どうやっても重たい気分の晴れぬまま着いた、龍山の庵よりの帰り道。

龍麻は京一を家に誘った。

彼の家に、押し掛け押し掛けられとするのも、誘い誘われとするのも、二人にとっては当たり前以前となっていて、実際京一は、月の半分は龍麻の部屋の住人と化しているので、まあ、あんなことがあった後だし、龍麻も一人でいるのが嫌なのかも知れないと、何時も通りの気軽さで、京一はその日も、『別宅』に泊まることにした。

片や家主、片や勝手知ったる他人の家、ドカドカと部屋に上がり、龍麻は制服を脱ぎ捨て部屋着に、京一も持ち込んだ私服に着替え、大分料理の腕前の上がった龍麻が夕飯を作り出す傍ら、京一はそれを手伝ったりコチョコチョ部屋を片付けたり、として、食事も終え、入浴も終え、居候は缶ビール片手に、家主は牛乳片手に、小さなテーブルを囲んだ。

「…………あのさ、京一」

寛ぎタイムだ、テレビでも観るかとリモコンに京一が手を伸ばしたけれど、龍麻はそれを止める。

「何だ? ひーちゃん」

「……俺、さ。前からずーっと、京一に訊きたいことがあったんだ。でも中々言い出せなくって……。鬼道衆との戦いは終わったから、もういいかな、とも思ってたんだけど、今日は、あんなことあったし……。何にも、全然、片付いてないみたいだから。……ずっと訊きたかったこと、訊いてもいいかな……」

「何だよ、どうしたよ? そんな風に改まって。……訊いとけ、訊いとけ、何でも。どーんと」

背を丸め、こちらの顔色を窺う風にしてくる龍麻に、きょとんと首を傾げつつも京一は、ふざけた調子で己の胸をパンと叩いた。

「じゃあ……。…………九月の初めの頃にね──

──……おい。何が訊きたいのか知らねえが、お前、一月も訊こうかどうしようか考えてたのか?」

「……うん。…………九月に、初めて龍山さんの所に行ったあの辺りから、京一、木刀じゃなくって日本刀持つようになったよね。二学期が始まったばっかりの頃、一緒に旧校舎潜った時に京一が持ってたのは、それまで通り木刀だったのに、醍醐の事件の時……岩角と、中央公園で戦った時にはもう、京一は刀だったよね」

「……あ? そんなことか? ……ああ、それがどうした?」

「何で? どうして? それまではそれこそ、クトゥルフ神話とかに出て来るような邪神相手でも、木刀と、氣の技だけで京一は戦って来たのに。何で、あの頃になって急に?」

「ひーちゃん、それは……。……それは、ほら。雪・雛姉妹や龍山のジジイに小難しい話聞かされたりしてよ、鬼道衆と九角天童が俺達の敵だー、ってのがはっきりしたし、親玉の影が見えて来たんだから、俺達のしてきたことも、そろそろ大詰めってのがお約束かなー、とか思って、だったらやっぱ、木刀よりも日本刀の方が、戦闘力っつーのが上がっていいだろう、って思ってさ」

「……最初はね。最初の内は、俺もそうかなって思った。岩角達と戦うんで、京一が日本刀取り出したの見て、あれ? とは思ったけど、あの時はそんなこと暢気に訊いてる処の騒ぎじゃなかったし、醍醐が戻って来たら、一先ずは一件落着っぽくなったから、あんまり気にしなかったんだけど」

何でも訊いて来いと、胸まで叩いてみせた京一に、思い切ったように龍麻は言い出し、尋ねられたことへ、完璧に何時も通りの笑みを湛えたまま京一は応えて……、が、龍麻はそれでは納得しなかった。

「……何だよ、ひーちゃん。そうじゃない、とか思ったのか? 俺が、そんなに物事深く考える訳ねえじゃんか」

「………………嘘だね。絶対、嘘だよ。……やっぱりおかしい、って思ったのは、等々力不動で天童と戦った時なんだ。京一、天童にトドメ刺そうとした俺を止めて、自分でやったから。……京一だけは、莎草と俺との間にあったこと知ってるから、もしかしたらそれ気遣って、俺に手を出させなかったのかな、とかも思ったんだけど、天童達を倒して、やっと全部終わったねってなった筈なのに、修学旅行先にまで京一が担いで来たのは刀で、だったら、天童の時のことは、莎草とのこと知ってるってだけじゃ説明が付かないのかもって、俺考え始めちゃってさ。……今日は今日で、一人で天童とやり合って、挙げ句、あんなこと言うし……。…………ねえ、京一。本当のこと教えてくれよ」

「あのなあ、ひーちゃん。自分で言うのも切ないが、俺ははっきり言って馬鹿だぞ? 俺は──

──京一は! ……京一は直ぐそうやって、自分は馬鹿なんだって振りして、俺の前でも何でも誤摩化すっ! 俺は『馬鹿』だなんて、それだって、嘘だ。俺、知ってるんだからなっ。……そりゃ、京一は馬鹿かも知れないよ。学校の成績は最悪だし、二言目にはオネーチャンだし、一寸入り組んだ話が出れば居眠りしちゃうよっ。……でも、京一の本性はそうじゃないって、俺は思ってる。……お前みたいな天邪鬼が、そんなに簡単に、人前で本性見せる訳ないじゃん……」

頭から、自分の説明を嘘と決めつけている彼を、何とか判らせようと、京一は言葉を重ねたが、龍麻はとうとう怒鳴り出して、泣きそうな、辛そうな顔になり。

「……京一は俺のこと、親友だとか、相棒だとか言ってくれるから……、これは、俺の自惚れかも知れない。自意識過剰って奴なのかもだし、京一は誰にでも優しいから、勘違いだったら、猛烈恥ずかしいんだけど。…………京一。もしかして、全部、俺の所為……? 俺の為……? 木刀を刀に持ち替えたのも、トドメ刺す役を買って出るのも、戦いが終わってから今日までも、ずっと刀を持ち続けたのも、全部…………」

もしも、そうだと言うならどうしよう……と、彼は、深く俯いた。