この一撃がトドメとなる筈と、天童だった鬼へと拳を向けた龍麻を、何故か京一が制して。

え……、と戸惑った拳士の代わりに、剣士は切っ先を下に刀を握り替え、左手を添え。

天童とこの世の決別となる一刺しを与えた。

…………刃が引かれ、鞘へと納まれば、戦いの最中、鬼の咆哮しか放たなかった天童は、確かに人の言葉で、何も彼も忘れて穏やかに暮せる、安住の地が欲しかったんだ……、と呟き、風にすら運ばれる塵となって消えた。

鬼道衆の全ては倒され、天童も無へと還ったけれど、仲間達の誰からも、勝利を喜ぶ声は上がらなかった。

……だがやがて、これで全ては終わったのだ、との深い息、仲間達全員が無事であったことの安堵、それらは洩れ始め。

「………………龍麻」

「……ん?」

誰からともなく、手を伸ばせば誰かに届く距離へと集まった仲間達の輪の片隅で、京一と龍麻は向き合った。

「その、な……。あー……何だ……」

「……? うん」

「何つーか。………………ま、あれだ。お疲れさん」

「…………京一も。皆もね」

何処となく照れながら、様々を言葉にしたくて、でも、良い言葉が思い浮かばないでいる風な京一が、暫しの躊躇いの後それだけを告げて来たので、天童への最後の一撃を制された際の戸惑いを忘れ、龍麻はにっこりと笑んだ。

「そだな。……それじゃ、帰るとすっか」

「真神学園へ?」

「勿論。…………と言いたいトコだが──

──の前に、ラーメン?」

「おっ。判ってんなー、流石だぜ。うんうん、お前だけだ、俺の相棒は」

「……本気で言ってる? その科白。──ま、いいか。じゃ、帰ろー、皆!」

────どうせ、今日は全員、学校はエスケープだ。

それを気にしている風な者も、そうでない者も、本音ではもう、今日だけは学校など、どうでもいいと思っている。

だから、始まった京一と龍麻の掛け合いに乗り、笑い始めた彼等は揃って足を踏み出し、王華で、とまでは言わないけれど、何処かで食事でもして行こうと、戦いで覚えた疲れを忘れた風に、等々力渓谷内を歩き出した。

────九月末。

鬼道衆や、天童との戦いを終えた龍麻達を待っていたのは、修学旅行だった。

真神学園では最終学年次に行われるのが伝統で、毎年、受験生の一部から、三年次での実施は不満だとの声も上がるが、今の処、それが聞き入れられる予定はなく、関東の公立高校の修学旅行先としては定番と言える、奈良・京都への、四泊五日の旅に彼等は出ることになっていた。

「だから、二人にも協力を頼みたいんだっ!」

──小蒔が、京一と醍醐へそんなことを言い出したのは、異形のモノとの関わりは途絶えただろうと、彼等が信じ始めて数日が経った、修学旅行前日。

葵が生徒会の用事で生徒会室へ、龍麻が四時限目の授業のプリントを取りに職員室へ、とそれぞれ赴いていた、昼休みの屋上にてのことだった。

「…………何が?」

「何が? じゃないっ! ボクの話、聞いてたの? 京一っ」

「そりゃまー、聞いてはいたけどよ……」

「……嘘だね。絶対嘘だ。……本当にもうっ! もう一回言うよ? 葵はね、緋勇クンのことが、好きみたいなんだ。葵が自分から言った訳じゃないけど、ボクはそうだと思うんだ」

「……何で、そう思うんだ? 桜井」

「この間の事件の時に、葵がずっと、自分の『力』に付いて悩んでたって、ボク言ったよね? あの時は急いでたから、あんまり詳しい話出来なかったんだけど、葵は、自分の『力』で誰かや何かを護れるなら護りたい、でも自分には何も出来ないって、ずっと思い詰めてたみたいで。……比良坂サンの事件のことも、未だに引き摺ってるみたいなんだ」

「………………何で美里が、紗夜ちゃんのことを?」

「……そういう見方が正解なのか、ボクにはよく判らないけど……、葵、比良坂サンは、自分の身を挺してまで緋勇クンのことを護ったのにって、そんな風に思ってるっぽくって、でも自分は……、って。…………だからね、協力してよ、二人共!」

協力って、何を? と、きょとんとした顔を向けた二人へ、捲し立てるように小蒔は、親友のことを語り。

「桜井、話が今一つよく見えないが……。何の協力をして欲しいんだ?」

「葵と緋勇クンが、『そういう風』になる協力! 葵は緋勇クンのことが好きみたいだし、緋勇クンだって、満更じゃないと思うんだ。だからね、明日から折角の修学旅行だし、二人が旅行でステップアップする前振りとして、少しでもそんな雰囲気になるように、今日の放課後、二人っきりで帰るように仕向けるの手伝ってよ! 二人だけで帰ったりすれば、旅行中の約束とか、し易いかも知れないじゃないか!」

両手で握り拳を作ってブンブンと振りながら、彼女は熱心に説明した。

「あのなあ…………。そーゆーのは、当人同士の気持ち次第だぞ? 外野が兎や角言ったって、どーしよーもねーぞ?」

「俺も、そう思うな。本当に、美里が龍麻のことが好きで、龍麻が美里のことが好きだという確証もないのだし」

そんな彼女へ、京一は呆れ返って、醍醐は困惑して、待ったを掛けたけれど。

「でも、葵は奥手だし、緋勇クンだって大人しめだしっ。周りが背中押してあげなかったら、あの二人、あのままポヤヤンで終わっちゃうかも知れないじゃないかーっ」

小蒔は、聞く耳を持たなかった。

「………………お前だって、じゅー……ぶん奥手だろうが……。他人の世話焼いてる場合かよ。不憫だな、タイショー……」

「ん? 何か言った? 京一」

「べーつーにー」

「何だよ。変な京一。──ねえ、いいでしょ? 醍醐クンっ!」

「で、でもな、桜井……。美里には美里の、龍麻には龍麻の、気持ちというものが……」

「今日、二人が一緒に帰るように仕向ける、それだけだから! ねっ? 京一も! 自分の親友が、学園のマドンナの恋人になるのは妬ける、とか思っちゃ駄目だからねっ!」

「んなこたぁ思わねぇがよ…………」

その果て、結局京一と醍醐は小蒔に押し切られてしまい、策略に手を貸すこととなり。

……放課後。

誰もが、余り上手い演技は打てなかったものの、皆揃ってラーメン屋に寄り道しよう、との話をわざと纏め、直後、わざとらしく小蒔も醍醐も『ラーメン屋道中』より抜け、京一も又、校門を潜った処で、忘れ物をした、と教室に戻る振りをしたが。

「……………………京一……」

何を勘付いたのか、少し俯き上目遣いで、龍麻は彼を睨み付けた。

「……忘れ物しただけだって。直ぐに追い付くから。先行ってろよ。な?」

恨みがまし気な眼光に、う……とは思ったものの、ここで怯んだ日には小蒔に何を言われるかと、適当な言い訳を告げ駆け出し、彼は校門の直ぐ脇に隠れる。

そうして、暫く息を殺して待てば、ひょいひょいっと、小蒔も醍醐もやって来て、三人が固唾を飲んで見守る中、先に行ってればいいよね、とか何とか語り合った龍麻と葵は、通学路を辿り出した。

…………その背を見送りながら、どうするべきか、とは思ったものの。

恐らく、嵌められたのだろうと気付いた龍麻が、己の去り際、何故あそこまでの眼差しをぶつけて来たのかが気になり、京一はふらふらと、二人の後を尾けるべく後を追い始めてしまって、勢い、醍醐も小蒔も京一に倣い、微妙な距離を置いたまま、付かず離れず通学路を辿れば、抜け道の中央公園にて龍麻達が不良共に絡まれてしまったので、それまで見て見ぬ振りをするのも薄情な話だと、京一達は加勢に飛び出し、最終的には何時も通り五人で寄り道し、王華前で解散、と相成った。