「変な関西人だったなー……」
「まあな。でも、正しいこと言われて良かったじゃねえか。なあ、『ベッピンなにーちゃん』」
「うるさーーーーーいっ!」
──向かった目青不動尊の境内への上がり口で偶然行き違った、関西弁を喋る、が、日本人とも思えぬアジア系の少年に、いきなり顔を凝視され、男性を褒めるには余り向きでない『別嬪さん』と言われるとの経験をした龍麻は。
目青不動尊にて宝珠を納め、新宿へと戻って葵を送った帰り道、京一と二人西新宿の路上を歩きながら、ブツブツ愚痴を零していた。
「何で初対面の相手に、別嬪さん、とか言われなきゃならないんだよ。俺は男だー! そんなこと言われたって嬉しくも何ともなーーーいっ!」
「けどよ。ベッピンって、美人とか、綺麗って意味なんだろ? 当たってんじゃん」
「………………何だよ。俺が女顔してるとでも言いたいんだ? 京一は」
「……おー、怖。そーゆー訳…………でもあるかな、うん」
「ムカつくー……。……ちぇっ。精悍な顔付きに産まれたかったなー。醍醐みたいにー。さもなきゃ、せめて京一タイプが良かったなああっ」
「生意気な。真神一の伊達男な俺様と張り合いたかったってか?」
「そういうんじゃなくって。──その、毎度の決まり文句は正直どうかと思うけど、確かに京一ってモテる顔立ちしてて、でも間違っても女顔じゃないからさ。いーなー……。醍醐もいーなー……」
「そうか? いーじゃねえか、別嬪は別嬪だ」
「この……っ。……じゃあ、如月にも言えよ、その科白っ! あいつの方が、よっぽどだっ!」
「判った、判った。っとに……。………………ああ、そうだ」
龍麻の愚痴に付き合い、からかい、としながら立てた、ケラケラとした笑いを引っ込め、笑い過ぎて涙が滲んで来た目許を擦りつつ、京一は話を変えた。
「……何だよ」
「今日はもうこんな時間だから、明日、醍醐の家に行ってみねぇか? ガッコ出る前に電話してみたんだけど、連絡取れなくてさ。あいつン家、お袋さんいなくて、親父さんと二人っきりの筈だし、その親父さんも毎晩遅いらしくてな。……只の風邪で引っ繰り返ってんならそれはそれでいいし、引っ繰り返ってるなら引っ繰り返ってるで、一人で困ってるかもだしよ」
「…………あ、そうなんだ。醍醐も……」
明日、醍醐の家へ、と言い出した京一の話は、友の家庭の事情に少々及んで、龍麻は言葉を濁した。
己の、本当の両親のことに、つい思い馳せてしまって。
「……ああ。小学校の頃、亡くなったらしいな。お袋さん、病弱な人だったんだと。………………ま、そーゆー訳で」
そんな彼の髪を、京一はぐしゃぐしゃと乱暴に掻き混ぜる。
「止めろってば。──うん。明日、醍醐の家に行こう」
髪を乱されたことに、一応文句は言ったものの、もしかしなくても俺、優しくされてるのかなー、と、照れ笑いを龍麻は浮かべた。
──馬鹿な自分ばかりを人前で見せて、友人達をからかって歩くくせに、ふとした拍子、京一は酷く優しい。何気無しな態度で。
誰に対してもそういう処はあるけれど、自分に対しては、頓に優しく接してくれるように思える。
こんな風に、例えば荒っぽく髪を撫でたりして、励ます風に、慰める風に、優しさを分けてくれる。自分には、特に。
……例え、自惚れだとしても、そう思える。
────それを、今も又龍麻は感じて、照れ臭くてどうしようもなくなり。
「夕飯、どうしようかなー」
少し不自然に、話題を変える。
「飯なー……。今から帰っても、俺の分があるとは限らねえしなー……。つか最近、お袋の奴、俺のこと勘定に入れてねぇし」
「放蕩なことばっかりしてるからだよ。……じゃあ、家来る? 何か作るし」
「お、それもいいな。じゃあ、今日はお前んトコに邪魔すっかな」
「今日は、って。月の半分は泊まってってるじゃん。……何で家の洗濯物に、京一のトランクスが混ざってるのか、俺は、自分とお前を問い詰めたいよ」
「俺が、着替えを持ち込んだからだ。いーじゃねえか、自分の分は自分で洗濯してんだからよ」
「一々、言わなくていい。判ってるから…………」
……照れ臭くはあったけれど。もう少し、京一と一緒にいてもいいかな、などと龍麻は思って、夕食に彼を誘い、連れ立って、家へ帰った。
翌日、再び小蒔も醍醐も欠席した。
前日同様、小蒔からは連絡があったようだが、醍醐の方は相変らず無断欠席で、焦れつつ放課後を待ち、念の為、明るい内に帰るように葵に言い置いてから、龍麻と京一は醍醐の自宅へ行ってみた。
が、新聞受けには二日分の新聞が差さったままになっており、人の気配はなく。
「そういうことが多いっつってたから、親父さん、出張かもな……。でも、醍醐の奴は、一体何処行ったんだ?」
「……何か遭ったのかな。どう窺っても、中に誰かいるとは思えないし……」
「だよな……。気配も氣も感じない」
「俺達以外で、醍醐と一番仲がいいのって……、紫暮、か」
「念の為、訊いてみっか、目黒のタイショーに」
「うん。……あ、俺、高見沢さんに連絡取ってみる。あんまり考えたくないけど、もしも、怪我でもするようなことが起こってたなら、桜ヶ丘には顔出したかも知れないし」
無人の家の前で首を捻った二人はそこより離れ、手分けして、心当たりに連絡を付け始めたが。
「駄目だな、紫暮も判らないってよ」
「高見沢さんも。……レスリング部にも顔出してなかったし……」
「女……は醍醐は小蒔一筋だし、最近、ウチと他校が揉めたって話も聞かねえし。他に、あいつが行きそうな所、なあ……」
「醍醐って真面目だから、これと言って思い当たる先がないよね」
「……どうする? 揃って休み始めた辺り、小蒔絡みなのかも知れねえ。もしも本当にそうで、あんま仲間内で騒ぎ立てたら、行く行く二人が気拙くなるかもだしな……。嫌な話だが、これで、小蒔の方からも連絡がないなら、騒ぎ立てでも……、って奴なんだが……」
「うーん…………。そっか、そういうことも有り得なくはないよね……。さもなきゃ、親御さんもいないから、週末に掛かることだし、何か親戚の用事で、とかも? ……なんて考えは、楽天的過ぎ……だよねぇ……」
「そうだったらいい、とは思うけどよ。…………それとも、もう少しだけ待ってみるか?」
「………………そうだね……。桜井さんが無事なことは判ってるから、もう一寸だけ、待ってみようか……」
──結局、彼等には醍醐を見付けることが出来なくて、週明け、「何だ、そんなことだったのか」で、この騒ぎが終わることを祈り、新宿に戻ってみることに決めた。