「御免、でも今それ処じゃないから! って、あれ、君…………」
「…………おー、前に、目青のお不動で会うた、ごっつ別嬪の兄ちゃんやないか。そっちの男前の兄さんも、あン時の兄さんやろ? ………………あーあ、兄さん等、えらいモン背負い込んでもうてからに……。──どれ。そこ退いてみ。わいに任しとき」
ふわぁ、と欠伸を噛み殺しながら茂みの中より起き上がって来たのは、龍麻達と歳の頃の同じ、何処か正しくない関西弁を喋る、日本人とも思えぬ少年だった。
以前、五色の摩尼を封印する為訪れた目青不動尊で、龍麻と京一が行き会った少年。
「退いてろ、って言われても……」
「ええから、ええから。わいは本場仕込みやから、なンも問題あらへん。──ほな、行くでー」
額に巻いているバンダナのような布を締め直し、上着を羽織り、青龍刀らしき包みを背負った彼は、支度は整ったとばかりに龍麻を押し退け、京一や醍醐や小蒔へと、何やら呪のようなものを唱えながら、ピンと伸ばした右手を翳した。
途端、パッと彼の右の掌は光を放ち、ガラスが割れるような音と共に、苦しんでいた三人の体より力が抜けた。
「……どや? 気分すっきりしたろ? 本場中国仕込みの活剄っちゅーやっちゃ。悪霊払いや憑き物落としに良う効くでー?」
「憑き物落とし……?」
「そうや。この兄さん等、随分と性悪なん、背中に張り付かせとったで? もう一寸で、その性悪に喰われる処やったわ。それを、わいが祓うたっちゅーこっちゃ」
「そっか……。有り難う、助かった。──京一、大丈夫?」
「……あ、ああ……。悪かったな、ひーちゃん……。醍醐も小蒔も、大丈夫か……? ──よお、そこの関西人。……助かった、有り難うよ」
憑き物を落とされたばかりで少々ふらつく体を、刀を杖に無理矢理起こし、京一は苦笑いを浮かべた。
「有り難う、キミ。ホント、助かったよ…………」
「すまなかったな、迷惑を掛けた。ええと……」
「あ、わいの名前は劉弦月。今年の春から知人を頼って東京に来た、中国人留学生や」
小蒔も醍醐も、困惑の入り交じった笑みを浮かべて少年へと礼を告げ、どうってことあらへんと、ひらひら両手を振りつつ少年は、彼等へ劉と名乗った。
中国よりの留学生だ、と。
「で? 兄さん等は?」
「……ああ、御免なさい。私は美里葵と言います。その……、劉さんが『別嬪の兄さん』って言った人が、緋勇龍麻君。刀を持っている彼が蓬莱寺京一君。向こうの彼が醍醐雄矢君で、彼女が桜井小蒔さん、で、あちらの彼が霧島諸羽君。……劉さん、私達の友人を助けて下さって、有り難うございました」
「やから、どうってことあらへんって。…………そっか、緋勇はんに、蓬莱寺はん、と。あん時会うたお二人は、そーゆー名前やったんか。……って、ん? おーー、少年! そこの、霧島っちゅー少年! あん時の少年かっ?」
「……え? ………………あああああっ! 貴方は、この間僕を桜ヶ丘まで運んでくれた人っ! その節は、有り難うございましたっっ!」
劉へ自分達を紹介し、ぺこりと葵が頭を下げれば、以前自分を助けてくれたのも彼だと知った霧島は、深々、直角に一礼した。
「ええ、って。どれもこれも、気にせんといてぇな」
「え、でもそういう訳にも……。処で、劉君って……──」
「──劉、でええよ」
「じゃあ、劉。………………あの。本当に中国の人……?」
「緋勇はん。こないに流暢に関西弁喋る中国人、ほんまにおると思うんか?」
「……えっ? じゃあ嘘なの? そっかあ、そうなんだ。俺は又てっきり」
「……………………あんさん、騙され易いお人やな……。わいは、正真正銘中国人や。海渡って来よったばっかりで、日本語のにの字もよう解らんかった頃知り合ったお人が、あっちの人でな。そン人の喋り方真似しとったら、こうなってもうた。尤も、そン人だけに日本語習った訳ちゃうから、ほんまの関西弁とはちゃうんやろうけど」
「成程……。だから劉クンの関西弁って、一寸胡散臭いんだ」
「桜井はん! 胡散臭い言わんといてーな。わい、これでも一所懸命喋っとんねんで」
「……あっ、御免……」
「…………だーっ、ちゃうやろ、そこはもう一発突っ込まなアカンっ!」
「……あのな、劉。関東人は関西人と違って、日常会話で漫才は出来ねえんだよ……」
自己紹介その他を終えた彼等は、暫し公園の片隅で、何が何やら、なやり取りを続け。
「処で、あんさん等、何であないな物騒なモン背負っとったん?」
素朴に問うて来た劉の言葉に、簡単な事情を龍麻達は説明した。
「ほー……。そういう事情かいな。そやけど、そういうことなら、その火怒呂とかいう奴、何とかせなアカンなあ。……よっしゃ、わいも付き合うし。そいつんトコ行こか。──誰かこの辺で、曰く付きの場所とか、怨念絡みの話がある場所とか知らん?」
それを聞き、フンフンと劉は頷いて、自らも行くと言い出す。
「えっ? でも……」
「ええから、ええから。憑き物落としが出来るわいがいた方が、何かと便利やって。……で。そんな場所に、心当たりあらへんの?」
「………………あ、そうだわ。直ぐ近くに、巣鴨プリズン跡があるわ」
すれば、劉の話より、絵莉が、巣鴨プリズン──かつて、太平洋戦争に於ける旧日本帝国軍の戦犯達を収容していた刑務所跡のことを思い出し、告げた。
「巣鴨プリズン……」
「ええ。B級やC級戦犯だった、唯ひたすらに国の為に尽くしただけの人々が、戦犯として収容され、処刑されて行った場所よ」
「……ふむ。そこやな。『獣』や悪霊の類いを操るんには、怨念の漂う場所からするのが一番ええんや。やからそこに、その火怒呂って奴、きっとおるで。そこから、あんさん等のこと視とるんや。『獣』の霊を操りながらな。そんな場所におるから、あんさん等に憑き物を憑けることも出来たんやろ」
「そっか……。じゃあ、皆、行こう。巣鴨プリズン跡に」
だから、龍麻は皆を振り返り、行こう、と力強く言った。
京一達に憑き物を憑けられたお礼もしなきゃだし、と。