「ひーちゃん…………」

乾き始めた唇を何とか湿らせ、龍麻を呼びながら、京一は言葉を探した。

……けれど、上手い科白は、どうしても見付からなかった。

「俺の所為、なのかな。俺の為? ……何で? どうして? 何で、京一がそこまで…………」

「何でそこまで、と言われても……」

「……嫌なんだよっ! 辛いんだよ…………。理由は判らないけれど、俺が原因で、京一が何かの覚悟決めてみたり、あんな風な戦い方するのがっっ。なのに、何にも知らないままじゃ、それを京一の直ぐ傍で見てるしか、俺には出来ないから……。大きな覚悟だけ持って、あんな風に戦ってたら、何時か京一に何か遭るんじゃないかって、時々、そんなことまで考えちゃって……。……俺は…………っ。……悩み過ぎだとか、下らないドツボに嵌まってるだけだとか、京一は何時もみたいに言うかも知れないけど、でも……っ」

そうやって、言葉を探し躊躇う間に、どんどん、龍麻の声は震え始め。

「…………あのよ、ひーちゃん。……龍麻。こっち見ろ、龍麻」

諦めにも似た覚悟を覚え、京一は再び彼を呼ぶ。

「何だよ……っ」

「……………………何言っても、怒るなよ」

「……お前の『言い訳』次第」

「言い訳なんかじゃねえよ。…………お前、前にさ、俺の氣は、真夏の太陽みたいっつってたろ? 引っ付いてると、ひなたぼっこしてるみたいで気持ちいい、って。……未だに、そう言って時々引っ付いて来るよな、お前」

「…………うん」

「こんな氣の持ち主と、友達になれたらいいなって思ってた、とも言ってたよな。………………俺も、な。お前と一緒なんだよ」

「一緒、って?」

「お前が転校して来た日、さ。美人で好みのスタイルした女だってんなら兎も角、ヤローの転校生になんか興味持てるかって思ってたのに、席に着くんで、俺の机の脇を通ってったお前から、言葉にするんなら、不思議な、としか言えない氣を感じてさ。変な奴だなって思って、眼中になかった筈のヤローの転校生──お前に、興味持っちまってよ。喧嘩は強いし、話してみりゃウマってのも何でか合ったしで、益々興味湧いて……」

「……それで……?」

「…………俺も、思った。今まで、年中ツルんでるようなダチなんか、拵えようと思ったこともなかったのに、お前とは、ダチ同士になりてぇなあ、って。何時でも一緒に、馬鹿やったりしてぇなあ、って。…………そうしたら。そんなこと思い始めて少しして、中央公園へ花見に行ってみりゃ、どうよ。毎年毎年やって来る度、俺のことを、何時にも況して苛立たせる春って季節も、苛立ちばっか覚えさせやがるから、好きなのに嫌いになりそうだった桜の花も、平気になってた。苛々したりしねえで、心の底から、桜が綺麗だ、見事だって思えた。…………それもこれも皆、お前に逢えたからだ。お前と巡り逢えたからだって、そう思ったんだよ、俺は……」

思い詰めている風にも見える、青褪めてさえいる面を上げて、真剣に見詰め返して来る龍麻へ、少しばかり視線を宙へと彷徨わせながら京一は言う。

「俺……と出逢えたから? だから、苛立ちも覚えなくなって……、って、何で、俺?」

「……さあな。判んねえよ、そんなこと。……一寸不思議なお前の氣の所為かも知れない。お前のことを、俺が、殊更気に入ったからなのかも知れない。理由なんか、よく判んねえけど……。………………ずっとずっと昔から、思ってたことが俺にはあって、その所為で何時も苛々してて、春には特別苛々して、でも、お前が新宿に来てからそんなことはなくなって、それからも色々遭ったけど、結局、その、何つーか……要するに、さ」

「…………? うん」

「……龍麻。…………龍麻、お前は俺にとって、大事な奴なんだよ。ダチって意味でも仲間って意味でも相棒って意味でも、大事な大事な奴なんだよ。……その、えっと、だから……怒るなよ? 本当に、怒るなよ……?」

「……何を」

「俺は、お前を護りたかったんだ。お前と一緒に、背中護り合いながら戦って行きたかったんだ。……この半年、俺達の周りには、戦いがあるのが当たり前だった。この街を護ることに繋がるらしい戦いが。……詳しい理由わけも知らされずに、ここへ放り込まれたお前が、そんな戦いを一番背負って行かなきゃならないんなら、俺自身も関わることに決めた戦いの中で、お前や、お前の背中を護っていきたいって。……だから、木刀じゃなくて刀を取った。只でさえ辛いことが多いだろうお前に、余り辛いことはさせたくなかった。天童を倒しても、未だ何も終わってないんじゃねえかって、お前が不安に思ってる風だったから、今日までも、刀を持ち続けた。…………悪い。でしゃばり過ぎたんなら、謝る……」

「……そんなことないよ。そんなこと、ないけど…………」

この半年の間、その身の内に溜めた全てを……、ではなかったけれど。

京一が、今言葉に出来る限りを伝えれば、龍麻は、泣き笑いの顔になった。

「……京一が俺のこと、大事な大事な奴だって言ってくれるのは嬉しいよ。凄く、嬉しい。俺を護りたいって言ってくれるのも、背中護り合いながら戦いたいって言ってくれるのも。その為に、刀を取ってくれたこととかも。でも、俺だって。──俺だって、そう思う。俺にとって、京一は大事な大事な奴だし、京一のこと護りたいと思うし、戦う時は、任された京一の背中護って戦いたいし、京一に辛い想いはさせたくない。…………俺達、同じ高校三年生じゃん。極普通の、何処にでもいる、一寸出来の悪い高校生じゃないか。俺が辛いと思うことは、京一だって辛いと思う筈だよ。高が高校生に、悟り開いたようなこと思ったり出来たりしないよ……。……だからさ、京一……。そうだって言うんなら。そんな風に考えててくれたんなら。その通り、俺は京一に護って貰うよ。俺自身も、俺の背中も。でも、京一だって、俺に護られてくれよ。京一自身も、京一の背中も。……どうせ、お互い譲りっこないんだから、そうしよう……? 辛いことは、半分こしようよ……。何方か片方だけがそれを引き受けるなんて、俺は嫌だよ。俺のこと想ってくれるばっかりに、京一だけが損な役回りばっか引き受けるなんて。そんなのは嫌だ。俺達には、皆だっていてくれるんだし……」

「………………龍麻……」

「……色んなこと、話そうよ。今まで以上に。相談し合って、打ち明け合って。俺は、そう言うのがいい……。大切な人に護られっ放しなのも、辛さを庇われ続けるのも、隠し事をされるのも、嫌だ……。……本当に本当に、大事なんだもん、京一のこと……」

…………泣き笑いの顔になった、龍麻は。

ぽつりぽつり、京一へと訴えると、躊躇いながらも両手を伸ばし、彼の人の手を取り、ぎゅっと、強く握り締めた。

真夏の太陽の如き氣──京一そのものが、今ここにあることを確かめる風に。