「……うあっ……」
放たれた炎が、体を舐めるように這い上がり、彼女は小さく悲鳴を上げた。
龍山の炎封じの呪のお陰で、炎は彼女を傷付けることなく消え去ったが、それがぶつかった瞬間の熱さは、彼女の肌に残った。
余りの熱さに、思わず彼女は目を閉じて、が、いけない、と再び瞳を見開けば、眼前には炎角の鬼面があった。
「………………っ! ……皆、御免っ、ボク……っ」
──殺される、と。息を飲んだ。
「小蒔っっ!!」
だが、息を飲んだ瞬間、力強い腕に彼女の体は後ろへと引かれ。
「分身、水裂斬っ!」
聞き覚えのある少年の声がして、炎角の体は立ち上がった水柱に飲まれた。
「………………醍醐クン……」
「……有り難う、小…………桜井」
腕の主を振り返れば、それは醍醐で。
「遅いよっ! 醍醐クンの馬鹿っ!」
嬉しさで、半泣きになりながら彼女は怒鳴る。
「間に合ったようだな」
「あっ、如月クン!」
そこへ、聞き覚えのある声の主──如月が近付いて来た。
「小蒔ちゃんっ、醍醐君っ、大丈夫ぅ?」
「無事かっ? 親友!」
「ミサちゃ〜んも、いるよ〜」
舞子と、紫暮と、ミサの姿もあった。
「皆、どうして……?」
「話は後だ。皆、新宿へ来ている。ここへ来る途中、中央公園の方で緋勇達がやりあっているのに出会したから、雨紋と藤咲さんとアラン、それに織部姉妹はあちらに残った。…………こいつ等を片付けて、戻るのだろう? 急ごう」
「……そうだな。こいつ等を倒して、行かなくては」
「うん! 醍醐クン!」
何故か駆け付けた仲間達を、不思議そうに二人は見たが、説明処ではないだろう? と如月に言われ。
醍醐も小蒔も、力強く頷いて、敵へと向き直った。
──岩角の気配を京一と龍麻が感じた時、既に彼等は、結界のような物の中に飲まれていたのだろう。
普段なら、未だ未だ行き交う人も多い、日没後間もない新宿中央公園を過ぎる者は誰もおらず。
中央公園であって、中央公園でないそこにて、小蒔を一人、醍醐の許へと向かわせた彼等は、岩角や、岩角の手下達と、過酷な戦いを繰り広げていた。
どうしても、龍山の所へ向かわせたくないのか、彼等を取り囲んだ鬼面の者達の数は、これまでにない程多く。
「うらぁっ!」
気合いの声と共に、京一は飛び交う苦無や矢や、振り下ろされる刀の切っ先を避け、普段の中央公園でないのに、常のここと何ら変わらず灯り続ける街灯の光を鋭く弾く、刀を翻し続けた。
「はあぁっ!」
龍麻も又、手甲を嵌めた拳に練り上げた氣を集め、高く跳躍し、自らの重みをも拳へ乗せつつ、鬼面の男達へ叩き付ける。
「風よ、お願いっ!」
敵達が、自分達を龍山の庵に行かせまいとするように、彼等も又、こいつ等に小蒔の後は追わせまいと、彼女が駆けて行った小径を背に戦う二人の後ろに控えた葵は、小径の直中に立ち尽くし、祈りを捧げ、精霊の力を招き、戦い続ける二人の体を護り、癒した。
……………………そんな戦いが、どれ程の時、続いたのだろう。
「剣掌……旋っ!」
掛け声代わりに技の名を言い放ち、離れた場所の敵を一人、京一は吹き飛ばして。
「……流石、に……ちっとは疲れたかな……ってなっ!」
身を捻り様、右脇より突っ込んで来た敵を上段から袈裟掛けで斬り捨て、口角を歪める笑いを浮かべた。
「掌底・発剄っっ!」
身を屈め、片足を軸に体を返し、目一杯伸ばしたもう片足で足払いをくれてやった相手に、氣の技を龍麻は放ち。
「運動不足、なんじゃないの? 京一も、俺も。…………減らない、ね」
駆け寄って来た京一と、背中と背中をぶつけながら後ろ合わせに立って、やはり、苦笑した。
「……減らねえな」
「…………こいつ等、実体がないのかな……」
「だが、手応えはあるぞ?」
「だよねえ……。……氣の手応え、かな。体の手応えじゃなくって」
「かもな。肉の体の代わりに氣の体、ってか。……ま、どっちにしろ、倒さなきゃならねえのに代わりはねぇな」
「勿論。……もう直ぐ醍醐と桜井さんが戻って来る筈だし。これ終わったら、ラーメンでも食べに行こうよ、お腹空いた」
「おう。王華行くぞ。醍醐の奴に奢らせてやる」
「いいね。大盛りにしよっかな」
互い、互いの背を護りながら、溜り続ける疲れを飛ばすべく、肩で息をしつつも、軽い感じの会話を交わして、二人は。
「大盛り? 生温い! スタミナ焼肉味噌ラーメン特盛りプラス餃子だ!」
「じゃあ俺、とんこつチャーシュー大盛りに、餃子にしようっと」
好き勝手を言い合って、敵達へと散って行く。
「美里、お前もメニュー考えとけよ!」
「この間食べた、塩バタコーンラーメン、美味しかったよー!」
そうして再び、気合い代わりになっているような、なっていないような、軽口を吐きながら戦い続けた。
「……私、わかめラーメンがいいわ」
…………笑い、軽口を飛ばしとしながらの二人の額や頬を、氣を練り上げ、そして放ち続ける戦いに、彼等二人共が限界を迎え始めているのを示す、誤摩化しようのない汗が滝の如く伝っているのを見遣り、気遣わし気に顔を歪め、が、それでも明るく葵も答えた。
「………………あっ……。きゃああああっ!」
その彼女を、正面からの敵達に京一と龍麻が手間取った隙に、別角度よりの敵達が取り囲んだ。
「美里っ! ……チッ、退け、てめぇ等っ!」
「美里さんっ! 待ってて!」
京一は刀で、龍麻は拳で、相対した敵と力比べをしながら、視界の端に捉えた窮地の葵へ急ごうと。
「Hard Rain!」
──と、流暢な発音の英語が聞こえ、葵を取り囲んだ男達は、飛ばされ散った。
「Hey、葵! マイ・スイートハニー! モウ、大丈夫デス!」
「美里さんにラブコール送ってる場合か! ──旋風輪っ!」
「あんたもよ。アランに突っ込み入れてる場合じゃないよっ!」
「緋勇様、助太刀に参りました」
「オレもいるぜー。──どっからでも掛かってきな!」
吹き飛んだ男達を、更に、槍の一閃、一条の鞭、それに、矢の雨と薙刀の白刃が襲う。
アラン、雨紋、亜里沙、雛乃、雪乃の参戦だった。
「……あれ? 皆?」
「如月さんに連絡貰ったんだよ。んで、龍山とかいう人の所行く途中で、裏密さんがこの結界見付けてさ。俺様達がこっち残って、残りは向こう行った」
「皆、有り難う……!」
「……如月の奴、気が利くじゃねえか」
戦う手だけは誰も止めず、やり取りだけが飛び、もう一踏ん張り! と、龍麻も葵も京一も、気合いを入れ直せば。
「皆、待たせて御免っ!」
小径の先から、待ち侘びた少女の声がし、ハッと彼等は振り返った。
──すればそこには、小蒔と、醍醐と、残りの仲間達の姿があった。