵も気付き、腰を浮かせたので。
一行は、織部神社よりの暇