「嘘、だよね……?」
綺麗に笑みながら、龍麻がそう言い切った時、屋上の入口から、茫然とした小蒔の声がした。
「桜井……」
「……桜井さん。美里さんも……」
「あの、御免なさい……。立ち聞きするつもりはなかったの。その……醍醐君の様子がおかしかったから、何か遭ったんじゃないかって思って、それ──」
「──嘘だよねっ? 京一に、何か遭ったなんてことないよねっ? そんなの嫌だよ! あいつがもしもどうにかなっちゃってたら、醍醐クンやひーちゃんが、あいつに何かした連中に……、なんて、そんなのも、ボクは嫌だっ!」
声を、醍醐と龍麻がバッと振り返れば、真っ青になった小蒔と、申し訳なさそうに佇む葵の姿があり。
「……大丈夫だよ。大丈夫。絶対に、大丈夫だから……。京一がどうにかなるなんて、そんなことないから……」
小蒔へ、ではなく、自らに言い聞かせている風に、龍麻は静かに言った。
「そう、だよね……。うん。そんなこと、ある筈…………」
「……そうよ、小蒔。京一君は、無事でいるわ。彼は何時だって、あんなに強いじゃない……」
「うん。きっとね、何か事情があるんだよ。俺達の所に戻って来られない事情が、京一にはあるんだと思う。…………でも、藤咲さんは……。だから今は、藤咲さんを助けること、考えなきゃ」
「…………そうだな。藤咲のことは、俺達で何とかしなければ。……とは言っても、その手紙に書かれている通りにするしか、俺達には方法がない。例え罠だと判っていても、そこへ行くしかないな……」
取り乱す彼女を落ち着かせる為の龍麻の科白は、小蒔だけでなく、葵にも醍醐にも効いたようで、皆、少しずつ冷静さを取り戻す。
「それにしても、一体誰が藤咲さんを連れ去ったり、私達を狙ったりするのかしら……」
「それは判らない。判らないけど……」
「ああ。判らん、が。少しでもいいから、ふざけた手紙を送って来た連中のことを、知れればいいんだがな」
「……それ、知りたいんなら、あたしを頼りなさいよ」
そうして、もう授業処ではない彼等は、屋上の片隅に固まって、今宵をどうするか話し始め、そこへ今度は前触れもなく、杏子が割り込んだ。
「アン子!」
「遠野さん…………」
「…………あの馬鹿が行方不明中に、血相変えて醍醐君と龍麻君の後追い掛けてく美里ちゃんと桜井ちゃん見掛けちゃったら、あたしだって皆のこと、追い掛けたくなるわよ。……一寸、その手紙、見せて」
唐突に、自分達の輪の中に顔を突っ込んだ杏子に、えっ? と彼等は驚きを向けたが、不機嫌そうにポンポン言い放って彼女は、龍麻の手から例の手紙を引っ手繰った。
「何よ、これ。文才の欠片も感じられない、駄目手紙。失礼しちゃうわよね。でも………………」
キッと、眼鏡の中の瞳を吊り上げて、さっと手紙に目を通し、ブチブチと文句を吐いた彼女は、軽く握った手を口許に当てながら、考え込む風になる。
「でも、何? 遠野さん」
「……刑場地下に設けて待つ、って書いてあるでしょ? これ。フツーに考えればそれって、あんた達のこと処刑する為の場所を作ってあるって意味よね。じゃあ何で、これ書いた奴は、あんた達のこと処刑するのかしら」
「そんな心当たり、ボク達にある訳無いじゃないか」
「そりゃそうだわ。……でもね。もしもの話だけど。あんた達のやってることを良く思ってない奴がいるとして、そいつがあんた達を消そうと思って、誰かにあんた達の抹殺を頼んだ……、とかいうことがあったら、どう?」
「…………? どういう意味だ、遠野」
「丁度、五日前に、墨田区で元建設大臣が暗殺されて、って話をあたしがしてたの、皆は覚えてるかしら? ……あたしね、この数日ずっと、その事件こと調べてたの。そうしたら、葛飾区にある拳武館高校の名前が出て来たのよ。あそこは、スポーツや武道に秀でてる学生をスカウトして、優秀な選手や武道家として育てる学校として有名なんだけど、どうもそれは表向きの話らしくて、裏では、学校ぐるみで暗殺者を作り上げてるらしいって噂があるのね。要するに、学校全体が、『現代版必殺仕事人』の集団って言えば判り易いかしら?」
手紙を眺め、暫し考え込んでいた杏子は、仲間達の顔を見比べながら、そんなことを話し出した。
「…………ええー。そんな、テレビドラマみたいな話……」
「あら、桜井ちゃん。事実は小説よりも奇なりって言うじゃない。今の世の中、この程度のことで驚いてちゃ駄目よ。──でね。そんな集団らしい拳武館は、私利私欲の為に暗殺の仕事を請け負うんじゃなくて、一言で言うんなら、社会に害を為すだけの人間や、権力を悪用するだけの者とかを、っていう、掟みたいな物に従って、そういう仕事をしてた処らしいんだけど、最近、『御家騒動』が持ち上がってるらしくてね。一部の者達が、勝手に、金さえ積めば誰でも殺す、ってな感じで仕事を請け負い始めたらしいの。…………で、ここでやっと、あんた達のことに話が戻るんだけど」
「……うん。それで? 遠野さん」
「仮に、あんた達のことを目の敵にしてる奴がいるとするわ。そいつは、何とかしてあんた達を潰したいと思ってる。で、あんた達を排除したいと思ってるそいつは、一連の異形のモノの事件に関わってる奴で──それしか考えられないし──、何か理由があって、自分から手を下すことが出来ないのよ。さもなきゃ、今までみたいなやり方では、あんた達には通じないと思ったのよ。で、暗殺を誰か──拳武館に依頼するって形を取ったんだとしたら、どう? 一応の辻褄は合うと思うの。都合のいいことに、腕の立つ一流暗殺者ばかりを抱えてる拳武館は今、御家騒動の真っ最中で、金さえ積めば何でも請け負ってくれる一部の者達も出てる。……有り得る話だと思うわ、あたし」
「………………そうだな。確かに、有り得そうな話ではある……」
杏子の立てた仮説に、醍醐は深々と頷き、残りの三人も又、確かに……、とそれぞれ考え込み始めた。
「取り敢えず、あたしはもう少し拳武館のこと、調べてみるわ。……今夜、行くんでしょ…………?」
「…………うん。でも、気を付けて、遠野さん。遠野さんが考えた通りなら、拳武館のこと嗅ぎ回るのだって、凄く危険な筈だからね」
「判ってるわよ、龍麻君。心配してくれてアリガト。でも、ヘマはしないし無理もしないわ。……何か判ったら、皆に連絡する。じゃあね」
仲間達が自説に納得を見せたのを受け、杏子は話の輪より外れ、取材に行くと、屋上を去って行った。
「俺達も、行くか。取り敢えず、放課後までは普通にしていよう」
「そうだね……」
「ええ、そうね。教室に戻りましょう、皆」
その後を追うように、龍麻達も又、自分達の教室へ向かうべく、屋上よりの階段を下りた。