京一と亜里沙が行方不明になった夜から数えて、五日が過ぎた。
その日も、京一は真神学園に姿を見せず、日、一日と色褪せて行く目の前の風景、遠くなって行く全ての音、それ等をどうしたらいいのか、龍麻には判らなくなり始めていた。
仲間達は、あの夜以来、龍麻がまともに寝ていないことにも食べていないことにも薄々勘付いているようで、きちんと寝て、きちんと食べなければ、と諭して来るから、昼食は皆と一緒に食べるように彼はしていたけれど、何を食べても何を飲んでも、味は判らなかった。
美味しいとも不味いとも思えず、唯、スポンジを噛んでいるような感触しか龍麻には感じられなかった。
それでも、学校にいる間だけは、普段通り振る舞うようにしていたけれど、段々、それも綻びが見え始めて。
居ても立ってもいられず、放課後がやって来ると同時に、あちらこちらの街を、京一を探して龍麻は彷徨った。
……京一や亜里沙のことも、どうも、あれ以来龍麻は毎晩そんなことをしているらしい、と気付いてしまったことも、葵や小蒔が他校の仲間達に伝えたようで、京一の行方に関する手掛かりが掴めそうな街へ行く度、心当たりを訪ねる度、近くによく知った気配を感じ、しかも、感じる気配はその度違って、だから、こんな姿、皆には見せられないと逃げ出す、というのを、彼は、彷徨っては繰り返した。
「ひーちゃん、大丈夫……?」
「うん、俺は大丈夫だよ。有り難う、桜井さん」
その日も、又訪ねてしまった墨田区より朝帰りをしていた龍麻の顔色は余り良いとは言えず、昼休み、とうとう小蒔が思い切った風に彼の顔を覗き込んだが、友人の気遣いを受けても、彼に返せるのは何時も通りを装った笑みと、誤摩化しの言葉だけで。
「今日は、醍醐も休みだね」
「うん。どうしちゃったんだろう、醍醐クンまで……」
「そうね……。何事もなければ良いのだけれど……」
何が何でも平静の振りを押し通そうとする龍麻と、行方不明の京一と、今日は姿が見えない醍醐の三人全員へ向けての小さな溜息を小蒔は零し、葵も、何がどうなっているのやら、と暗い顔を見せた。
「…………龍麻」
「あれ? 醍醐クン」
が、もう間もなく昼休みが終わろうかという頃、欠席とばかり思っていた醍醐がふらりと教室にやって来て、彼等への挨拶よりも先に、龍麻を呼んだ。
「あ、ああ、桜井。それに美里も。すまないな、一寸用事があって遅刻した。──それよりも龍麻。悪いが付き合ってくれ。今直ぐ」
「……うん、それは構わないけど。もう、昼休み終わるよ?」
「いいから。……一寸」
「…………ん、判った」
強張った、切羽詰まった表情を浮かべ、付き合って欲しいと言う醍醐より、尋常でない気配を感じ、少女二人が送って来る不安そうな視線に見送られ、彼は屋上へ昇る。
「何? 醍醐。何か話?」
午後の授業の始まりを告げるチャイムが響き始めた、人気ない屋上の柵に寄り掛かって、気楽な風を装い、龍麻は醍醐を振り返った。
「……これを見てくれ」
しかし、どんな態度を龍麻が取っても、固い表情を醍醐は崩さず、制服の内ポケットから取り出した手紙と写真を、彼へと手渡した。
「……………………これ、って……」
何だろう、と手渡された手紙に、龍麻は先ず目を通してみた。
すればそこには、藤咲亜里沙を預かっていること、彼女を助けたければ、龍麻、醍醐、葵、小蒔の四人だけで、誰にも何も知らせず、今夜午前一時、葛飾区の柴又帝釈天最寄りの地下鉄ホームに来ること、それ等が酷く簡潔に綴られており、簡潔なだけの文面の最後には、『刑場地下に設けて待つ』と、付け足しのように書かれていた。
「今朝、俺の家の玄関先に、それが放り投げてあった。……随分と……ふざけた手紙と写真だとは思うが……」
龍麻が手紙に目を通し終えるのを待って、醍醐がぽつり、事情を語る。
「京一…………」
そんな彼には何も応えず、龍麻は写真の方を眺めて、そこに映っている京一と、こいつはもう始末し終えたと言わんばかりに大きく付けられた、赤い×印を凝視した。
「……考えたくはない。考えたくなどないが……もしかしたら、もう、京一は…………」
「…………そんなこと、ないよ。京一が、誰かにどうこうされる筈なんか無い」
「そうだな……。だが、だとしたらあいつは、一体何処で何を……? あれからもう五日だ。無事でいるなら、連絡の一つくらい寄越してもおかしくない頃だ。……まさか、何も彼も捨てて逃げ──」
「──醍醐だって、判ってるくせに。京一は、そんなこともしないよ。……事情があるんだと思う。きっと何か、事情があるんだよ。無事ではいるけれど、俺達には連絡出来ないような事情。それだけ、だよ……」
共に握っていた手紙の方だけを、はらり、落として、両手で京一の映った写真を握り締め、醍醐が口にする不安を悉く打ち消しながらも。
龍麻は一瞬目の色を変え、衝動に駆られたように、写真を引き裂く素振りを見せた。
……寸前で、それは思い留められたけれど。
「………………龍麻」
「……何?」
「もしも。……もしも万が一、京一に何か遭ったら。俺は、自分を止められる自信が無い……。あいつを手に掛けた連中を、俺は、殺してしまうかも知れない……」
気丈に言い、気丈に振る舞いながら、悲痛に写真を見詰め、そして握り締める龍麻を痛々しそうに見遣り、醍醐も又、悲痛な想いを打ち明ける。
「……止めないよ」
「…………え?」
「京一に、万が一のことなんて、有り得ないけど。京一が未だ帰って来ないのは、きっと事情があるからの筈だけど。……もしも、万が一、京一に何か遭って、醍醐が自分を止められなくなっても、俺は止めたりなんかしない。……止める処か。俺がそうする。……そんな連中、いる筈無いけど。もしも、この世に京一のこと手に掛けた連中がいるとしたら、俺が殺す」
「龍麻……」
「京一は無事の筈なんだから、そんなこと起こらないけどね」
──すれば、龍麻は。
己が手を見詰めて冥い色を頬に乗せた醍醐へ向かって、にっこり……と笑んでみせてから。
笑んだまま、京一を手に掛けた者がもしもこの世に在るとしたら、それを殺すのは自分だと、きっぱり言い切った。