握り締められた手は利き手で、だから、龍麻に強く握られたことが嫌だったのではなく、只の癖という奴で、京一は取られた手を取り返そうとした。

──態度に出したつもりはなく、そんな自覚もなかったが、雪乃や雛乃、そして龍山と出会って、自分達が遭遇して来た一連の戦いにはやはり意味が有り、その意味は『とてもご大層』なのかも知れない、と気付かざるを得なくなってからこっち、自分にとって、大事な大事な奴なんだと思えるようになった龍麻のこと、そんな彼の、『東京へ、新宿へ、真神学園へ行け』と告げられるまま、戦いの日々に身を投じることとなった運命、彼の戦いは、又己の戦いでもあること、その戦いの中で、大事な大事な奴だと認めた彼を護りたいと思ったこと、そしてその為にも自分は強く在らなければとの想いのこと……と言った、本当に沢山のことを自分は手にし、抱えたそれ等に焦りのような物をも抱えていて。

態度にも出さず、自覚もなかったそれを、龍麻は感じ取ったのではないか、と。

焦りを抱える程に『蓬莱寺京一』を追い詰めたのは、緋勇龍麻という己自身と気に病んだのではないか、と。

……そう思って、無意識に京一は利き手で以て、時折そうして来たように、今も又、様々な意味を込めて龍麻の頭を乱暴に撫でようとしたのだが。

握り締めて来る龍麻の両手の力は思いの外強く、っとに……、と口の中で呟きながら彼は、左手を親友の頭の上にポンと乗せた。

…………けれど、そうしてみても、又深く俯いてしまった龍麻の面は持ち上がらず、思い詰めさせた原因は自分のようだが、これは相当根深い、と京一はむっつりした。

ムウっと唇を尖らせ、利き手を力尽くで取り返し、パンっ! と少々高い音を立てて彼は、両手で龍麻の頬を挟み込み、ぐぃぃ……と強引に持ち上げる。

「……痛い」

「…………こっち向け、阿呆」

そうされて、酷く不満気な顔をし、ジトっと睨み付けて来た龍麻の視線を真っ向勝負で跳ね返し、が、さて、こっからどうするか、と、勢いでやってしまった己の行為に若干戸惑い。

……お、そうだ、と、ふと思い付いた彼は、両の掌に意識を集めた。

今までしたことがないから、上手く出来ているのかどうか、余り自信は無かったけれど、戦いの際にしている、己が氣を剣に乗せる要領で、指先を暖める程度のつもりで掌に意識を集めて、龍麻が好きだと言った、己の持ち得る、『真夏の太陽の如くな氣』を、彼は『彼』に与えてみる。

────そうすれば。

己が『真夏の太陽のような氣』を、彼に与えることが本当に出来ていたら。

喜んでくれるんじゃないかと思った。

未だ強張っている顔に、笑みを浮かべてくれるんじゃないかと思った。

何も彼も『半分こ』にしよう、と言った彼のその約束を守る、との誓いに似た想いも伝わるんじゃないかと思った。

…………何も彼も、全て。

あんな想いもこんな想いも、言葉にせずとも、言葉にする以上に上手く伝わってくれるんじゃないか、と。

己が『ここにる』ことさえも。

「………………下手クソだね、京一。剣には、あんなに上手に氣を乗せるのに、こういうのは、ちっとも上手くない。……でも、京一の氣だ。真夏の太陽みたいな。ちゃんと、注がれて来るよ。判るよ。暖かくって、気持ちいい。元気になれる。…………アリガト」

下手クソ、との酷評は与えたけれど、確かにそれは伝わって来ると、両頬を押し潰して来る京一の両手に己がそれを添えて、やっと龍麻は鮮やかに笑った。

「……あんまりさ、色々思い詰めんなよ。その……今回、ひーちゃん思い詰めさせちまったのは俺だけど……。……な? 俺が……俺達が、一緒にいるからさ」

「うん。……俺、色々気負い過ぎちゃうのかな。元々から、一寸悩み過ぎるトコもあるみたいだし」

「そうそう。考え過ぎても始まらねえって。……あんまり有り難くはないが、この先も長丁場みたいだしな。気楽に……なんて言ったら、真面目な連中に怒鳴り飛ばされるだろうけど、気楽にやろうや。一緒に」

見せられた鮮やかな笑いに、軽いノリの笑いを京一が返せば、龍麻は又笑った。

「……明日も学校だからさ。も、寝よっか」

「未だ、十二時過ぎたばっかだぜ?」

「ヨフカシハ、イケマセン。……この間、高見沢さんにも言われてたじゃん、京一君は、夜更かしし過ぎ、体に悪いよ、って」

「ガキじゃねえんだから。こんな時間が夜更かしの内に入るか」

「駄目。俺の背中護って頂く相棒さんなんだから、健康にも気を遣って貰わないとねー」

「…………へいへい……」

──こんな自分達の悩みは、極普通の高校生っぽくないかも知れないけれど、俺達、案外ベタな青春してる、と思いながら彼等は、心からの友同士が見せ合う笑いを晒し合って、近付いていた体を離すと、寝室に押し入れから引き摺り出した布団を敷き始めた。

「……もーさ、いっそもう一つベッド買った方が早いような気すらして来た」

「何で?」

「京一が、家の半居候と化してるからに決まってるじゃん」

「今夜、泊まってけって誘ったのはお前だろーが。……でも、流石にもう一つベッドってのは、この部屋には入んねーんじゃねえの?」

「…………頼むから、真面目に検討するのは止めない?」

「……あ、二段ベッドなら入るか?」

「……………………話聞いてよ、京一」

寝支度を整える合間にも軽口を叩き合って、何時も通りいい加減に支度を終えると、何時も通りそれぞれ、それぞれの布団に潜り込み。

これから又始まるらしい戦いの日々の為にもと、二人は眠りに落ちた。