疲れているのに、一人旧校舎で戦ったその昂りが消えなかったのだろうか。

如月骨董品店より帰宅し、入浴も何も彼も後回しにしてベッドに潜り込んだ京一は、夢を見た。

その日の昼休み、屋上へ行き、みゆきヶ原で小蒔の試合を見学している最中に出た話を、龍麻と二人、醍醐にも伝えた時のことを再現している夢。

………………夢は、全てを綺麗になぞっていた。

龍麻が小蒔から聞いた話を教え、だから、俺達は兎も角小蒔と葵は気を付けてやろう、と京一と龍麻が言えば、醍醐は何を思ったのか、屋上をぐるりと取り囲む柵に凭れて、自分達が得た『力』の話を始めた。

俺達の力は、何の為にあるのだろう。この力で、何をすればいいのだろう、と。

そんな風に呟く醍醐の様は、己達が『力』を持ち得た意味を悩んでいる風で、あって困るもんじゃない、邪魔になるもんじゃない、他人にない『力』が自分にあるってことは、気分のいいことでもあるぞ、と京一はあっけらかんと言ってやったが、お前のようには考えられない、と醍醐は苦笑を浮かべて。

「……例えば。この『力』の為に、愛する者を失うことがあるとしたら、俺はこんな『力』、欲しいとは思わない。欲しい奴にくれてやったっていい……」

又、ボソっと呟いた。

「………………真面目だな、お前は」

だから、やれやれ、と。

京一が龍麻と顔を見合わせれば、龍麻は、醍醐は多分、凶津と佐久間を重ね合わせちゃってるんだと思う、佐久間が凶津に見えて、何か遭る度、何時か見返してやるとか、どうせ俺は醍醐に敵わないとかって捨て台詞を残す佐久間がそんな風に思うことを止めるなら、『力』と引き換えにしてもいい、とか思ってるんじゃないかな……、と京一に囁いて。

「…………なあ、醍醐」

考えても仕方のねえことを……、と京一は醍醐へ向き直った。

「お前が、佐久間のことを心配するのは判る。あいつを見ていて、何やら思うのも判る。……だがな。お前の想いを受け取れるだけの余裕が佐久間にあるとは、俺には思えないぜ。そんな余裕、今のあいつにはねえだろう。あんまり甘いこと言ってっと、足掬われんぞ」

「かもな…………。だが京一、俺には……」

ゆとりのない相手には、思い遣りも通じない、と言う京一に、醍醐は頷きながらも、凭れた屋上の柵の向こう側に広がる風景だけを見続け。

──………………そう、夢は、全てを再現していた。綺麗に。

醍醐より視線を外した京一が見上げた空に、強い風が吹いていたことも。

……でも、再現フィルムのような夢は、そこで終わった。

目覚ましのアラームの音に遮られて。

あちらこちらが裂けた制服を握り締めて、「お前は何着制服を駄目にすれば気が済むの!」と怒鳴り散らしはしたものの、息子の『放蕩』には慣れている母親から予備の制服を叩き付けられた、そんな夢を見た京一が、その日の朝、登校してみれば、教室に醍醐と小蒔の姿はなかった。

だから彼は、夕べの夢の所為もあって、少々思案気になったが。

「醍醐と小蒔は?」

「醍醐君は判らないけど、小蒔は、具合が悪いから休むって連絡があったと、さっき行き会ったマリア先生が仰ってたわ」

小蒔からは欠席の連絡があったと葵に聞かされ、京一は胸を撫で下ろした。

「なら、いいか」

「そうだね。桜井さんは連絡があったんだから安心だし、醍醐は、一寸やそっとのことでどうにかなったりしないし」

「だなー。考え過ぎか。……どーせ小蒔のことだから、昨日の打ち上げで食い過ぎて、腹でも壊したんだろ」

「あー。桜井さんに言い付けよー、京一が、そんなこと言ってたってー」

「……おまっ! お前ーっ、小学生みたいなこと言ってんな、龍麻っ!」

故に彼は、夢見が悪かったから覚えたのだろう嫌な予感も晴れた、と龍麻と戯れ合いを始め、一日も過ぎ。

結局、連絡なしのまま醍醐が欠席したその日、放課後、面子は二人足りなくあったが、彼等は不動尊巡りを始めることにした。

新宿から一番近い不動尊は、目白不動尊になる。

龍麻、京一、葵の三人が先ず向かったのもそこだった。

さて、五色の摩尼とやららしい珠は何処に納めればいいのやらと境内を探し、人目に付かぬ所にあった祠に近付いてみたら、珠が光り出した。

その光に、ここだろう、と珠を納めてみれば、吸い込まれるように宝珠は消えて、代わりに、何やら見たことのない道具が何処より降って来た。

得体の知れない物でもリサイクル! が身に染み付いている彼等は、戦いの役に立つかもと、有り難くそれを頂戴する。

「……私達だけで来てしまって、良かったのかしら……」

懐に『道具』を仕舞い、意気揚々と境内を後にし始めた京一に、躊躇いがちに葵が言った。

「あの二人に後で叱られるかもと、思わない訳じゃねえが。俺達が持ってるよりも、こうして封印しちまった方が安全だと思うぜ」

「安全……。そうかしら…………」

「多分ね。醍醐と桜井さんには申し訳ないって、確かに俺も思うけど。俺達がこの珠を持ってるって鬼道衆に悟られたら、襲われ兼ねないよ。向こうの目的が何なのかは判らないけど、連中のやろうとしてること次第では、取り返しに来るかも知れない」

「でも、それだったら、祠に納めても条件は同じじゃないかしら?」

「だが封印しときゃ、これの所為で俺達が襲われる確率は減るぜ。誰か一人の時に襲われでもしたら、事になるかもだしな」

「うん。何時も皆一緒にいられるとは限らないし」

「…………それもそうね……」

どうにも、醍醐と小蒔不在のまま不動尊巡りを始めてしまったのに葵は引け目を感じているようで、だが、そうは言っても、と京一と龍麻は葵を諭し、さて、次の目青不動尊へ行くべく、駅へ戻ろうとした処で。

「あら? 皆、どうしたの? ……醍醐君と桜井さんは?」

「おー、絵莉ちゃん」

「こんにちは、天野さん」

「小蒔と醍醐君は、今日は学校欠席だったんです」

彼等は絵莉と行き会い、境内の片隅で立ち話を始めた。

「あら、そうなの。風邪か何か? お大事にって二人に伝えてね。……で、貴方達はここで何を?」

「昨日、醍醐の師匠の、新井龍山先生って人にお会いして、今までの事件で手に入れた珠のこと教えて貰ったんで、今日はそれを納めに来たんです」

「龍山先生? 白蛾翁に? あら奇遇ね、私も夕べ遅くにだけど、龍山先生の庵に行ったのよ。やっぱり今回の事件のことで、その道のプロの意見を聞きたくって」

「あのジジイの?」

最初は軽い世間話をして別れるつもりだったのだろう絵莉は、彼等が不動尊を訪れた理由を知って、話の趣を変えた。

「ええ。……この間、織部神社で皆に行き会ったでしょう? あの時ね、織部の宮司さん──双子ちゃんのおじい様にね、面白い物見せて頂いたのよ」

「面白い物、ですか?」

「そうよ。美里さんなんかは多分興味持ちそうな、古い書物で、中国に伝わる伝説が記されていたの。その伝説は、菩薩眼と呼ばれる『能力』を持つ者に関する伝説でね。龍脈が乱れる時、その『眼』を持つ者が現れ、人々を浄土に導く。……とまあ、そんな伝説なのね。菩薩眼の力は、何故か女性にだけしか現れず、時の権力者はこぞって菩薩眼の女を探したそうよ。……でね」

「……? はい」

「織部さんに見せて頂いたその書物には、菩薩眼の女性が鬼に攫われる様子が描かれていたの。江戸時代末期、菩薩眼を持つその女性を巡って、人と鬼が争ったことがあったとかで、その鬼達を統べていたのが、『鬼道衆』と呼ばれる者達ってことも。……だからね。現代の『鬼道衆』も、その菩薩眼の女性を探し出して覚醒させる為、龍脈を乱そうとしてるんじゃないかと思ったの。それで、龍山先生の意見を聞こうと思って。…………のらりくらりと、逃げられちゃって、詳しい事は教えて貰えなかったけどね」

「あのジジイは、そーゆージジイだ。うん」

「でも、五色の摩尼の話はして貰えたの。……って訳で、私も不動尊を巡ってみようかなと、ここに来たのよ。──あ、いけない。話し込んじゃって御免なさいね、貴方達も予定があるんでしょう? 私も仕事行かなきゃ。じゃ、又ね」

これは、龍麻達に話しておいた方が良さそうだ、と踏んだのだろうことを、パパっと絵莉は語って、告げるだけ告げると、足早に仕事に行ってしまった。

「………………何か、さ」

絵莉と別れ、次の目的地、世田谷区にある目青不動尊へと向かう道すがら。

ふーーむーーー、と唸り続けていた龍麻が、何かを思い付いたように、京一と葵へ顔を向けた。

「雛乃さんの話にも、龍山さんの話にも、さっきの天野さんの話にも、全部、鬼と幕末って出て来てない?」

「……あー、言われてみれば、確かに」

「ってことはさ。全部が全部、本当に起こったことだったとして。織部神社の成り立ちの話に出て来た、『身分違いの恋をした侍』は、九角鬼修で、九角が恋した相手が菩薩眼の女性で、その女性と添い遂げたくても添い遂げられなかった九角が、思い余って鬼道に走って、鬼道衆って名前で纏めた鬼達を使って女性を攫って、で、女性を取り戻そうとした幕府の転覆も謀った、ってことになるのかなあ?」

「……………………で?」

「……いや、『で?』って、何だよ、京一」

「だから。……で? お前の想像通りだったとして。……それで?」

龍麻が立てた仮説を聞き、ああ? と京一は顔を顰める。

「それで、と言われてもー……」

「幕末に起こった出来事が、そんな成り行きだったとしても、今の鬼道衆とは関係ねーだろ。……あー、全く関係がないとは言わないぜ? もしかしたら今の鬼道衆は、幕末の時の鬼道衆の子孫とか、生き残りの何代目、とかかもだけどよ。菩薩眼の女に惚れて、鬼道まで持ち出して徳川幕府と一戦構えた『侍』と、菩薩眼の女の力が欲しくて東京荒らして、龍脈乱してる今の連中とじゃ、一寸違わねぇ?」

「それはそうかも知れないけどさー」

「……緋勇君は、ロマンティストなのね」

それがどうしたと、してみた話を京一に切って捨てられ、ムウっと拗ねたようになった龍麻へ、葵はクスっと忍び笑い。

「そんなことはないよ。ロマンティスト、だなんて」

「あら。ロマンティストって、私はいいと思うわ」

にっこりと笑ったまま葵は、何故か、走る電車の窓の外に、遠い目を向けた。