新宿がそうであるように、一口に、池袋、と言っても広い。

何処をどう探せば、この雑踏の中からたった一人の人物を探し出せるのか、と途方に暮れたくなる程、広い。

……故に。

「どうする、何処から探す?」

「うーん……。俺、池袋って初めて来たけど、ここも新宿並に人が凄いもんね……」

改札を抜け、東口前へと出て、行き過ぎる人の波に、うーむ、と唸った醍醐と、うわあ……、と目を見開いた龍麻の二人は、困ったように揃って首を捻った。

「こんな中から、その『憑依師』とかいう人を探し出すのはねえ……」

「そうね……。アン子ちゃんの話では、かなり頻繁に通り魔事件は起きているってことだったけど……」

小蒔も葵も、どうしようかと顔を見合わせ、少々遠い目をする。

「そんなに難しいことだとは、俺は思わねえぜ」

が、京一だけは、そうでもない、と首を振った。

「何で? 京一」

「裏密の占いでは、通り魔事件の犯人達は皆、その憑依師とやらに、何かの獣を取り憑かせられてたんじゃないかって出たんだろ? 例の、帯脇みたいに。通り魔事件の犯人達と、帯脇に獣を憑依させた奴が同一人物なら、そいつは、俺達のことを知ってるってことになる。だったら、俺達がこの界隈彷徨うろついてりゃ、向こうからノコノコ出て来るさ、きっとな」

「……あー、一理あるかも。要するに、俺達が囮になれば……って奴だね」

「そーゆーこと」

「…………ホント、こういうことにだけは頭回るよね、京一って。ボク、感心する」

肩に担いだ竹刀袋で、トントンと肩を叩きながらの彼が言うことに、言えてるかも、と仲間達は頷いて、取り敢えず、駅前周辺を適当にぶらついてみることにした。

サンシャイン通りを進んでいたら、案の定、京一の言葉通り早速向こうから仕掛けて来たようで、何かに取り憑かれているとしか思えぬ少年が接触して来た為、その後を追い、彼等は雑司ヶ谷霊園へ辿り着いた。

だが、そこで彼等を待っていたのは、先程の少年や、やはり何かに取り憑かれているだけの、サラリーマンだったりOLだったり学生だったり主婦だったりで、求めた憑依師の姿はなく、取り憑かれただけの人々を相手に本気を出す訳にもいかず、さりとて手加減し過ぎればこちらが倒される、で、どうするべきかと困り果てた彼等へ、突然現れた絵莉が救いの手を差し伸べた。

言われる通り、ここは逃げるしかないかと絵莉に導かれるまま逃走し、が、彼女が龍麻達を引き摺り込んだのは廃屋で、そこには、先程の一団とは別の、『獣』に取り憑かれた者達が待ち構えていて。

絵莉も又、憑依師に何かを憑けられたのだろうと、仕方無し彼等は、『手加減第一!』を掲げ、細心の注意を払って戦い、これまでとは別の意味で疲れるそれを終え、近所の公園へと向かい。

正気を取り戻した絵莉は、池袋の事件を調べる為、火怒呂丑光ほどろうしみつという、憑依師の末裔を探し出して面会した辺りから自分には記憶がないから、恐らく火怒呂が今回の事件の黒幕だろう、と彼等へ告げ。

「火怒呂って、凄い名字だね」

「……俺もお前も、名字に関しちゃ他人のことは言えねえな。──じゃ、その火怒呂とやらの所に行くか。絵莉ちゃん、そいつの居場所…………────うっ……」

話を聞き終え、絵莉が火怒呂と面会した場所へ行ってみよう、と言い掛けた京一が、突然呻き出して苦しそうに身を丸めた。

「京一? ……京一っっ! どうしたんだよっ!」

「…………解んね……。急、に……」

「大丈夫か、京…………。……うああっ……」

「え、醍醐クン? って……きゃあああっ!」

「嘘、小蒔っ? 醍醐君も、しっかりしてっっ!」

「京一先輩っ、醍醐さん、桜井さんっっ!!」

苦しみ出した彼の横で、醍醐も小蒔も又、同じように体を丸めて苦しみ始め、残りの者達は慌てた。

「……そうよ……、私が、火怒呂に会った時も、そう、こうなったのよ!」

苦しむ三人の様子に、絵莉が高い声を放つ。

「えっ? じゃあ、京一先輩達も……っ?」

「小蒔っっ。しっかりして、小蒔っっ! お願いよ、小蒔っっ」

「……葵、どうしよう、葵……っ。ボク……ボク、変だ……おかしいよ……。葵、や……霧島クンに………………」

「天野、さ、ん……っ。逃げて下さ……い……。美里も、霧島も…………っ。早く……っ!」

「でも! 小蒔、醍醐君っっ!」

絵莉の叫びを受け、驚愕した霧島や葵の眼前で、徐々に瞳の色を変えて行く小蒔や醍醐は、呻きながら二人を遠ざけるように押した。

「京一っっ。しっかりしてくれよ、京一っっ」

「…………離れろ、ひーちゃん……」

「そんなこと出来ないってっ! しっかりしろってば、京一っ!」

「ひーちゃ…………っ。……離れ、ろ……っっ。……俺から離れろっつってんだよ、龍麻ぁっ!!」

その傍らでは、龍麻が京一の体を激しく揺すって………………けれど。

千切らんばかりに竹刀袋を握り締めた京一は、唇をもギリリと噛み締め血を滴らせ、ドン! と龍麻を突き飛ばす。

「…………うるせ、ぇ……。……うるせぇんだよ、俺は……俺はそんなんじゃねえし、そんなこと思ったこともねえっ!!」

「え、京一? 何言って……」

「俺は……、俺は、一度だってそんなこと……っ……。だから、黙れ、頼むから……っ。………………龍麻、お前もだっ、とっとと黙って逃げやがれっ!」

龍麻の体を突いた衝撃で己の方が揺れて、そのまま京一はその場へ踞り、彼だけにしか聞こえぬ声と言い争っている風に、激しく怒鳴り始めた。

「…………っ、京一、御免、一瞬だけ耐えてっ!」

その余りにも尋常でない様子に、龍麻は意を決し、京一の意識を奪おうと、拳を振り翳し掛けた。

「……うるさいなあ、人が昼寝しとる頭の上でごちゃごちゃと。ゆっくり昼寝も出来へん。……どうしたんや、あんさん等」

──と。

場違いな、何処か正しくない関西弁が、公園の茂みの中よりした。