ローゼンクロイツ学院での事件より、二日程が過ぎた放課後。

龍麻達は初めて、五人揃っての不動巡りをした。

尋ねた先は、文京区駒込の目赤不動尊。

祠を探し、炎角との戦いにて得た赤の宝珠を納め、残り一つとなった、目黄不動尊は明日巡ることにして、新宿駅へ戻った。

駅で、マリィや両親と食事に出掛ける為の待ち合わせをしている葵と別れ、醍醐の行方不明事件後、ほんの少しだけ親密になったらしい醍醐と小蒔とも別れ、明日もあるしと、京一と龍麻は、毎度の通学路を辿り始める。

「………………遊んでくか?」

「……何処で?」

「そりゃ、手頃な路地裏辺りで」

「わー、京一が路地裏とか言うと、何かヤラしー」

けれど二人は、途中で人通りのない寂れた路地裏へ続く角を曲がり、夜遊びに繰り出すような様子を見せつつ路地を進み。

「この辺でいいか」

「そうだね」

「ほんじゃ、そろそろ。──おらっ! 尾けてんのは判ってんだよ、とっとと出て来い、遊んでやっから」

「あれ。……意外と少人数」

それぞれ、刀と手甲の支度を整えてから、くるっと振り返った。

京一の啖呵を受けて姿現した一団は、彼等の予想通り鬼道衆で、思いの外少なかった敵の手勢は簡単に退けられたものの、騒ぎを聞き付けて路地を覗いた通行人に警察へ通報されてしまったので、逃げを打ち、一先ずはほとぼりを冷まそうと何時もの王華へ駆け込めば、今日の別れを告げた筈の醍醐と小蒔に、二人は再会した。

事情を訊けば、彼等も、京一達と全くと言っていい程同じ経緯で、ここへ駆け込んだらしい。

「家族団欒の邪魔をするようで気が引けるが、美里にも連絡しよう。──桜井、頼めるか?」

「うんっ。今、葵に電話してる」

「一応、皆にも連絡付けた方がいいよね。気を付けろって」

「そうだな。全員、ツラ割れてるしな」

だから、これは、と四人で手分けして仲間達へ連絡を取ったら、もう既に、一部の者達は奇襲を受け、それを退けた直後だった。

「…………何だろう。何で急に。鬼道衆全員を倒したから? でも、それにしては急過ぎるような……」

「焦り始めたってか? だけどよ……鬼道衆の五人が倒されたからって、急に俺達襲ってみて、何になる?」

「いや、悲願とやらを達成する前に、俺達を排除した方がいいと踏んだのかも知れない」

ラーメン屋の片隅にて仲間達と激しく連絡を取り合ってより、龍麻と京一と醍醐は、額を付き合わせるようにして疑問をぶつけ合い始める。

「もうっ! 考えるのもいいけどさ。今を凌ぐ方が先だよっ」

そんな少年達に小蒔は焦れて、一旦疑問を押しやり、今度は小蒔も含め、又頭を付き合わせて相談した彼等は、暫くの間一人になるのを避けることと、男子が、自宅や学校の近い女子の送り迎えを極力するようにしようと決め、その辺りの打ち合わせの為に再びPHSを握り直し、杏子と二人、ミサの家に泊まる話を付けた小蒔を、駅で拾った杏子と共にミサの家へ送って、少年三人は、龍麻のアパートへ帰ったが。

「ちくしょー、鬱陶しーなーっ。んな、ビンビンに殺気飛ばしてくんなっつの!」

「キレて、逆に襲い掛かるのはなしだよ、京一。絶対、騒ぎになるの目に見えてるんだから。俺、このアパートに居辛くなって、引っ越すの嫌だからね」

「寝込みを襲われずに済めばいいんだが……」

「……タイショー、物騒なことは言いっこなしだ……」

王華を出てからもずっと後を尾けて来て、アパートの周辺を取り囲み、京一が喚く程の殺気を向けて来る敵達に、彼等は監視を続けられた。

陽が昇り、三人が集団登校を始めても、取り巻く気配は消えなかったが、流石に、学園の敷地内に敵達の氣は感じられず、強い殺気に晒され続けた所為で、浅い眠りしか得られなかった少年達は、教室に着くや否や、皆一様に、寝不足の顔をしながら欠伸を噛み殺した。

小蒔は、自分達の方は何もなかったから、只のお泊まり会になった、と言い、葵も、何も変わったことはなかったと言って来たので、まあいいか、と。

龍麻達は、授業中に睡眠不足を解消しようとしたが、一日が始まったばかりの一時限目、マリアの英語の授業中、朝から余り顔色が良くなかった葵が倒れ掛け、保健室へと運ばれる騒ぎが起きてしまい、そんなこんなに気を巡らせてしまって、寝不足組は、余りそれを解消出来なかった。

それでも、放課後には葵は教室に戻って来て、止めておいた方がと止める仲間達を押し切り、最後の不動尊巡りに自分も行くと言い出したので、予定通り彼等は、江戸川区平井の目黄不動尊へ、最後の宝珠を封印しに出掛けた。

一日保健室で休んでも、葵の顔色は蒼白だった朝のままで、それが気にならないではなかったが、当人が絶対に行くと言い張るし、夕べ、龍麻のアパートで三人雑魚寝をしながら、つらつらと語り合った通り、今回の襲撃の目的が何処にあるにせよ、珠は一刻も早く封印してしまった方がいいだろう、との想いが少年達からは消えなかったので、五人揃って不動尊を訪れ、珠を祠に納めた途端。

これで、宝珠の件からは解放されると、少しばかり晴れやかな顔をして立ち上がった仲間達の目の前で、葵は一人、大きく目を見開いた。

「……葵? どうしたの?」

驚愕、としか言えぬ色を浮かべた親友の肩に手を添え、小蒔が呼んだが反応はなく。

己にしか聞こえていないのだろう、『目醒めよ──』、と。

『目醒めよ、菩薩眼の娘』…………と、脳裏だけに響く声に葵は意識を傾け、そのまま、境内の石畳の上に倒れた。

倒れた彼女を、龍麻達は桜ヶ丘中央病院へ運び込んだ。

彼女を診た院長のたか子は、これと言って異常は見付からないが、ひょっとすると、ローゼンクロイツ学院での人体実験の後遺症かも知れないから、今夜はここに泊まって行きなさいと、葵の為に個室を用意してくれた。

どういう意味で、なのかは兎も角、少年や良い男が『大の好物』なたか子にしては、まあ、破格と言える対応だし、桜ヶ丘なら、と安心して葵を任せ、彼等は帰宅し、翌朝、桜ヶ丘へ行って葵を見舞ってから登校したら、もう間もなく校門、という所で、杏子に行き会った。

寝不足ぅ……、と目を擦りながら、龍麻達からされた話を元に、鬼道衆の頭目と思しき九角のことを調べているけれど、どれだけ手を尽くしても、どうしても何も判らないと、悔しそうに語る彼女の話に、そうか……、と若干の落胆を覚え、一同が立ち止まれば。

「オ兄チャン! 龍麻オ兄チャンっ!」

息急き切って、マリィがやって来た。

「ビョーインニ、イッタノ! ナノニ、葵オ姉チャンガ、イナイノ! コレダケ、ノコッテタノ!」

走り寄って来たマリィは、片言の日本語で叫び、握り締めていた一枚の便箋を差し出す。

皺の寄った、くしゃくしゃの紙を龍麻達が覗き込めば、そこには。

確かに葵の筆跡で、『今まで有り難う、さようなら』、と書かれていた。