王華前で三人と別れ、方角が同じ家路を辿り出しても、龍麻の機嫌は悪く、言葉は少なかった。
「………………怒ってんのか? さっきのこと。……悪かったよ…………」
肩を並べて歩きはするものの、ムスっとした表情を崩さぬ彼を、チロリ横目で見遣って、ボソボソ京一は詫びる。
「……もう、怒ってない。怒ってないけど。そういうんじゃなくて」
「………………怒ってんじゃねえか」
「怒ってない!」
「…………………………悪かった。……その、よ。お前は美里のことが気に入ってんじゃねえのかなー、とか思って……」
「前にも言ったけど。別に、美里さんとはそんなんじゃないよ」
「そっか……。でも、嫌いでもねぇんだろ?」
「そりゃ、まあね。才色兼備だし、性格だって花丸だと思うし、スポーツだってバッチリだし、スタイルだって良さげだし、友達だし、仲間だし、嫌う理由はないよね」
「じゃあ、別に、二人っきりで下校っつー、プチデートもどきくらい……」
「…………だーかーらーーっ! だからって、何でそうなるんだよっ。それはそれ、これはこれっ! ……俺や美里さんの気持ちは兎も角、俺のこと気遣ってくれてるのかなって部分は有り難いと思うよ、京一達の、無駄に熱い友情感じるよ! ……でも、俺は未だ、そんなこと考えられないのっ。………………正直未だ、そんなゆとりないんだ……」
余り素直に詫びを告げられぬ京一に、一度は声を荒げたものの龍麻は、最後には、ぼそぼそごにょごにょ、困ったように声を潜めた。
「……悪かった。ほんっっっ……とに悪かった。もう、お前が自分から、女紹介してくれとか、誰かとの仲を取り持ってくれとか言って来ねぇ限り、今日みたいなことはしねぇよ」
「…………絶対?」
「絶対」
「じゃあ、もういい」
その声を聞き、異形との戦いは終わったにも拘らず、何かを悩み続けている風な龍麻の刹那の表情を見、心底ヤバいと思った京一は、パン! と両手を打ち合わせ、拝むように詫びを告げた。
龍麻のことだから、きっと直ぐに許してくれると、心の何処かで甘えながら。
その日、夜。
誰が手を貸してくれる訳でもないし、そういうことには思いの外長けているので、自ら上手く纏めた荷物入りの、修学旅行の為の大きなスポーツバッグを前に、自宅の自室にて、胡座を掻いて座って腕を組みながら、京一は唸っていた。
眠くなかろうと、もうそろそろベッドに潜り込まなければ、明日に差し障るだろう時刻となっても。
彼は唸り続けていた。悩んでいた。
…………彼の悩みの種は、確実に体の一部と化している、『竹刀袋の中味』に関することだった。
異形のモノ達との戦いの為に手にした刀を、そのままにすべきかそれとも、以前のように木刀を携えるべきか。
それを彼は、天童との戦いが終わった直後からずっと考え続けており、その夜、今まで以上に悩み抜いていた。
──己の剣は決して、誰かを斬る為だけにあるものではない。但、誰かを、何かを護る為ならば、誰かを、何かを斬ることも厭わないだけで。
だから、刀を手に取った。
しかし、鬼道衆を、天童を倒し、異形のモノ達との戦いは終わった今、誰かを、何かを護る為に、誰かを、何かを斬ることも厭わない日常は、遠くなり始めている筈で、ならば…………、と。
彼は、そう思った。故に、このまま刀を握り続けるか、木刀を握り直すか悩みながら、数晩を過ごした。
況してや、明日からの数日は修学旅行だ。幾ら何でも日本刀を傍らにというのは、彼をしても物騒過ぎる話に思えた。
事実、夕べには、ほぼ心は決まっていた。
けれど、帰り道での龍麻の態度が、決まり掛けていた彼の心に待ったを掛けた。
……王華よりの帰り道、龍麻が言ったことに偽りはないのだろう。美里が好きとか嫌いとか、他の女子がどうとかではなくて、本当に今の龍麻に、恋人を作って云々、などとは考えられぬのだろう。
……でも、何故?
少し前、龍麻のアパートで話したように、本当に美里は菩薩眼の持ち主で、だと言うなら、ローゼンクロイツ学院で戦ったサラという名の少女が告げた通り、タロットカードになぞらえられるような、氣、若しくは『力』の持ち主だった自分達は、天童達の手より『菩薩眼の娘』を護り抜いたのだから、サラの言葉通り、『鍵』──『菩薩眼の娘』を護っている、とのことだった己等の使命は終わった筈で、なのに。
…………なのに何故、龍麻の中の何かは、普通の高校三年生という、極ありふれた『日常』に戻らぬのだろう。
……唯、単に。
詳しい事情を語られもせず、東京へ、新宿へ、真神学園へ行けと、護りたいモノを護る為に行けと送り出された彼だから、その切り替えが上手くいかないだけなのかも知れないけれど、ひょっとしたら。
ひょっとしたら彼は、あれで全てが終わりだとは、思っていないのかも知れない。
戦いは、あれで終わったとは思えていないのやも知れない。
そして、彼の抱える不安通り、戦いは、未だ続くのかも知れない。
……………………だとするならば。
龍麻と巡り逢ってより、春という季節が頓に齎して来た苛立ちを、一切覚えなくなった自分は、『そんな彼』の為に。『そんな彼』を護る為に。
今は未だ、刀を握り続けなくてはならないのではないか、…………と。
──京一は、修学旅行の荷物と竹刀袋を前に、一人唸り続け。
夜が明けるまで思案を続け。
カーテンの隙間から朝日が射し込む頃、胡座を掻いたまま、荷物に突っ伏すようにうたた寝をしてしまった。