織部神社からの帰り道。

「…………さっきは、言い出せなかったんだけどよ。帰り掛けに見掛けた神社の別棟に、何か大切な物預けた人がいてどうたらって、雛乃ちゃんが言ってたろ?」

「ああ、『塔』とかいうのが完成すると、この国が変わるとか言って、乃木大将が預けてったって奴の話?」

「そう、それ」

「それがどうかした?」

「あのよー……。………………乃木大将、って。……誰……?」

「……京一さ……、よく、高校三年生やってられるね……」

乗り込んだ電車の中で、訊き辛そうに京一が言い出したことに、龍麻は転けた。

「京一君。乃木大将って言うのは、明治時代の軍人さんよ」

ガクリと肩を落とした龍麻の代わりに、京一の疑問に葵が答える。

「ふーん……。昔の偉い人、か」

「そう。日露戦争の頃、英雄と言われた人。その方が預けてゆかれた品だから、きっと何か曰くがあるんでしょうね。……私、『塔』の話、一寸気になるわ」

「えー、気にすることないんじゃないの? 葵。ボク達には関わりないよ、多分」

彼の、学生らしくない質問にすらすらと答えて、葵は少し考え込む風にしたが、小蒔の弁に、微かに顔を赤らめた。

「……私、考え過ぎかしら」

「まあ、何も彼も気にしても仕方無いしな」

「そうね。醍醐君の言う通りかも知れないわ」

「だな。……ま、今はどうでもいいか。──それよりも、腹減ったなー……」

「ボクも。でももう遅いし、家に帰って、今日の試合の報告したいから、ボクはこのまま帰るよ」

「私も今日は帰るわ」

「…………確かに一寸遅いから、送ってこうか? 二人共」

「うむ。そうするか。俺達で送って行こう、桜井、美里」

「でも……、悪いわ」

「気にすんなって。どうせ俺達ゃ、王華行くくらいしか、やるこたねえんだから」

京一の馬鹿な発言から始まったそのやりとりが終わる頃、電車は新宿駅ホームに滑り込み、一行は、小蒔と葵の自宅方面目指して、街を歩き始める。

「……ああ、そうだ。皆、明日の放課後、時間はあるか? 一寸、会わせたい人がいるんだ」

「会わせたい人? 誰だよ」

「昔、俺が馬鹿をやっていた頃、随分と世話になった人でな。まあ……言うなれば、師匠のような方だ。易占いをやる、新井龍山先生と言って、氣のことも、その人に教わった」

「初耳だな、その話。……タイショーがそんなこと言い出すんだ、訳ありなんだろ? いいぜ、付き合うぜ」

その道すがら、明日、と醍醐が言い出し、皆はそれに頷き。

小蒔と葵を送り届けてから、男三人、毎度のパターンで王華に寄ってラーメンを食べて。

「じゃあ、又明日」

「おう、明日なー」

「じゃあねー、醍醐も気を付けてー」

彼等もその日は、大人しく別れた。

翌日、放課後。

西新宿の外れに住んでいる、易者の新井龍山の自宅を訪れる為、龍麻達は竹林の中にいた。

「……何で、新宿にこんなトコがあんだよ……」

大都会東京の、しかも新宿の一角に、広大、とも言える竹林があるのを初めて知って、うへぇ、と京一は嫌そうな顔をする。

「私も知らなかったわ、東京にこんな場所が残ってたなんて」

「パンダでも出てきそうだよね。いたらいいなあ、パンダ。京一、見付けて来てよ、パンダ」

「小蒔、お前が言うと、冗談に聞こえない」

「えーー、だってさー」

「……パンダかあ。いたら可愛いよなあ、パンダ」

「お前達は…………。……ほら、そろそろ着くぞ」

さわさわと、風が笹の葉を揺する音だけが響く、趣ある、と言うよりは不気味な竹林の中を相変らずの騒がしさと共に抜けて、醍醐曰く、『白蛾翁』との通り名を持つ龍山の庵に彼等は踏み込んだ。

そうっと、忍び込むように入った庵に人の姿はなく、暫く勝手に待たせて貰っている最中、焦れた京一が、「何処行ったんだ、龍山とかいうジジイは」と悪態を吐くや否や、龍山は現れた。

易者が生業なのがよく判る、高砂人形の翁を思い起こさせる風貌の好々爺。

だが、彼の運ぶ視線も、言動の端々に匂うモノも、明らかに曲者と映って。

正体不明のじー様だな。

……うん。

…………と、京一と龍麻は目と目で言い合う。

「この嬢ちゃんが、美里葵さんかね。………………。……ふむ、確かに美人な娘さんだ」

その間に、龍山は葵へと向き直り、確かめるように名を呼んで、何かを言い掛け、が、軽口だけを音にした。

「で? こっちの可愛い嬢ちゃんが桜井小蒔さんで、血の気の多そうな坊主が蓬莱寺京一、で。……御主が、緋勇龍麻、じゃな?」

そうして彼は醍醐を除く一同を見回し、又、何かを含むように龍麻を見詰め。

「…………醍醐。御主の懸想のお相手は、何方の嬢ちゃんじゃ?」

全てを覆い隠す風に、醍醐へと意地悪く笑った。

「……先生、止めて下さい……。そういうんじゃなくてですね……」

「おじいちゃん、何でボク達のこと知ってるの?」

「ん? こいつからの手紙に書いてあったからじゃよ、嬢ちゃん」

「先生、俺が送った手紙、読まれたんですか? なのに、何で返事を下さらなかったんです、何度も送ったのに」

「……むさ苦しい男からの手紙に、一々返事なぞするものか。だが、確かに読みはしたぞ、醍醐。御主の仲間達のことも、御主達の『力』のことも、鬼道衆のことも。……その話のことで来たんじゃろうが。………………もう、織部神社の姉妹には会うたか?」

何処までも好々爺の笑みで醍醐をからかい、囲炉裏を囲んで座るように皆へと勧め、龍山は、醍醐が皆を連れて庵を訪れた理由を、先回りして告げる。

「えっ? おじいちゃんはどうして、雛乃と雪乃のことまで……」

「織部の宮司とは、親しい仲での。あの姉妹の名付け親は儂なんじゃよ。あの姉妹にお前さん達が会っただろう、というのは……まあ、想像、という奴だ。醍醐のことだから、大方、織部神社の成り立ちの話でも聞かされて、ここに直接来るのを思い立ったんじゃろうな、と。じゃが、その想像が当たったのなら、手っ取り早い」

そして彼は、誰も何も言わぬ内に、ぽつぽつと、話を始めた。