世界と異界の狭間の『新宿中央公園』にての戦いは終わり、塵と消えた岩角の残した宝珠を龍麻が拾い上げるのを待って。

「………………心配を掛けて、すまなかった」

ぽつり、申し訳なさそうに醍醐は告げた。

「そんなこと、ないよ。すまなかった、なんて……」

もう既に事情を知る者も、いまだ詳しい事情を知らぬ者も、醍醐が苦しんでいたことだけは充分過ぎる程理解出来ていたし、醍醐に答えた小蒔の声が、余りに切な気だったので、まあ、文句の一つも言いたくはあるがと思いつつ、それを飲み込んだ。

「……言いたいことはそれだけか? あ? 醍醐」

だと言うのに京一は、鞘に納めた刀を、下緒を幾重にも巻き付けた手に握って醍醐の鼻先へと突き出し、怒りが滲む顔をする。

「……京一」

駄目だよと、彼の服の裾を龍麻が引いても、喧嘩を吹っ掛けるような態度を納めず。

「それだけか、と言われても……今は余り言葉が見付からん……」

「ああ、そうかよ。──構えろ、醍醐。『あの時』みたいに」

「……何? 京一? …………っ、おいっ!」

いきなり、彼は醍醐へと突き付けていた刀を引き、構え、打ち掛かった。

「京一っ! 醍醐クン相手に何やってるんだよ!」

一体、何を言い出したんだ、この馬鹿は、と呆気に取られていた仲間達は、反射的に、対峙した醍醐と京一を取り囲んでいた輪より飛び退き、小蒔は『馬鹿』へと怒鳴ったけれど、『あの時』のように構えろと言うからにはと、振り下ろされた鞘を醍醐は眼前に翳した腕で防いで、だから京一は再び構え直し、彼へと襲い掛かり。

「っとによ、このタイショーはっ! 俺達はお前の何なんだよ。仲間じゃねえのかよっ! 俺とお前は『あの時』、こんな風にタイマン張って以来の仲じゃねえのかっ!」

「そんなこと、こうされなくとも俺にだって解ってるっ。……だから何だと言うんだ、お前はっ!」

「んなこた、一つしかねぇに決まってんだろ! それが解ってんだったら、もっと俺達を信用しやがれ、この石頭! 俺達がお前の何なのかって、お前に解ってるようにゃ思えねえから、俺はこうしてんだよっ。『あの時』と同じことして、あれから今日までと、俺達の関係って奴を、もう一回思い出させてやらぁっ!」

薙がれた鞘は醍醐の脇腹に、振り上げられた爪先は京一の顎に、当たる寸前でそれぞれ寸止めされ、ぴたり、二人の動きは止まった。

「……………………お前に、説教される日が来るとは思わなかったな」

「……俺に、説教されるようなことを仕出かすお前が悪い」

「そうだな……。俺も、未だ未だだ」

「………………スタミナ焼肉味噌ラーメン特盛りに、餃子で勘弁してやる。龍麻は、とんこつチャーシュー大盛りと餃子だと。んで、美里がわかめラーメン。……小蒔、お前は何にする? お前等は? 一緒に王華行くだろ? 全部、醍醐の奢りだぜ?」

刀を、蹴り足を引き、示し合わせた風に同時に苦笑を浮かべ、言い合った二人は、もう、何事もなかったかのように、自分達を遠巻きにする仲間達へと振り返る。

そんな二人への言葉を、仲間達は一瞬、考え倦ねたが。

「ボク、味玉入りがいいなっ」

「舞子ぉ、お醤油のラーメン食べたいぃ」

「俺様は、塩かなあ……」

「ミサちゃ〜んは、野菜入り〜」

「……僕も、醤油で」

「そこは、炒飯はないのか? 親友」

「ラーメンハ、醤油ガ、イイネ!」

「オレは、味噌バターだ」

「私も宜しいのですか? でしたら、コーンラーメンが宜しゅうございます」

少年達も、少女達も、京一が生み出そうとしている『馬鹿騒ぎ』に乗ることを決め、口々に、希望を言い出した。

「…………いいわね、男の子って」

「葵。いいわね、じゃなくって、単に馬鹿なだけよ、あれ」

「まあ、藤咲さんってば。……藤咲さんは、何にするの?」

「そうねえ……。あたしは、とんこつ?」

本当に、俺が全部奢るのかとか、当たり前だとか言い合いながら、小突き合いを始めた醍醐と京一を見遣りつつ、クスっと葵は笑って、男に甘い顔をしてはと、亜里沙は肩を竦め。

「あ、じゃあさ、王華で、になっちゃうけど、何時もの宴会しようよ。アランと雪乃さんと雛乃さん、未だ参加したことないし。明日も皆学校だから、遅くまでは駄目だろうけど」

「お、龍麻、いいこと言った! ──おっしゃ、そうと決まれば行くぞー! 時間が勿体ねえ!」

どうせなら、と名案を思い付いた風に龍麻がポンと手を打ち鳴らし、京一の号令の下、ぞろぞろと彼等は真神学園組行きつけの、西新宿のラーメン屋へ傾れ込んだ。

夕食時を少々過ぎていた為だろう、客の波が途絶えていた店は彼等の貸し切り状態となり、それぞれ思い思い、遠慮なしに注文をして、改めての自己紹介をしたり、携帯やPHSの番号を交換したり、として。

「…………ねえ、京一。さっき醍醐と言ってた、『あの時』って、何?」

「あれ、話したことなかったっけか? タイショーが、一年の途中でウチに転校して来た時に、俺と本気でやり合ったことがあってよ。……ほら、俺は俺で昔っからこんなだし、醍醐は醍醐で、こいつ、と踏めば立ち合い申し込むような奴だろ? だから、んなことになっちまってさ。……でな──

ラーメンを啜りながら、そう言えば、と首を傾げた龍麻に、『あの時』のことを面白可笑しく京一は語って聞かせてやって、少々過分な脚色がなされた為か、全員が──常に仲間達から一歩引いている如月や、高い声を放って笑う姿など想像出来ないおしとやかな雛乃、文字通り『魔女』を思い起こさせるミサまでもが、腹を抱えて爆笑し、王華には、何時までも笑い声が響き続け。

明日の登校に差し障らぬようにと意識は払ったものの、それなりは遅い時刻、王華前で彼等は解散し、女子を、自宅の方角が同じ男子が送ると決め、それぞれ、思う方へと歩き出した。

「…………醍醐クン」

「何だ? 桜井」

「……さっきは、小蒔って呼んでくれたのにな…………」

「ん? 何か言ったか?」

「ううん、何でもないよ!」

──仲間達と別れた帰り道。

小蒔を送ることになった醍醐は、連れ立って歩く彼女の聞き取れなかった言葉を、もう一度、と求めた。

でも、プルプルと首を横に振って、えへへ、と誤摩化し笑いを浮かべ、小蒔は。

「お帰り、醍醐クン!」

明るい、大きな声で叫ぶと、直ぐそこに見え始めていた自宅の門へと、振り返りもせずに走り込んだ。