「…………九角、天童……?」
京一のように、肩に日本刀を担いで不敵に笑いつつ立ち尽くす彼へ、瞳を凝らしながら龍麻が問うたが、彼はそれに応えず。
「お前達に、外法って奴を見せてやるよ。……目醒めよ」
己を守るように取り囲んでいた鬼道衆達を、たった一声の呼び掛けで、異形の姿へと変えた。
「何だ、ありゃあ……?」
「鬼、なんじゃないのかな……。何で、あの人が目醒めよって言っただけで、ああなっちゃったのかなんて、ボクには判んないけど……。って言うか、その前に、どうして倒した筈の鬼道衆がいるんだろ?」
「さあな。そんなこと、俺にも判らん……」
見る間に変生した五人を前に、京一は嫌そうに顔を顰め、小蒔と醍醐は顔を見合わせる。
「こいつ等は、元々から魂魄なんだよ。江戸の終わりから今日まで『生きて来た』、怨念の塊だ。あの宝珠に宿って、時を越えて来た魂魄。何も、そんなに不思議なことじゃない」
三人のその様子に、男──天童は面白そうに嗤った。
「……なら、あんたも? あんたも、魂魄なんだ?」
「…………どうだろうなあ?」
「魂魄だからって、鬼に変生させていいなんてことにはならないよ」
「……お前、緋勇龍麻、だな? ………………人だったモノが、怨念のみの魂魄と成り果てて、そして鬼となる。……それにはな、それだけの理由ってのがある。お前等なぞには、到底想像も出来ない理由がな。……百五十年の怨念。百五十年経っても続く、一族の怨念の連鎖。……お前等には、到底想像も付かない、決して消え去らない怨念と、それだけの理由。……そんなことも知らぬお前等に、何が言える? 何が判る? 偉そうな口、利くんじゃねえよ」
嘲りとも言える嗤いを湛えた彼に、龍麻は食って掛かったが、鼻白んだ天童は、侮蔑の視線を彼へと注ぐのみで。
「……龍麻。こいつに何を言っても、無駄って奴だ。鬼道だか外法だか知らねえが。んな物に身を落としたこいつにゃ、何も通じやしねぇよ。…………唯、倒すのみ、だ」
「………………うん」
「因果応報、ってな。──行くぜっ!」
言葉を交わすだけ無駄だと京一は、白刃に一度宙を斬らせると、先陣を切った。
誰よりも先に駆け出して行く彼の後に、仲間達も続く。
──鬼へと変生しようとも、鬼道衆の五人は一度倒した相手、皆、大方の要領は判っていた。
炎を操る鬼には水の技を持つ者が、水を操る鬼には火の技を持つ者が、と言う風に、仲間達はそれぞれ散り、舞子の唱える癒しの呪の恩恵を受けながら、紫暮の技、亜里沙の鞭、雛乃の弓を目晦ましに、龍麻、京一、醍醐は三方に散った。
振り下ろされる天童の刀を京一のそれが受け止め、鍔迫り合いとなれば、そこに醍醐の蹴りが放たれ、身を捻って迫り来た爪先を避けた彼の頤を、龍麻の拳が狙った。
しかし、刃の、蹴りの、拳の一撃は思うように届かず、変生した鬼道衆五人を倒した仲間達が攻防に加わっても、戦いは長引く一方だったけれど。
頬や、肩や、脇腹や、脚や、体中のあちらこちらに傷を負い、血を流し始めた彼等が肩で息をし始めた頃、漸く、天童が地に倒れた。
「やった……か……?」
「……多分。それよりも、美里さん!」
「そうだよ、葵っ。葵ーーーっ!」
「ああぁん、怪我したまま走っちゃ駄目ぇぇっ」
パキリと、中央から折れた刀を手より零し、どさりと倒れたまま動かなくなった天童へ、京一は得物を構え続けたが、確かな手応えがあったし、それよりも、と龍麻と小蒔が御堂の中へと駆け込んだ為、舞子の制止を聞きながら、仲間達も後を追った。
「葵っ!」
「美里さんっっ」
「美里っ!」
口々に葵の名を呼びながらの仲間達が御堂の中へと飛び込めば、その中心に、葵は倒れていた。
「葵っ。葵ってばっっ」
「葵ちゃんっ。しっかりしてっ」
傍らへ駆け寄った小蒔が彼女を抱き起こし、追い付いた舞子が癒しの呪を唱える。
「……無事で良かった、美里」
「美里さん、どうして一人で……」
その周辺を仲間達は取り巻いて、醍醐は困惑と安堵がない交ぜになった笑みを浮かべ、龍麻は悲しそうに彼女を見遣り。
「皆…………」
「葵オ姉チャンッ! 葵オ姉チャンッ…………」
葵が想いを音にするよりも早く、マリィがぶつかるように彼女へ抱き着いた。
「…………まあ、でも。これで皆、終わったんだしね」
「そうだな。あの、天童とかいう奴は、今倒して来たばっかりだしな」
「はい、姉様。……ご安心下さい、美里様」
『姉』となった人の胸に縋りながら泣きじゃくるマリィを宥めつつ、亜里沙も雪乃も雛乃も、ホッと安堵したように息を付いたが。
「と、言いたい処だが。そうでもなさそうだぜ」
「……の、ようだね」
「又、風ガ、変ワリマシタ」
「しぶとい男だのぅ」
「もう一遍、俺様達で叩きのめせばいいじゃねえか」
その様子を遠巻きにしていた少年達は既に、御堂の扉へと振り返っていた。
「……………………未だだ。未だ、終わっちゃいない」
その眼前で、アランが変わったと言った風が扉を押し開き、開かれたそこより、杖代わりの折れた刀に身を預けながら、天童がゆらりと段差を踏み越え、現れ。
「言ったろうが。外法を見せてやるってなあっ!」
腹の底から叫ぶと彼は、自らの姿をも、鬼へと変えた。
「……駄目よ、駄目っ! お願い、もう止めてっ!!」
──誰もが、一度は絵草紙で見たことのあるような、赤くて、大きくて、そして恐ろしい姿の、全ての者が『鬼』と認める『鬼』になった天童へ、叫びながら葵は駆け寄ろうとし、小蒔とマリィが、精一杯の力で彼女を押し留めた。
「菩薩眼……の……娘…………。葵………………」
駆け寄ることを阻まれて、眼差しのみを注ぐ彼女へ向け、囁くように告げたのが、その時の九角天童の、人としての最後の言葉だった。
……それより彼は、鬼そのものの咆哮しか放たなくなり。
「…………龍麻っ!」
「うん、京一っ!」
刀の切っ先を天童へと向けた京一と、肩を並べて龍麻は走り出した。