真神学園三年C組より、醍醐の姿が消えていた数日間が過ぎても、龍麻達の九月は未だ未だ終わらなかった。

……これまでにない、長い一月だった。

醍醐が戻って来た翌々日、先日の戦いで得た宝珠を一刻も早く不動尊に納めようと、早朝、目黒が地元な紫暮に案内を頼んで、少年三人のみで目黒不動尊を訪れ、岩角だった珠を封印し、そのまま登校すれば充分ホームルームに間に合ったのに、飯を食ってから、と京一が言い張った為、遅刻ギリギリで教室に滑り込めば、蒼白になって駆け付けて来た杏子に、通学路で、登校中の葵とその場に居合わせたマリアが、外国人らしい一団に誘拐された現場を目撃した、と彼等は告げられた。

犯人達の顔を押さえようと構えた、昨日手を入れたばかりのカメラが、誘拐犯達の中にいた一人の少年に睨まれただけで壊れてしまったから、もしかしたら、単なる営利誘拐ではないかも知れない、奴等は、葵が葵であることを確かめてから連れ去ったし、とも杏子は言って、『力』が絡んでいるなら、悠長に警察に通報している場合じゃない、況してや授業なんてどうでもいいと、せめてもの手掛かりに杏子が誘拐現場より拾って来た、校章のようなバッヂの正体から突き止めるべく、彼等は新聞部の資料の山と格闘した。

大量の資料と格闘した甲斐はあって、バッヂは、大田区ローゼンクロイツ学院日本校の物だと判った。

世界中の孤児を集めて手厚い教育を施している、養護施設と教育施設を兼ねた学院と、最近、マスコミでも評判の学院だったが、何はともあれと駆け付けてみたそこは、刑務所のような重々しい雰囲気に取り巻かれており、ローゼンクロイツ学院には、評判からは想像も出来ない裏の顔があることを掴み、取材を試みようとしていた絵莉と行き会えた為。

理事長へのインタビューを申し込んでいた彼女の機転で、彼女の助手も務めている、ジャーナリスト志望の学生達との触れ込みで学院内に忍び込んだ龍麻達は、『能力』を有していると判明した孤児や子供達を、強引な手段で集め、超能力者に育て、自分達の組織──かつて、ヒトラーが創り上げようとした、第三帝国の復活を志すナチス・ドイツの生き残りで作り上げた組織の手足として利用しようとしている学園と、理事長ジルの正体を知った。

ジル達は、第三帝国の復活の為に必要な、『特別な力』を持った少女と目して葵を攫い、彼女に人体実験を施そうとしていた。

しかしそれは、駆け付けた龍麻達と、一人の少女──ジル達の非道な計画の犠牲者の一人で、学院の者達に、『出来損ない』と虐げられていた、マリィ・クレアによって、無事阻止された。

確かに能力は有しているのに、ジル達が命ずるままには力を振るおうとしなかった為、虐げられていた彼女へ、地下牢に捕われていた最中にも拘らず、葵は手を差し伸べ、それまでは、学院の教育の所為で、友や仲間という存在が如何なる者なのか全く理解出来なかったマリィは、優しく接してくれた葵を『オトモダチ』だと自らの意思で定め、彼女を護る為に、出来損ないの裏切り者と罵られつつも戦った。

そんなマリィの助けもあって、龍麻達は、無事に葵を助け出し、ジル達の野望は費えるか、と思えたが。

非道な研究によって得た知識に長けていた学院施設でも判らなかった『何らか』を有すると判明したマリアを盾に、ジル達は、ヘリポートより逃走を計り、そこに。

子供達を犠牲にし、以前、あの死蝋が行っていたアンデッドの研究にも協力していたジル達を影で操っていた、鬼道衆の最後の一人、雷角が姿を見せて、ジルを異形へと変生させ、その戦いの果て。

雷角は、確かに葵へ向け、「九角様がお待ちだ……」と言い残し、宝珠へと身を変えた。

────ローゼンクロイツ学院にての戦いは終わり。

葵とマリアの救出は叶い、超能力実験の後遺症で、身体の成長が止まってしまい、十六歳であるのに、中学一年生程度の体を持つマリィもジル達の手より解放され、葵の家に、妹として引き取られることとなり、又、「アオイヲ、マモルタメニ」と、マリィも龍麻達の戦いに加わることとなったが。

その出来事を経て。

又、数多謎が生まれた。

学校の方は杏子が引き受けてくれたから、葵の欠席も、マリアの欠勤も、自分達のエスケープも上手く誤摩化されているだろうと。

「大丈夫よ、マリィ。私と一緒に暮らしましょう。私が、今日から貴方のお姉さんになるのよ。ね? そうしましょう」

こんな自分を受け入れて貰えるだろうかと怯える、小さな、金の髪した少女の手を引いて、家へと戻って行った葵達と別れ、杏子に一報を入れ、小蒔は醍醐に任せ、アパートへ一緒に傾れ込んで来た京一と二人、小さなテーブルを囲みつつ、コーラを啜りながら。

「……………………ねえ、京一」

思い出すような目をして、龍麻が言い出した。

「あの学院の実験室飛び込んだ時にいた、女の子。マリィが、サラって呼んでた、インドの女性みたいな感じの。千里眼だかが使えるとか何とか、やっぱりマリィが言ってた子、いたろう?」

「それがどうしたよ」

「うん……。あの子の言ってたことがね、一寸気になったんだ。俺達が飛び込んだ時、あの子さ、瞼綴じたままこっち見て、『鍵』を護る者達が来ましたって。『太陽』と『戦車』と『力』と『愚者』だ、って言ったよね」

「………………あーー……。言われたような、言われなかったような。俺はよく覚えてねぇけど。……でも、何なんだ? 太陽だの戦車だのって」

コーラのグラスを弄びつつ、ぼんやり言い出した龍麻のそれに、判らねえ、と京一は天井を仰ぐ。

「俺さ。本当にたまたま、この間裏密さんに捕まって、霊研引き摺ってかれて、何でか知らないけど、運命がどうとか、占いがどうとか話されて、その時に、一寸強引に説明されたから判るんだけど。……多分、あの子が言ってたそれって、タロットカードのことだと思うんだ」

「裏密が、年中弄ってるカードの?」

「うん、それ。その中に、太陽と戦車と力と愚者ってカードがあったんだよ。だから、それのことかな? って」

「……………………ほんで?」

「こんなこと言い出してる俺にも、ホントよく判んないんだけど。どう考えても、彼女が言ったことって、俺達をタロットになぞらえて、って奴だと思うんだ。……裏密さんが教えてくれた、タロットカードのイメージと、皆の持つ氣を重ねて考えれば、それって納得出来るし」

「イメージと氣ねえ……。何がどう重なって、どう納得出来んだよ」

「……例えばさ。京一の氣は太陽そのものだし、醍醐の氣は力強いから戦車のイメージ持てなくないし、桜井さんはタロットの『力』のカードに描かれてる絵みたいに、ライオン相手にも怯まない、気高い氣だし。……まあそうなると、残りの愚者が俺ってことになって、そこだけ、何でー? になっちゃうんだけど」

「…………成程。……んで?」

「ま、イメージと氣のことは兎も角さ。あの子曰くのそんな俺達は、『鍵』を護ってるんだろう? ってことは、残る一人、美里さんが何かの『鍵』ってことで。……もしかしたら、だけど。ジル達の裏にいたのは雷角──鬼道衆ってことを考えるとね。美里さんの持ってる『力』って、あいつ等が捜してる、『菩薩眼』なんじゃないか、って…………。で、俺達の『力』は、菩薩眼を護る為の力なんじゃないかな、って……」

あーーー、と口を開いたまま、天井を見上げ続ける京一に、想像を龍麻は語る。

「美里が、菩薩眼、な……。……考えてみたこともなかったけど、可能性はゼロじゃねえのかも……」

すれば、京一は龍麻へと顔の角度を戻し、その面から表情を消した。

「……うん」

「だがな、龍麻。それは、今考えても仕方ねえだろ。俺達だけが考えたって、多分答えは出ない。……それによ。美里が菩薩眼だろうがそうじゃなかろうが、鬼道衆の狙いが何処にあろうが、戦ってぶっ潰せば、万事解決って奴だ。そうだろ? 出来ることと、やれることをやるだけさ。あんま、深く考えんな。若ハゲになるぞ?」

「又、京一はそうやって茶化すっ。……でも、そうだね。考えてみてもだね。…………うん、出来ること、やるだけだし。……有り難う、京一。一寸、思い詰めちゃったんだ。俺達の使命がそんなに重たかったら、俺や、俺の『力』は……って」

全くその心が窺えなくなった面を見ている内に、何故か龍麻は、京一に叱られているような気分になって、御免と、申し訳なさそうに笑った。

「ったくよー、お前はよー……」

えへへ、と誤摩化し笑いを浮かべる、斜め前に座る彼へ、不機嫌そうに京一は言い、ムンズと腕を伸ばすと、がっちり、ヘッドロックをカマす。

「痛い! 痛い、痛い! 痛い、離せ、京一っ!」

「……何でも彼んでも、難しく考えんなって。なるようにしかならねえし、なるようになるさ。それでもって言うんなら…………なるように、してやるよ」

「…………誰が?」

「勿論、俺が」

「相変らずの、自信家だね」

ギリギリと、頭蓋骨を締め付けて来る腕は容赦無く、酷くこめかみが痛んだけれど。

九月の今、既に去りつつある夏の太陽の如くの氣に包まれるのは、痛むこめかみと引き換えにしてもと思うくらい、龍麻にとっては手放し難かった。

京一が、自分を想って告げてくれるのだろう、自信家めいた科白が、嬉しかった。