振り絞った気力だけで、鞘に納めた刀を竹刀袋で包み、端からはそれに支えられているとは判らぬように、刀入りの袋を杖とし。

白く霞んで歪む視界に何とか言うことを聞かせ、京一は、ふら……っと血塗れの片手を上げた。

今にも路上に倒れ込みそうな彼の風情も、血塗れの腕も体も、真夜中の闇が覆い隠してくれたのだろう。

彼が上げた手を受けて、その路地を通りすがったタクシーは、彼の傍らに止まった。

ズタズタに切り裂かれた制服の前を両腕で隠し、転がるように、彼は乗り込む。

「……お客さん? 飲んでんのかい? ……高校生だろう……?」

長い何かが収まっているとしか一般人には思えぬ袋を抱え、胃の辺りを庇うように体を深く埋めた、後部座席で身を丸める彼を、タクシーの運転手は不審気に、バックミラー越しに見遣って来た。

「そ、じゃねえ、よ…………」

「……? 兄さん、どっか具合でも悪いのか?」

「余計……な世話、だ……。……いい、から……新、宿へ……やってくれ、よ……。新宿、の……桜ヶ……丘……。桜ヶ丘……中央病……院……」

あからさまに、嫌な客を乗せちまったな、との目付きでバックミラー越しに様子を窺って来る運転手を、強引に開いた片目のみで睨み付け、京一は行き先を告げる。

「病院? 兄さん、やっぱりどっか具合……。……って、おい、あんた! 血塗れじゃないかっ!」

告げられた行き先に、ああ、やっぱり具合でも、と運転手は言い掛け、そこで彼はやっと、歳若いその客が、全身血塗れであることに気付いて、悲鳴を上げた。

「…………せぇ、よ……」

「……え?」

「……うるせぇ……。…………うるせぇっつってんだよっ! いいからとっとと、桜ヶ丘に行きやがれっっ!!」

しかし、片目のみを開いた京一の、自分を睨み殺しそうな眼光を浴びた運転手は前に向き直り、新宿へと車を飛ばし始める。

「……………………痛ってぇ……。……ちっくしょ、痛てぇ……。あのヤロ、ウ…………」

凄惨な姿と言えるのだろう己が見せた勢いに飲まれ、運転手が黙って言うことを聞いたと悟り、京一は刀を抱き抱えつつ身を丸めた姿勢のまま、シートへゆらりと倒れ込んだ。

……もう、上半身を支える気力や体力すら、今の彼にはなかった。

「……運ちゃん……。今、何、時…………」

京一の身を案じてなのか、厄介な客を一刻も早く捨てたいのか、その理由は兎も角、極力速く桜ヶ丘へ行こうとしているのだろう運転手へ、横たわったまま京一は、時刻を尋ねる。

「………………一時だよ。午前一時」

「一、時……。…………もう、五時間、も………………。……ひーちゃ……。龍、麻…………」

静かに、囁く風に刻を教えられ、京一は、ボロ切れと化している制服の内ポケットに震える手を突っ込んで、PHSを引き摺り出した。

……でも。

それは、彼を襲った男の刀を浴び過ぎて、無惨に壊れていた。

かつてPHSだった残骸を見詰め、彼は苦笑し、もう……と瞼を閉ざす。

公園での別れ際、まるでこれが今生の別れだと言わんばかりに、泣き出しそうな、辛そうな顔をしていた龍麻に、せめて、生きていることくらいは伝えてから、と思ったけれど、それはもう叶わない……、と。

アスファルトの歪みを拾い、軽い振動を伝え続けるタクシーの中で横たわりながら、京一は、意識を手放した。

意識と束の間別れた闇の中でさえ、龍麻……と、大切な友の名を呼び続ける彼を乗せて、タクシーはやがて、新宿の、桜ヶ丘中央病院正面玄関前へと滑り込んだ。

「………………ん?」

魔術書を開きながら机に向かっていた、桜ヶ丘中央病院長の岩山たか子は、院長室の窓の外に誰かがいるような気がして、巨体を揺らし、椅子より立ち上がった。

「……誰だい?」

「よう……。た……か子せん……せー…………」

冬の気配を漂わせるようになった、晩秋の夜の中へと、開け放った窓より顔を突っ込んで、辺りを窺えば。

院長室の窓の真下の壁へ、背を預けて踞っている京一に、彼女は呼び掛けられた。

「………………何やってるんだい、お前。……血の匂いがするね。それも、酷く」

「……それよ……りも、さ……。悪りぃ、んだ、けど……。タクシー代……立て替えてくん、ねえ……? 正面……玄関、で……待ってんだ、よ、運ちゃん…………」

「そんなの、待たせときゃいいのさ。……京一、お前血液型はBだったね?」

「…………ああ、頼む、わ……。不覚、で……、ちいっ、と……遅れ……取っちまっ……。ここに……来ることしか……思い付、か……なかった……。……それ、から……よ……。訊かれても……俺のこと……俺が、ここに来た……とか……、こんな、情け……ねえ姿だった、とかは……誰……にも……高見沢、にも……龍麻にも……絶対、言わず、に…………。たか子、せん……──

「……っ! 京一っ! しっかりおし、この馬鹿者っ!」

肩で荒い息をしている彼の状態を、一目で見抜いたのだろうたか子は、今、そっちへ行くからと、窓辺を離れ掛けたが、そんな彼女へ絶え絶えの息で京一は言い。

再び、その場で意識を手放した。