昼休み、B組からC組の教室までわざわざ出張して来て、夕べ墨田区で、元・建設大臣が暗殺される事件があったらしいの、と杏子が騒いでいたその日の放課後。
下校の途に着きながら、この世の悪を裁く、現代の必殺仕置き人みたいな組織が、悪名高かった元・建設大臣を暗殺したらしいとの情報を掴んだから、私はその取材に行く! と何処へと張り切って出掛けて行った杏子は、本当に大丈夫なんだろうかと、昼休みからそんな騒ぎをしていた彼女のことを案じていた龍麻達の前に、亜里沙が現れた。
亜里沙と龍麻達を知り合わせた事件の際、結果として龍麻達をも救ってくれた、亜里沙の愛犬エルの姿が朝から見当たらず、どうしていいか判らなくなって、ここまでやって来てしまったのだ、と彼女は言った。
自宅の庭のエルの小屋付近には血痕もあった、誰かに何かをされたのだったらどうしよう、怪我をしたまま何処かに行ってしまって、そのままエルが見付からなかったら……と、普段は高飛車な態度を取りがちな、女王様の如くな雰囲気の彼女が、今にも泣き出しそうに目を潤ませて訴える姿を見て、龍麻達は一も二もなく、エル探しに協力すると申し出、そのまま、墨田区へ向かった。
亜里沙の案内で、毎日の散歩コースになっている公園へ行き、暫しエルを探したが、見付けることは出来ず。
「手分けをして探した方がいいかも知れないな……」
「うん、そうだね。ボクも、その方がいいと思うな」
「ええ、そうしましょう」
このままでは埒が明かないと、醍醐が、二、三人ずつに分かれてエルを探そうと言い出し、皆それに頷いて、彼等は一旦バラバラになることにした。
「……あっ! 皆、先に探しててくれる? あたし、一旦家に帰って救急箱取って来るよ。エル、怪我してるかも知れないし……」
「そうか、血痕があったんだったよな……。……じゃあ藤咲、お前の家まで俺が一緒に行ってやるよ。この辺り、夕べ事件が遭ったんだろ? 碌でもねえ連中が、未だいるかも知れないからな」
そういうことなら、一度家に行って来る、と亜里沙は告げ、それを聞いた京一は、ふむ……、と。
護衛兼ねて、自分も行くと言い出した。
「あ、そっか。うん、その方がいいかもね。じゃあ俺達も、気を付けながらエルのこと探した方がいいかな……」
「……だな。気を付けるに越したことはねえ、ってな。……つー訳で。気を付けろよ、ひーちゃんも」
「うん。俺は大丈夫。京一こそ気を付けて。藤咲さんも。…………あー、じゃあ、八時までに一旦ここに戻って来るよ。それでも見付からなかったら、又考えよう」
「おう。──じゃ、後でな」
確かに京一の言う通り、物騒な事件が遭ったばかりの街で、女の子が一人で犬を探すのは……、と龍麻も思い、なら、と二人を見送ろうとして。
天秤棒宜しく両肩に刀を担ぎ、ちょっくら行って来る、と、ヒラヒラ手を振りつつ明るく笑いながら踵を返した京一を、何故か咄嗟に龍麻は引き止めた。
「……ひーちゃん?」
「………………あ、御免……」
無意識に伸ばした手で、グッと皺が寄る程京一の服の背中を掴んだ自らに、龍麻は、あれ? と首を傾げる。
「どうした? んな顔して……」
「そんな顔?」
「心配そうな、泣きそうな顔」
「……え、俺、そんな顔してる?」
「してる。…………んな、今生の別れみてぇな顔すんな。八時は、高々二時間後だぞ? 二時間したら、嫌でも俺のツラ拝むんだぞ? ……大丈夫だって、心配すんな。お前の相棒を信じろって。…………な?」
「うん、御免……。そんな顔してる自覚ないし、何で、京一のこと引き止めちゃったか判らないんだけど……。………………気を付けて、京一。何か遭ったら、電話して」
「判ってるって。ほら、PHSも、ちゃんと内ポケに入ってる。……そんなに俺と離れ難いんなら、又今夜も夕飯喰らいに行ってやっから。──じゃ、な」
不思議そうに、制服を掴んだ自らの手を眺めて困惑する龍麻へ、京一は、幾度も安堵させる為の言葉を重ね、ポンポンと、胸のPHSを服の上から叩き、今度こそ亜里沙と共に、彼女の自宅へと向かって行った。
「………………どうしたの? ひーちゃん。京一のこと、あんな風に引き止めたくなるようなことでも遭ったんだ?」
「……そうじゃなくて……そうじゃないんだけど…………。……多分、昼間の遠野さんの話思い出したのと……」
「……と?」
「……京一、さ。ここの処一寸、様子がおかしいんだよね……。誰にも言いたくない悩み抱えてるみたいで……。それ、無意識に気にしたのかも……」
消えて行った二人──否、京一の背中を、何時までも見送る龍麻へ小蒔が声を掛ければ、俯き加減になった彼は、ぽつり、細やかな打ち明け話をする。
「悩み? 京一が? ……そんなに深刻なの? ひーちゃんにも言えないような……?」
「うん…………」
「京一の奴はあれでいて、自分のことは、絶対と言って良い程口にしないからな。意地っ張りで、頑固で天邪鬼で、他人に弱味を見せるのが大嫌いだから……」
「そうだね、醍醐。俺もそう思う……」
「…………大丈夫よ、龍麻君。京一君、龍麻君には本当に心を許してるもの。きっとその内、打ち明けてくれると思うわ。心配だけど、彼が話してくれるまで、待つしかないと思うの。……それに、ほら。今はエルを探す為に分かれただけだし」
「……うん。御免、皆。──今は、エルを探さなきゃね」
──あの京一が、龍麻にも言えない悩みを抱えているらしい。
……それを聞かされて、仲間達は驚きつつも、京一の性格を考えれば有り得ないことではない、と渋い顔をし。
が、今は、エルを探す為に分かれた、唯それだけだから、と。
龍麻は葵と、醍醐は小蒔と共に、それぞれ、エルを探すべく、辺りの路地裏へと分け入った。